第9話 場所
「綺麗な部屋ですね」
「こちらがレイバン様の部屋になっております。お気に召して頂けると宜しいのですが」
転移先はレイバンの新しい部屋だ。
「悪くは……ないよ」
新しいベッドの上で、毛布を被ったままレイバンが答える。
彼はベッドの上に着地するよう、計算して転移させておいた。
「では、屋敷をご案内いたします」
「レイバン、屋敷の様子を見て来るわね」
この新居は元々は商人の所有していた物件だったが、拠点を別に移した際に手放された物だ。
広さは前の屋敷より一回り大きく、多少古くはあるが俺がきっちりリフォームしてあるので見た目はほぼ新品同然となっている。
腰掛けとは言え、このレベルならちょっとしたパーティーなんかを開く事も可能だ。
「立派なもんだねぇ」
「ええ、本当ですね、こんな屋敷に住めるなんて、まるで夢みたい」
屋敷内を案内するレイミーとバーさんの反応は上々である。
十分気に入って貰えた様だ。
まああの不便な幽霊屋敷からの転居な訳だから、不平が出たら逆にびっくりではあるが。
案内を終え、テラスでレイミーとバーさんに紅茶を振る舞って一休憩入れる。
「あんたの紅茶はホント絶品だねぇ」
「ええ、本当に」
別にそれ程良い茶葉を使っている訳でも、俺の紅茶を入れる技術が高い訳でもない。
評判がいいのは水を浄化しているためだ。
魔法で浄化した水は、通常の物より遥かに香りがたつからな。
「じゃあそろそろ荷ほどきといこうかね」
一息ついたので、これから荷ほどきに入る。
ただ荷物を送っただけでは、引っ越しは終わらない。
「バーさんはレイミー様の分をお願します。それ以外は私がやりますので」
女性の物を、俺が気軽に触る訳にも行かないからな。
なのでレイミーの分は彼女が担当だ。
同じ理由で、洗濯なども彼女にお願いしている。
「任せときな」
「あ、私も手伝います」
「そうですねぇ。配置にはお嬢様の好みも考慮しないといけませんし、お願いしましょうかね」
普通なら主人であるレイミーが手伝うと言っても遠慮するのが筋だが、バーさんは当たり前の様に手伝わせようとする。
本来はこういったなあなあは不味いんだが、二人は家族のような関係なのでまあ人目がない分には目を瞑るとしよう。
ああ因みに、彼女は伯爵家から正式に侯爵家所属に変わって貰っている。
弊害がない間は給金が出るんだからそのままにしておけばといいと思うかもしれないが、侯爵家が微々たる物でも支援を受け続けているという状態なのは気分が宜しくない。
だから早々にバーさんには切り替えて貰ったのだ。
「では、わたくしは作業に入らせていただきます」
レイミーに一礼し、俺は荷分けの作業に入った。
この後昼食の準備もしなければならないので、さっさと作業を終わらせてしまおう。
……そういえば、今頃着いている頃だろうな。
何がだって?
それは――
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「旦那様。召集状が届いております」
――王国首都にあるモンペ邸。
その執務室でソファに座る太った男——ザゲン・モンペに、執事を務める老紳士がそう告げる。
ザゲン・モンペはモンペ商会の主で、コーガス侯爵家から叙爵を受けている一人だ。
「召集状?なんだそれは」
「コーガス侯爵家から寄越された物になります」
「コーガス侯爵家ぇ?あの貧乏人共が何だって言うんだ?まさか金の無心じゃないだろうな?この前返しに来たばっかりだというのに、また借りようってのか。あつかましい奴らだ」
召集状と告げられたにもかかわらず、男は借金の無心だと勘違いする。
そんな勘違いをしたのも、従属貴族でありながらコーガス侯爵家とは金でのみ繋がっているためだ。
「いえ。僭越ながら内容を確認させていただいた所、家法変更に伴う貴族会議を行うそうです」
普通なら、主への手紙を勝手に覗くなどありえない事だ。
だが、大手商会主であるザゲンには毎日大量の便りが届く。
それら全てに目を通すのは時間の無駄と考えているザゲンは、執事に内容の精査をするよう命令していた。
「はっ!没落貴族が家法変更だと?会議なんて三十年以上開かなかった癖に、それは一体何の冗談だ?どうせ金の無心に決まっとる。わざわざ呼び寄せるのも旅費をケチっての事だろう。そんな物破り棄てろ」
「それは少々問題があるかと」
「あん?何故だ?あの家は俺には命令できん。そういう契約をしているんだぞ。それはお前も知っているだろう」
「はい、存じております。ですが……コーガス侯爵家から爵位を賜っているモンペ家には、会議への参加の義務がございます。命令という契約の内容に抵触もしておりませんので、もし無視すれば国法によって重い罰を受ける事になってしまうかと」
貴族会議が開かれた場合、叙爵を受けている貴族は参加を強制される。
国の法律によって。
コーガス侯爵家が両親が病気になろうとも、資金状況が悪かろうとも、無理をしてまで王家が開く貴族会議に参加したのもそのためだ。
因みに、参加時の代理人は一等親——親子――までと決められている。
親子が既にいない場合のみ兄妹などの二等親が認めら、血の繋がらない適当な者を送る事は出来ない。
「ちっ、面倒くさい。おい、その書状は届いていない事にしろ」
「旦那様。これは貴族法院を通じて、コーガス侯爵家から正式に送達された召集状になっておりますので……それは無理かと」
貴族法院。
貴族どうしの揉め事を調停したり、法を犯した際に罰する為の機関だ。
要は貴族用の裁判所である。
またこの貴族法院は、貴族へ確実に書状が届けられる特別送達——本人、もしくは家印を預かるレベルの代理人が確実に受け取る郵便――も受け付けており、今回コーガス侯爵家はこれを利用して召集状をモンペの元へと送っている。
そのため、受け取っていないという主張は通らない。
「く……小賢しい。誰かが入れ知恵でもしたのか」
「借金を返済した事も踏まえて考えますに……何者かが後援しているのは確かかと」
「全く、余計な真似をしてくれた物だ。まあこうなっては参加するしかあるまい。それで、場所と日時は?」
「日時は2週間後になっております。場所ですが、新たにコーガス侯爵領となった――」
「なんだと!?」
執事から場所を伝えられ、ザゲンが勢いよくソファから立ち上がった。
「それは本当か!?」
「はい、間違いないかと」
「馬鹿な。あんな場所に集合だと……コーガスの奴らは一体何を考えている。頭でもおかしくなったのか?」
信じられない場所で開かれる会議に、ザゲンが唖然とする。
「くっ!すぐに人を送って確認させろ!」
「かしこまりました」
間違いの可能性がある。
いや、そうでなければおかしい。
それを確認する為人が送られる。
それはモンペだけに限らず、他の叙爵を受けている者達も同じだった。
だがコーガス侯爵家から帰ってきた返事は『間違いなし』である。
そして予定通り、二週間後にコーガス家主催の貴族会議が開かれた。
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