勇者祭 17 洞窟

牧野三河

第一章 魔力異常の洞窟

第1話 交換の品


 マサヒデが訓練場に向かっている頃。


 街道を、白百合に乗ったカオルが駆けていく。

 なるべく昼には戻りたいが、吟味する時間も欲しい。

 果たして、カゲミツはこの流星刀と引き換えに、何を出してくれるだろう。


 大して使えはしないから、そこそこの物か。

 それとも、希少な刀という事で、凄い物を出してくるだろうか。


 せめて、それなりの物は欲しい。

 マサヒデが言うには、蔵の中に銘刀がごろごろと転がっているらしい。

 カゲミツの目に叶わなかった物は、蔵に放り込まれているそうな。


 数ヶ月ごとに、放り込まれた刀を出し、門弟に手入れの仕方を教えるついでに、全部出して手入れしているから、そのあたりの心配はないそうだ。


(必ず、合う物はある!)


 恐ろしい物は出してくれずとも、それだけの数があれば、自分に合う物が必ずあるはずだ。

 少なくとも、今腰に差している数打ちの物より、遥かにましなのは間違いない。



----------



「どう、どう・・・」


 道場の前で馬を止めると、新しい繋ぎ場が出来ている。

 馬を繋ぎ、中を覗くと、庭の奥に厩が建っている。

 まだ、中に馬はいない。


「ふふ・・・」


 マサヒデに馬の住処を教えられ、捕まえに行くつもりなのだろう。

 流星刀を携え、カオルは稽古の始まっている道場の縁側に立った。


「カゲミツ様! おはようございます!」


「よ! おはようさん!」


 と、笑顔でカオルの方を向いたカゲミツが、ちら、とカオルの手の刀を見た。


(ふ。やはり気になるか)


 カゲミツが立ち上がって、縁側まで出て来る。


「どうした? 今日は稽古じゃねえのか?」


「はい。本日は、カゲミツ様にご相談が」


 ちらちらとカオルの手の流星刀を見ながら、


「相談か・・・今日は厄介事じゃねえよな。話してみな」


 座ったカゲミツに流星刀を差し出して、


「まずはこちらを」


「なるほどな。引き換えに何かくれってか?」


 カゲミツが興味なさそうに受け取る。

 特に名刀らしき独特の雰囲気もなし、期待はしていないのだろう。


「まずは御覧下さい。希少な刀ですので」


「希少な・・・?」


 鞘をすっ、と少し出して、引き抜いて、


「お! おお・・・これは、流星刀じゃねえか・・・」


 にや、とカオルが笑う。

 カゲミツは夢中で刀身を見つめる。


「流星刀な・・・なるほど、珍しいな・・・

 ううむ、やはり、この肌は凄えな・・・流星刀じゃねえと出ねえ」


「これは1日見ていても飽きないと思いますが、如何でしょうか」


「ふむ・・・」


 すー・・・と静かに流星刀を納め、カゲミツがカオルを見る。


「確かにな。で、こんな物持ってきて、何が欲しい?」


 カオルは「とんとん」と腰の小太刀の柄に手を置き、


「小太刀を1本。刀でも構いません」


「太刀なら、磨上げますってか」


「は」


「ふうん・・・そうか。じゃあ、本宅の方に行って、アキに蔵を開けてもらいな。

 好きなの持ってって良いぞ。うん、そうだな・・・おまけしてやるよ!」


 カゲミツはにかっと笑って、


「2本持ってきな! なにせ流星刀だ。1本おまけだ」


 やはり、カゲミツのお気に入りは出してもらえなかったか。

 しかし、2本も貰えるのであれば十分だ。


「なんと! ありがとうございます!」


 ぴし、とカオルは頭を下げた。


「いいさ! 折角、珍しいもん持ってきてくれたからな。

 ところで、あんた馬で来ただろ」


「は」


「見せてくれるかい? 繋ぎ場にいるよな?」


「お好きなだけ、御覧下さい。

 穏やかな性格ですので、暴れるような事もないかと」


「おお、そうか! 腹は立つが、あのバカ息子に馬の住処は聞いたからよ。

 うちでも馬術を本格的にと思ってんだよ。ちと参考に、な!」


「おお、馬術もですか!」


 カオルの目が輝く。

 馬はいまいちだと自覚しているので、練習をしたい。

 ううむ、カゲミツが腕を組み、


「うちは色々教えてるけどな、良い馬は中々揃わなくてなあ・・・

 だが、それも解決するって訳だ。

 田舎だからよ、幸い、練習する土地はいくらでもあるからな! ははは!」


「恥ずかしながら、私は馬術は今ひとつでして!

 機会がありましたら、是非とも私にも馬術の稽古をお願い致します!」


「おう! 良いとも良いとも! 俺も名人って程じゃねえけどよ!

 馬はそのうち捕まえて来るから、また来てくれ。

 じゃ、カオルさんは好きなだけ蔵の刀を見てってくれよ」


「おお、そうでした! 馬術と言えば!」


 と、カオルがぽん、と手を叩いた。


「アルマダ様のお供の騎士様達が、素晴らしい乗馬の技術をお持ちなのです。

 私もマサヒデ様も、騎士の1人のサクマ様から手ほどきを受けまして」


「何、そうだったのか?」


「カゲミツ様からの願いとなれば、必ずやお手伝い頂けるでしょう。

 捕まえる際にもお越し頂ければ、良い馬を選んでくれるかと。

 馬術の稽古とあらば、後々、代稽古もして頂けるやも」


「何? あの騎士さん達、そこまでの馬の達者だったのか?

 ううむ、これは良い事聞いたぜ!

 さすがカオルさんだ、マサヒデの野郎とは違うな! ありがとよ!

 うん、町にいる間に、何とか手伝ってもらいてえな。早めに行くか・・・」


 カオルが顎に手を当てて考え出したカゲミツに、


「では、蔵の物を見せて頂きます」


 カゲミツがはっと顔を上げ、


「お! おう、好きなだけ見ていきな!

 値が張りそう、とか、価値が、とかじゃなく、ちゃんと合う物を選べよ。

 見入っちまうと、この辺、うっかり忘れがちだからな。気を付けろよ」


「は」



----------



 アキに蔵を開けてもらい、カオルは一緒に中に入る。

 しっかりと空気を入れ替えられているのか、カビ臭い感じは一切ない。


「刀はあちらですよ」


 と、アキが指差した方をみると、本当に放り込まれたように、適当に刀が積まれている。脇差、小太刀もあり、山のようだ。せめて、刀架に掛けるくらいはして欲しいものだが、さすがにこの量は掛けられないか・・・


「こんなにあるのですか・・・」


「ええ、金に困ったら売れば良い、と言う程度で、目にもかけず。

 門弟さん達に、刀の手入れを教えるついでに、手入れするくらいで」


 2人で近付いて、上に乗った刀を手に取る。

 鞘の長さから見て、おそらく2尺1寸程と見える。

 小太刀としては少し長めだが、これならカオルにも扱えるだろう。

 カオルはアキに頷いて、


「では、拝見させて頂きます。時間が掛かるかもしれませんので、奥方様は」


「はい。終わりましたら、お呼び下さいね」


 アキが去って行き、カオルは手に取った刀を抜いて見て驚いた。


(これは!?)


 適当に上に乗った物を取っただけだが、いきなりとんでもない物が出て来た。


「う・・・ううむ・・・」


 思わず声を出して唸ってしまった。


 差表(さしおもて。腰に差して外側の方)に、火の神の真言が彫られている。

 杢目が混じった板目肌。

 切先の方を見れば、珍しい平作り。

 刃紋は直刃のようで、良く見れば小さく丁字が乱れている。


 この肌の特徴は、おそらくキホの国の物だ。

 慌てて懐から目釘抜を出し、刀身を抜き、茎を見て、カオルは目を見開いた。


(やはり! これはサダスケ!)


 サダスケ、とはっきり銘が切られている。

 まさか、サダスケの作を乱雑に放り込んでいるとは!?


 改めて、刀身を良く見てみる。

 この出来は、贋作ではよもあるまい。かじった程度の者でも本物と分かる。

 見たい、という気持ちをぐっと抑え、柄を戻して納め、脇に置く。


「ふうー・・・」


 と深く息を吐いて、気持ちを落ち着かせる。


 そうだ。これだけの作があるなら、他にももっと良い物があるはず。

 彫が入れてある物は、研ぎも普段の手入れも大変だ。

 まずは他の物を見てから・・・


 次の物を手に取り、抜いてみる。

 丁度2尺程。大脇差とも言える長さ。カオルに丁度良い長さだ。

 長さの割に反りがある。サダスケも放り込んであるのだ。

 これも古刀だろうか・・・と覗き込み、


(ううっ!)


 驚いて、思わず顔を離し、背を反らしてしまった。


 小切先。直湾れ。

 刃紋には小さく互の目、丁字。匂いが深い。

 地金が明るく光り、詰んだ板目が流れて肌が立っている。

 間違いなく古刀。この特徴、明らかにシロヤマの国、ジョウサン派の作だ。


 目釘を抜いて、茎を改める。

 銘は無いが、生ぶ茎(磨上げなどが行われていない、当時のままの茎)。

 古刀で生ぶ茎! これは貴重だ!

 ただ貴重なだけではない。これは恐ろしく斬れる。試さずとも、見れば分かる。


 刃を上に向けてまっすぐ正面に向けて持ち、刃の曲がりを確かめる。

 鑑賞の作法としては無礼だが、これから実戦で使うのだ。

 しかと確かめねばなるまい。


「・・・」


 全くない。

 もう一度、横から、正面から、と見て、


(1振はこれにしよう! これだ! これしかない!)


 いそいそと茎を柄に入れ、鞘に納めて脇に置く。


(よし、次・・・)


 一番近くに転がっていた、刀を手に取る。

 2尺2寸と、半寸。

 少し長いが、磨上げてしまえば・・・


(む)


 抜いて少し傾けた時、棟の形に気が付いた。

 庵棟(いおりむね。刃の反対側、上の部分が三角の屋根みたいな形)。

 研ぎづらく、研師にはあまり好かれない形だ。


 刃紋を見て驚いた。

 三本杉と言われる、特徴的な刃紋が綺麗に並んで出ている。

 間違いない。これは初代モトカネだ。かじった程度の素人でも分かる。

 杉の形から、おそらく末期の作。


 立ち上がり、振ってみる。

 ぴゅん! と綺麗な音。

 棒樋(ぼうひ、刀に溝を入れてある)が入っているので、音が小気味良い。


 ぴたりと腰の高さで止まった刀を良く見てみる。

 モトカネには珍しく、身幅が狭く、重ねも薄い。

 さらに棒樋が入っていて、とても軽い。


 だが、モトカネは肉厚で、身幅は広いのが特徴だ。

 これは注文打ちの作だろうか?

 万が一にも贋作だったとしても、出来は素晴らしく、使用には十分。

 この三本杉の刃紋を、ここまで綺麗に真似出来る贋作はないと思うが・・・


 もう一度、振りかぶって振り下げる。

 ぴゅん! と良い音が蔵に響く。

 長いが、軽く、カオルでも普通に振れる。


「ううん・・・」


 手にした刀は、ぴたりと手に収まっている。

 これは磨上げない方が良いだろうか?

 磨上げた結果、釣り合いが崩れるおそれもある。


(この長さ、私に上手く抜けるだろうか?)


 鞘を拾い上げ、納めて、腰に差す。

 右手を前に出し、鞘を出して・・・


 ぴ!


(抜ける!)


 納めて、抜いてみる。納めてみる。抜いてみる。

 引っ掛かりはしない。ちゃんと抜ける。


(イマイ様、ありがとうございます!)


 小太刀と違って、長い。

 なのに、重さは小太刀と同じくらいの軽さ。

 この長さには慣れないが、すぐに扱えるようになるだろう。


 今は磨上げなくても良い。

 使ってみて、不都合があるなら、磨上げてみれば良いのだ。


(これにしよう! カゲミツ様、感謝致します!)


 他にも山のように積まれているが、ぴったり手に収まる物がもう見つかった。

 小太刀より長いのに、しっくり来る感じがある。

 これ1振だけでも十分に過ぎる。


 蔵を出て数歩歩いてから、足を止めて振り返る。

 これほどの物が、どれも目に叶わず、適当に積んであるとは。

 また、何か価値のある物を手に入れたら、交換しに来よう。


 古刀の一大流派、ジョウサン派の一振り。

 最上大業物を打った名匠、モトカネの一振り。

 どちらも、自分には勿体ないと思う程の作。


 カオルはアキに礼を伝え、馬を見に行っているカゲミツの所へ向かった。

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