第100話 壊滅事件

――エンデル王国・王城。


「ふむ……」


提出された報告書に目を通し、私は溜息を吐く。


「犯人は一味は暗黒シャーユー教を名乗り、その手掛かりは一切なし……か」


「は。お恥ずかしい限りです。申し訳ございません、陛下」


この報告書を持ってきた私の右腕であるセルイト・ゴルダンが、調査の進展のなさから私に向かって頭を下げた。


――この報告書は、ジャッカー家壊滅事件の情報が纏められている物となっている。


ジャッカー家壊滅事件。

それは先月、ジャッカー家の所有する商会のや資産となる建物全てが同時に謎の組織――暗黒シャーユー教を名乗る者達によって襲撃された事件を指す。

その際、テライル・ジャッカーの屋敷――崩壊していた――からは彼の死体が発見されている。


「なに、君のせいではないさ。謝らないでくれ」


別にセルトイや捜査機関が無能だから足取りを掴めないのではない。

寧ろ、他国と比べれば優秀なぐらいである。

それでも真面な手掛かり得られないのは、それだけ相手が用意周到だったという事だ。


――この事件は明らかに普通の襲撃事件ではなかった。


とんでもない広範囲の破壊――ジャッカー家が所有していた建物はほぼすべて崩壊するか焼き払われていた――が行われたにもかかわらず、死者はテライルたった一人しか出ていない。

更に、目撃者の証言や現場検証の結果、商会の資産は運び出さていないという結論が出ている。


金銭目的ではない怨恨による大規模破壊活動である事は間違いないが、その癖、資産以外に手を出したのはテライルのみと来ている。

そのやり口は明らかに異常と言わざる得ない。


まあそしてだからこそ、この国のトップである私の元まで報告が上がっている訳だが……


通常、叙爵を受けている大商会のトップとは言え、被害者が一人しかいないような事件は私の元まで報告書は上がってこない――もちろん純粋な貴族なら話は変わって来るが。

そんな物全てに一々私が対応していたのでは、とてもではないが王としての仕事は回せないからな。


「とにかく手掛かりが少なすぎる。真面な手掛かりとよべるのが、暗黒シャーユー教の残したカード――犯行声明のみでは流石にな」


「お恥ずかしながら、私は暗黒シャーユー教など今まで聞いた事もございません」


「私もだ。まあ正直、そんな物が本当に存在しているかどうかも怪しいが」


今回の事件の規模からも分かる通り、犯人は大規模な組織である事は疑いようがない。

でなければ、数十カ所あるジャッカー家の拠点を同時に襲うなどという芸当は不可能だろう。


そしてそれが本当に宗教的な組織だというなら、何らかの情報が私の耳に入っている筈なのである。

なにせこの国は数十年前のアビーレ教会との一件以来、宗教という物に対して常に目を光らせて来たからな。


なのでもしそんな大規模な活動を可能とする宗教組織があったなら、決して見落とす訳がないのだ。


その事から私は、この暗黒シャーユー教は只の隠れ蓑だと睨んでいた。

要は、此方の捜査を混乱させるためのフェイクである。


「となると……やはり、国内の貴族でしょうか?」


「恐らくな。それも、それ相応の高位貴族だろう」


独自の大戦力を有する高位貴族ならば、今回の様な事件を起こす事は可能だ。

まあ証拠が一切残っていないのが少し気にはなるが、それも計画が徹底されていたのならそこまで不思議な事ではない。


「ジャッカー家の資産を奪うではなく、全て叩き潰すぐらいだ。相当な怨恨を持っていた筈だろうが……」


ジャッカー商会は手広く商売をやっている都合上、周りから恨みを買う機会は少なくない。

だが、それが大貴族からとなると話は変わって来る。


何せ、相手は何十年も商売を手掛けてきたやり手だ。

そんな男が、そういった相手の機嫌を損ねる失態を起こすとは考えづらかった。


「高位貴族で怨恨となると、真っ先に思い浮かぶのがコーガス侯爵家ですが……」


30年前。

コーガス侯爵家の没落に乗じて、テライル・ジャッカーは徐爵権を買い叩いている。

その事で、侯爵家が強い恨みを持っていてもおかしくはない。


もし私がその立場だったなら、きっと何らかの方法で報復措置を取った事だろう。

だが――


「まあないだろうな」


――私はいの一番にその名を候補から消す。


コーガス侯爵家に関しては聖女の一件以降注目があつまり、私もかの家門についていろいろと調べを入れていた。

その結果わかったのが、無茶な貴族会議を盾にした集金である。


要は、十二家はかつて侯爵家を食い物にした報いとして逆襲を既に受けている訳だ。

まあそれで恨みが綺麗さっぱりなくなるとは思わないが、既に金づる化した相手をあんな大規模な攻撃で潰すメリットはない。


少なくとも、私なら絶対しないだろう。


「恨みは既に晴らされているし……そもそもあの家門に、これほど大掛かりな真似をするだけの戦力はないからな」


コーガス侯爵家は色々と動いてはいるが、まだまだその規模は小さいと言わざる得ない。

大会優勝者サインや準優勝者ブルドックの様な超人レベルの騎士を擁しているとはいえ、今回の様な大規模電撃戦においては少数の強者の有無などたいした意味を持たない物だ。


それこそ、彼らが分裂して増えでもしない限りは。

まあそれこそありえない訳だが。


「しかし他の家門となりますと……」


セルトイが難しい顔で考え込む素振りを見せる。


「まあ此処でああだこうだ考えても、証拠がない事にはどれも想像の域を出ない。悪いが、引き続き調査を頼む」


「は、ご期待に沿えるよう鋭意努力致します」


「ああ、期待している」


正直、相手の徹底ぶりから徒労に終わる事は容易に想像できたが、だからといって放置する訳にも行かないのだ。

部下達には苦労を掛けるが、引き続き頑張って貰うしかないだろう。

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