第6話 貸出条件 3人の冒険者・2


 剣の冒険者を軽くいなし、次の相手だ。


「次の者! こちらへ!」


 マツモトの大きな声が訓練場に響く。


「はい!」


 長い槍を持った長身の女冒険者が走ってきた。

 もう一人は弓を持っている。ということは、この女冒険者が魔術師だ。


「構えなさい」


 マツモトが女冒険者に声をかけた。


「よろしくお願いします!」


 女冒険者は中段にまっすぐ槍を構えた。

 やはり、魔術師も心得があるのだ。

 ぴたりと槍先をマサヒデに向けた構えは、かじっただけのものではない。


「よろしくお願いします」


 マサヒデも軽く頭を下げ、先程と同じように下段に置いた。


「はじめ!」


「・・・」


 女冒険者は動かない。

 マサヒデも動かない。

 マサヒデはじっと待つ。魔術師の戦い方を、ここでじっくり見ておきたい・・・


(あっ!?)


 ぼ、と音がして、マサヒデの眼の前に火球が浮かんだ。

 顔には出さなかったが、マサヒデもこれには驚いた。


 そこに、火の向こうから槍が突かれた。

 見えなかったが、一瞬だけ見えた槍の柄の方を見て、何とか流したが、火球が一緒に向かってくる。

 この火はただの目眩ましではない。


(これは!)


 ぱっと後ろに下がったが、火球がすごい速さで飛んでくる。

 火は実のあるものではないから、剣で受け流せるものではない。

 横に飛ぶと、火球はマサヒデの横を通り過ぎ、すぐ後ろで止まった。

 背中にじりじりと熱を感じる。


 少し火球がこちらに近付けば、燃える。

 前にはぴたりと槍が止まって、マサヒデを向いている。


(すごいな)


 マサヒデは素直に感心した。ただの搦め手ではない。

 と、後ろの火球がマサヒデにゆっくりと向かって来るのを感じた。

 ゆらりと熱風が肩から耳まで上がる。


(まずい!)


 咄嗟にマサヒデは前に走り出した。

 女冒険者の槍が繰り出される。ブレのない、良い突きだ。

 マサヒデはひょい、と軽く飛んで、槍に乗った。

 槍先が「がくん」と下がる。

 一瞬、女冒険者があれ? という顔をして動きが止まり、次いで、


「う、うわあ!?」


 と叫んで、女冒険者が慌てて槍を引いた。

 その勢いに乗って、マサヒデは飛んだ。そのまま、女冒険者が後ろに引いた槍の根本に、とん、と飛び降りると、ばたん、と音がして槍が地に落ち、槍を握った女冒険者も引っ張られて片膝を付いた。

 女冒険者の頭に木刀が置かれる。


「それまで!」


 アルマダの声が響いた。


「あ・・・あれ? あれっ?」


 女冒険者はまだ呆然としたままだ。

 数瞬して、はっ、と目を見開いた女冒険者がくるっと振り向いた。

 マサヒデは女冒険者の頭に乗せた木刀を引いて、


「ありがとうございました」


 と、頭を下げたが、女冒険者はまだ固まっている。


「おい!」


 マツモトの大きな声で、女冒険者は我に返り、立ち上がった。


「あっ! あ、ありがとう・・・ございました・・・」


 女冒険者はぺこりと頭を下げ、槍を担いで走って行った。


「・・・お見事です・・・」


 これにはマツモトも驚いたようだ。

 マサヒデは走って行く女冒険者の背中を見ながら、


「いやあ、初めての魔術師との立ち会い、驚きました。すごいですね」


「・・・」


「魔術もそうですが、槍も生半の腕ではない。突きに全くブレがなかった。彼女、相当ですね」


「・・・」


「マツモトさん?」


 言葉が出ないマツモトに、アルマダが横から声をかけた。

 マツモトははっとして、


「あ、いや、これは申し訳ありません。トミヤス様のお噂は聞いていましたが・・・これほどとは・・・」


「いえ、私などまだまだですよ」


 マツモトは肩を落とし、顔を下に向け、


「・・・当ギルドには・・・トミヤス様の目に適う者はおりませんかな・・・」


 と、ぽつりと呟いた。

 マツモトは顔を上げ、


「トミヤス様、あと1人残っておりますが、もう必要はありませんか。あなたの腕は十分見せて頂きました」


「いえ、やらせて下さい。弓相手はあまり経験もありませんし」


「そうですか、いや、せっかく稽古をつけて頂けるのですから、こちらとしてもありがたい」


「よろしくお願いします」


「よし! 次の者!」


「はい!」


 弓を抱え、3人目が走ってきた。


「トミヤス様、今回は弓。この者は離れてもらいますが、よろしいですか?」


「はい。構いません」


「よし。君、自分が良いと思う所へ行きなさい」


「はい!」


 弓を持った冒険者は少し走って、こちらを向いた。


「そこで良いかー!」


「はい!」


「では、トミヤス様。お願いします」


「はい。よろしくお願いしまーす!」


 マサヒデは離れた相手に聞こえるよう、大きな声で挨拶をして、頭を下げた。


「よろしくお願いしまーす!」


 相手も大きな声で礼を返した。


「それでは、はじめー!」


 アルマダも大声で開始の合図をした。


 マサヒデは左手に木刀を持ち、上体をかがめ、まっすぐ弓を持った冒険者へと走り出した。

 冒険者も矢を射ってきたが、マサヒデの眼の前で、ぱしん! と音がした。


「これは・・・」


 マツモトが呟いた。

 マサヒデの右手に矢が握られている。

 冒険者は次々と矢を射ってくる。速い。狙いも正確だ。

 が、その度にぱしん! と音がして、マサヒデの手に矢が握られた。


 あと数歩、という距離で冒険者は弓をマサヒデに向かって放りなげ、腰の剣を抜こうとしたが、マサヒデも手に持った矢を投げつけた。


「くっ!」


 と、冒険者が横に飛んで剣を抜こうとしたが、マサヒデは矢を離した手で棒手裏剣を投げつけた。

 手裏剣は剣の柄に当たり、きいん、と音がして跳ねた。

 横に飛ぼうと冒険者が少し腰を落とした所に、さく、さく、と棒手裏剣が足先の地面に刺さる。


「う・・・」


 木刀を冒険者にまっすぐ突き出す。

 冒険者は顔を剣に向け、手が止まり、その体勢のまま、動きを止めた。


「それまでー!」


 後ろからアルマダの声がした。


「ありがとうございました」


 足を止め、マサヒデは頭を下げた。


「あ、ありがとうございました!」


 弓の冒険者も勢いよく頭を下げた。


----------


「すごいです! すごかったですー!」


 マサヒデ達が入り口の方へ歩いていくと、受付嬢が駆け寄ってきた。


「あんなの初めて見ました! すごいです!」


「いえ、私もまだまだでしたね。自分の未熟を思い知りましたよ」


 長椅子に座ってうなだれている3人を見て、マサヒデは呟いた。


「トミヤス様、ご謙遜はおやめ下さい」


「いえ、マツモトさん。本当のことです。実を言うと、私、魔術師の方と立ち会ったことがなかったのです。彼女をお相手に選んで頂き、実によい経験をさせて頂きました。本当に感謝しております。皆、良い腕でした」


「そう言って下さると、少しは私の顔も立ちましょうか・・・」


 そこへメイドがすっと前へ出て、


「マツモト様。湯を用意させましたが、ご案内しても」


「む。そうだな。お二方、湯を用意させましたので、汗をお流し下さい。君、案内を頼む」


「承知致しました。トミヤス様、ハワード様、お着替えは湯殿の方へ運んでありますので、どうぞそのままで。ご案内いたします」


「え、湯ですか。よろしいのですか」


「ええ、どうぞ。せっかく沸かした湯です。冷めぬうちに浸かっていって下さい」


「マサヒデさん。せっかくのご厚意です。甘えさせてもらいましょう」


「ありがとうございます。それでは、いただきます」


「ごゆっくりどうぞ」


 そう言って、マツモトは長椅子に座る冒険者達の所へ歩いていった。


----------


 扉を開け、廊下を歩きながら、マサヒデは左手に巻いた腕巻きを解き、マサヒデ達を湯に案内するメイドに差し出した。


「ありがとうございました。助かりました」


「お役に立ちまして、こちらも嬉しいかぎりです」


「お返しします」


「どうぞ、そちらはお持ち下さい」


「え、よろしいのですか。申し出はありがたいのですが、あなたの仕事には必要なものでは」


「構いません。当ギルドのメイドの備品ですので、同じものはいくらでもございます」


(このギルドのメイドは、こんな物を備品に・・・?)


 マサヒデとアルマダは顔を見合わせた。

 腕巻きを着け、上から帯を巻き付ける。

 女性が着けていたものだったので、やはりサイズが合わなかったのだ。

 メイドはちらりとそれを見て、


「やはりサイズが合っていなかったようですね。もう少し大きなものをご用意致します」


「や、そこまでしていただかなくとも」


「今回は良いものをお見せ下さいました。私も楽しませてもらいました。そのお礼として、私からトミヤス様への感謝の気持ちとして、お贈りさせて頂きます。是非お受け取り下さいませ」


「はあ・・・」


「私の感謝の気持ち、お受け取り下さいますか」


 アルマダが、くい、とマサヒデの袖を引っ張る。


「マサヒデさん。ここまで言って頂いて受け取らないのは、失礼ですよ」


「・・・そうですね! ありがたく頂戴いたします!」


「ありがとうございます。後ほど、新しい物をご用意致します」


 今まで無表情だったメイドが、嬉しそうに笑った。

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