第60話 青の勇者

夢を見た。

他者の命を喰らい。

化け物になる夢を。


「うっ……く……はぁ……はぁ」


その悪夢から逃げ出す様に、俺は目を覚ました。


「アーク、大丈夫?」


赤毛で軽装な女の子。

ミルラスが心配そうにそう聞いて来る。


「あ、ああ……大丈夫だ」


ここはミドルズ公国西部にあるとある森の中だ。

この森は瘴気が蔓延しているせいで、魔物が闊歩する危険な場所となっていた。


そんな危険な場所で野営しているのは、僕達が傭兵だからである。

現在は領主に雇われ、俺達はこの森の魔物を間引く仕事の真っ最中だ。


「またあの夢?」


「まあ、な……」


先程見ていた悪夢は、幼い頃から繰り返し見ている物だった。


「最近多いね……」


「疲れているのかもしれませんわね。今回の仕事が終わったら、少し休みを入れられた方が良いのでは?」


ローブを着た金髪の少女――ローラが俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。


「そうだな。休みを取るのも悪くないか」


とは言え、休みを取っても闇蠍の襲撃は続くだろうから、そこまで心休まるかと言えばアレだが。


俺は闇蠍という組織に命を狙われていた。

その目的は分からないが、向こうから襲い掛かって来てくれるのなら都合がいい。

何故なら、奴らは両親の仇だからだ。


闇蠍を潰し、両親の無念を晴らす。

それが今の俺にとって、生きる一番の目的となっている。


「でしたら、南に海水浴なんてどうかしら?私の水着姿を堪能させて差し上げますわ」


「ふん。その太い二の腕を晒す何て醜態、アタシには真似できないわね」


「何ですって!?わたくしからすれば、その貧相な胸の方がよっぽど哀れですわよ」


「なんだと!?」


「なんですの!?」


休暇の話から、何故かミルラスとローラのいがみ合いが始まってしまう。

どうした物かと困り果てていると――


「おいおい下らねーことで騒ぐなよ。不寝番までゆっくり眠れねーじゃねぇか、ったくよぉ……」


無精ひげを生やしたタルクが、不機嫌そうに起き上って来る。

二人のやり取りで目を覚ましてしまった様だ。


この森には魔物が徘徊している場所だ。

そのため、夜は不寝番を順番に立てて休む必要があった。

今現在はミルラスとローラが務めており、その次が俺とタルクの番である。


「下らないですって?貴方はどうせ見張りをウルに任せて眠てるんでしょうに」


ウルは数か月前に加わった、俺達傭兵団――まあ団と言う程大きくはないので、パーティーかな――の一員である狼の事だ。


「眠れないんだったら生臭僧侶は祈りでも捧げてなさいよ!」


「やれやれ」


二人に怒りの矛先を向けられ、タルクが首を竦める。


「そういや前から思ってたんだけど……あいつ、いつ寝てんだ」


タルクが話題を変える様に、上へと視線を向ける。

そこには木の枝に立つ、黒衣の男性の姿があった。


彼の名はニンジャマン。

どうやら闇蠍を追っているらしく、その手がかりを得る為、命を狙われ続ける俺に数か月前からついて回っている人物だ。


まあパーティーの一員と言えるかは微妙だが、悪い人間ではないと俺は判断している。

だから動向を許可していた。


「拙者は起きながら眠れるでござる。にんにん」


タルクの声が聞こえていたのだろう。

ニンジャマンが木の上から独特の言葉遣いで答えてくれる。


「起きながら寝るとか、完全に矛盾してるんだが?」


「ニンジャに不可能はないで御座る。にんにん」


ニンジャというのは、特殊な訓練を受けた戦士を表す言葉だそうだ。

俺は彼に会うまで聞いた事も無かったが。


「あおーん!」


その時、眠っていたウルが起き上って吠えた。


「ちっ、魔物か」


その瞬間、俺達は跳ね起きて武器に手をやる。

寝ていても真っ先に気付く反応の鋭さを考えると、確かにウルが居れば不寝番はいらないのかもしれない。


だが狼とはいえ、ウルも僕達の仲間だ。

彼にだけ負担を任せる様な真似は出来ない。


「来たぞ!」


カエルの様な魔物が姿を現し、俺達はそれを迎撃する。

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