第98話 許される訳がない

テライルから情報元の場所を聞き出し、寝ていた老年の男をそのまま転移魔法でこの場に連れて来て起こす。


「んあ……へぁ?えっ!?あ、あれ!?どこだ此処は!?」


テライルの言葉に嘘はなかったが、そもそもの情報元が偽物でないとは――雇用主の御機嫌取りのために、適当な事を話していないとも――限らないからな。

なので、その真偽を確認する為だ。


「バイカー」


「て、テライル様!?これは一体!?」


「ここは私の執務室だ。お前に聞きたい事があって、ここに来て貰った」


「来て貰った?聞きたい事?」


バイカーと言われた男は混乱してか、挙動不審にあちこちへと視線を移す。

まあ起きたらいきなり知らない場所で、しかも雇い主から話があるから連れて来たなんて言われたらそうなるのも無理はない。


「落ち着いてください」


スキル【ウィスパーヴォイス】を使用して声をかける。

これは人の心を落ち着かせる効果を持つ。


「少し話を聞かせて頂くだけですので」


「あ、貴方は?」


「私はコーガス侯爵家の執事、タケルと申します。横の彼女は同じ執事のエーツーです」


俺は堂々と名乗る。

そもそも顔をも隠していない。

今後、バイカーにはうちで働いてもらう事になるからな。


――監視付きで。


この後テライルを殺し、ジャッカー家を崩壊させるのだ。

バイカーも自分が話す情報から、その犯人が誰かを容易く推測する事だろう。

テライルが優秀だからと雇った人物な訳だからな。


コイツがただの一市民ならそこまで気にする必要はない事だが、この男はそうではない。

大貴族である侯爵家の元使用人だ。

間違いなく、他の貴族や商家に伝手を持ってるはず。


そしてテライルにアブリス侯爵家の事を話した様に、新たな雇用先で今日の事を話すのは容易に想像できた。


――だから確保する。


勿論拒否権はない。

だがまあもし、相手がそれを絶対嫌だというなら……


その時は始末させて貰う。


コーガス侯爵家没落に直接関係している訳ではないが、仮にもその真実に触れながらなにもしなかった様な奴だからな。

必要以上の情けをかけてやるつもりはない。


「こ、コーガス侯爵家……」


「30年前のコーガス侯爵家の没落。その事に詳しいとお伺いしましたので、その話をお聞かせ願いたい」


「30年前……」


コーガス侯爵家の人間に30年前の事を知りたいと聞かれ、バイカーがテライルを見た。

その視線にテライルは黙って頷いて答える。


「……わ、分かりました……私が知っているのは……」


バイカーの話の内容は、テライルの物とほぼ一緒だった。

特に新事実的な物はない。


まあそれは最初から分かっていた事だし、問題はない。

これはあくまでも、審議判定の確認だからな。


「これが、私の知っている全てです」


『すべて真実だ』


「お話、ありがとうございます」


さて、情報の裏は取れた。


「ふむ……最後の情報は有益な物と言わざる得ませんね」


「では……」


「ええ約束どおり……ご家族の命は保証いたしましょう。但し先に宣告した通り、この商会は叩き潰します」


俺の言葉に、事情を知らないバイカーがギョッとした顔になる。

まあこの際コイツの事は放ってく。

一々説明せずとも、優秀なら此方のやり取りから事情をくみ取るぐらいはするだろう。


「では、席におつきを。そしてここに商会に関する情報を全て書き込んでください」


テライルに席に座る様勧め、商会の情報を書き込ませる。

財産などを把握する為に。


商会の財産は全て消滅させる。

接収などはしない。

前侯爵夫妻の血を吸って築かれた汚れた富など、コーガス侯爵家は決して受け入れないからだ。


「これで全てですが?意図的に隠している物があるなら……」


「そんな愚かな真似はしない。それが私の知る全ての情報だ」


エーツーに視線を送り、真偽の確認をする。


『嘘は言っていない』


嘘は言っていない様だ。


「では――貴方には死んで貰います。何か言い残す事は?」


「家族は助けてくれるという約束……ちゃんと守ってくれ……」


「コーガス侯爵家の名に懸けて、約束は守りましょう」


「それならいい」


テライルは満足そうに頷くと、そのまま目を瞑った。


「……」


俺は座るテライルの背後に立つ。

そして手刀を振り上げた。

これを振り下ろせば、報復完了だ。


……これで前侯爵夫妻の無念が張らせる。


本当にそうか?


本当にそうなのか?


黙って目を瞑るテライルを見て、そんな疑問符が浮かぶ。


財産が失われるとはいえ、こいつは家族を守った。

だからこそ、こんな落ち着いて最後が迎えられるのだ。


だが、だが……前侯爵夫妻は……


彼らは、侯爵家の誇りさえ捨てて子供達を守ろうとした。

だが、この男のせいでそれは叶わなかった。

毒で死にゆく中、侯爵夫妻はさぞ無念だった事だろう。


なのにこいつは家族を守り、満足して死んでいく?


そんな事……

そんな事が……


胸の内から何かが湧き上がって来る。

それが俺の心を真っ黒に染めた。


「許される訳ねえだろうが!」


俺は怒りに任せ手刀を振り下ろす。

但し、それはテライルの首に向けてではない。

俺が刎ね飛ばしたのは奴の耳だ。


「ぐっ……うぅ……がっ!」


奴の座っているイスの足の部分を蹴りでへし折り、テライルを転ばせる。

そして痛みに耳を押さえる奴の体を踏みつけ、上から見下ろす形で俺はテライルにこう告げた。


「気が変わった」


と。


「ぐ……何を……」


「これからお前を一月の間拷問する。その間、命乞いや自ら死を望む言葉を発したら……その時はお前の一族も皆殺しにする」


「拷問……話が、話が違うではないか!」


「クライアント側が契約間際になって全てを引っ繰り返す。商売の世界じゃ、そんなのよくある話だろ?」


商売の世界は詳しくないが、立場の強い側が理不尽を押し付けるなどどこの世界にでも転がっているありふれた話だからな。


「コーガス侯爵家の……誇りをかけた約束をしただろう。それを違えるのか?」


「誇りよりも大事な物があるんだよ。だいたい、誰が約束を破った事を周囲に言いふらすんだ?」


バイカーを見ると、彼は悲鳴を上げてその場で蹲る。

エーツーは俺の支配下だ。

つまり約束を破っても、誰も周囲にそれを言いふらす者など居ないという事だ。


自尊心?


そんな物くそくらえだ。

俺は必要なら何でもする。


「く……」


俺の開き直った言動に、テライルが表情を歪めて黙り込んだ。


「良い顔だ。まあ家族を守りたいなら、精々頑張って耐えて見せるんだな」


「私が……約束を破ったばかりの貴様の言葉を真に受けるとでも?」


「信じないなら好きにすればいい。その時はお前の目の前で一族を皆殺しにするだけだ」


信じてもらう必要は全くない。

テライルが弱音を吐いたら、自動的に一族が皆殺しになるだけだ。

寧ろ、その方がこいつを苦しめられると思うと、そうあって欲しいとすら思っている。


「く……」


「ああ、そうそう。言っておくが……俺は死亡直後なら魔法で蘇生できるから、ぬるい拷問は期待するなよ。死んだら蘇生して続けるだけだからな」


拷問は俺が手ずから行う。

まあ他に任せられる人間が居ないというのもあるが、途中で死なれでもしたら困るからな。


「おい。お前にはテライルの拷問を手伝って貰うぞ」


「ひぃ……」


テライルを気絶させて担ぎ上げ、蹲って震えていたバイカーの肩を掴んで引き起こす。


こいつには一月、拷問の助手を務めて貰う。

俺を敵にまわしたらどうなるかってのを、よく見せつけておけば後々コントロールししやすくなるからな。


「さて、そうだな……拷問は魔王の秘密の部屋でいいか」


魔王の肉体を封じている場所。

あそこなら邪魔が入る心配はない。


「では行こう」


俺は転移魔法を使い。

魔王城の地下へと転移した。


拷問にテライルが耐えたら、本当に一族は見逃すのか?


もちろん見逃すさ。

耐えられればの話ではあるが。


――但し、テライルのトドメを指す前にフェイクの一族死体は見せつけるがな。


こいつは絶望の中、苦しみ死んでいくべきだから。

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