第39話 迷惑な話である

――武闘祭会場、高位貴族に用意された貴賓席の一室。


「うわー、凄い広さですね」


御子柴大河みこしばたいがが貴賓室から見える会場を見渡し、感嘆の声を上げる。

侯爵家に仕える者としてはあれな行動といえるが、ここは魔法的な防音処理――内からの音が外に漏れない――が施されているので問題はない。


「ふふ、本当ね」


レイミーが席に着き、俺はその背後に立つ。

他の面子もそれに倣う様に背後へ。


「あの……本当に私だけが座るんでしょうか」


「私達は従僕ですので」


貴賓室には席が複数用意されているが、座るのはレイミーだけで、俺を含めた他の面子は全員立ったまま過ごす事になる。

従僕が主と同じ並びの席に座るなどありえないからな。


貴賓室は反対側から丸見えで、そんな姿を他の貴族から見られた日には何と思われるか分かった物ではない。


「どうか私達の事はお気になさらずに」


コーガス侯爵家の再興が進めば、こういう場面は多くなってくるだろう。

レイミーには早くなれて貰わないと。


「あ、始まりますね」


暫くすると、武闘祭の開会式が始まる。

盛大に花火が上がり、魔法による演出の中、出場選手達が続々と入場して来た。

その中にはサインとコサインの姿も。


大会には予選と本戦があるのだが、予選は先週の時点で既に終了しているので、これから始まるのは本戦だ。

サインとコサインは貴族家に割り振られた特別枠を使っているるので、予選には出ず本戦からの出場となっている。


「大会は二日で終わるのに、224人も出るんですね。一試合ってそんなに短い物なんですか?」


大河が不思議そうに聞いて来た。


出場者が224名だと、本戦の一回戦だけで112試合ある事になる。

仮に一試合5分だったとしても、一回戦だけで九時間以上かかってしまう。

まあ実際には5分以上かかるので、二日に纏めるのは現実的ではない。


「舞台は魔法で区切られて八分割されるので、一度に八試合が行われるのですよ」


「ああ、舞台がずいぶん大きいと思ったらそういう訳なのかー」


「初日は四回戦――ベスト14までの予定になっております」


俺はレイミーにそう説明する。


「舞台には仕掛けがなされており、それ以降は舞台の中央部分がせり出しそこで一試合ずつ行われる形式へと変更されます」


「そうなんですね。あれ?でも14人だと余りが出てしまうんじゃないですか?」


レイミーが不思議そうに聞いて来る。

確かに彼女の言う通り、その人数だと不戦勝の試合が出てしまう。


「ああ、それはシードですよ」


「シードですか?」


大河が嬉しそうに答えるが、彼女はシード枠を知らない様で小首を傾げる。


まあレイミーは俺が帰還するまで、そこらの町娘と同じような生活をしていたからな。

ネットみたいなものがないこの世界では、なじみない言葉になるのも仕方がない。


なので説明する。


「レイミー様。武闘祭は七人になった時点で、前回優勝者がシードと呼ばれる特殊な枠で加わる形になっております。前回優勝した人物なら、戦うまでもなくベストエイトまで残る実力があると判断されますので。貴族家に与えられる特別枠の上位互換であるとお考え下さい」


貴族が雇って態々試合に出させるような騎士や兵士は、本戦に出るだけの実力が伴っている。

そういう判断の元、貴族には特別枠が与えられるのだ。


「べ、勉強になります」


「対戦表が発表されましたね」


サインとコサインは上手く分散されており、決勝まで行かなければ当たらない配置になっていた。


俺の分身二人が武闘祭に出る理由は至って単純だ。

優勝する事で、コーガス侯爵家が優秀な騎士を召し抱えていると周囲に知らしめるためである。

なので、優勝と準優勝を独占出来るこのトーナメント表は非常に都合の良い物と言えるだろう。


ただし、取れればの話ではあるが……


『気づいているか?』


魔王が伝音で語り掛けて来る。


『ああ、一人とんでもないのが混じってやがる』


俺は会場にいる、緑色のローブのフードを目深にかぶった選手を見つめる。

間違いなく一般人レベルを逸脱した強者だ。


下手したら、100年前の俺と同水準か……


『迷惑極まりない奴だ』


ぶっちゃけ、俺は武闘祭を舐めていた。

サイン所か、コサインですら優勝は楽勝だと。


だが実際は……


コサインでは論外。

サインでも恐らく簡単にとはいかないだろう。


『どっから出て来たんだよ。全く』


いや本当、冗談抜きでどっから出て来たんだこいつ?

ひょっとして転生者か?

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