第8話 森戸三傳流


 ギルドでの朝稽古を済ませ、昼過ぎ。


 からからから・・・


「失礼しますー・・・」


 控えめな声。

 さー、とカオルが出て、膝を付き、頭を下げた。

 作務衣に、袱紗に包まれた箱をふたつ。

 おそらく、桐箱。

 この桐箱の中に、稽古用の刀が入っているのだろう。


「あ、どうも。僕、イマイです。トミヤスさんとお約束がありまして」


「お待ちしておりました。さ、お上がり下さいませ」


「あ、じゃあ、そのー・・・お邪魔します」


 す、とカオルが立ち上がり、居間の前で正座する。

 イマイが近付くと、カオルが頭を下げた。


 部屋の中には、手前からシズク、クレール、マツ、マサヒデと待っている。

 上座に空いた座布団。

 イマイが部屋に入ると、さ、さ、さ、さ、と順に頭が下げられた


「あの、トミヤスさん」


「は」


 マサヒデが頭を下げたまま返事をする。


「ええと、とりあえず、皆さん頭を上げてもらって・・・」


「は」


 す、と皆が背筋を伸ばして頭を上げる。

 イマイが上座の座布団を指差し、


「ここ?」


「は」


「上座?」


「達人をお迎えするのであれば、当然です」


 イマイがぶんぶんと顔の前で手を振り、


「いやいやいや! 達人とかないから!」


「研ぎだけに留まらず、剣の腕も達人の方をお迎えするのです。

 さ、ご謙遜なさらず、どうぞ上座へ」


「研ぎを褒められるのは嬉しいけど・・・」


 落ち着かない感じでイマイが座布団に座ると、さ、とカオルが茶を差し出す。


「粗茶で御座いますが」


 さ、と小皿に乗った落雁。


「こちら、ブリ=サンクのサン落雁で御座います」


「え! サン落雁!?」


 驚いてイマイが落雁とカオルをきょろきょろと見る。


「良いの? これ、高いでしょ? わざわざ用意してくれたの?」


「お口に合えばよろしいのですが」


「いやいや、頂きますとも! 今までで1回しか食べた事ないもの!」


 桐箱を置いて、さ、とサン落雁を取り、ぼり、と一口齧る。

 茶を飲んで、湯呑を置く。


「いーや・・・美味い!」


 ぼりぼりと齧っては茶を飲んで、イマイの顔がほころんだ。

 ぐぐーっと茶を飲んで、はあ、と息をつく。


「じゃあ、早速だけど、やろうか?」


「まずは、先生の流派の教えなどを」


「いや、先生とかないから! 僕、まだまだ全然だから」


 イマイは言いながら、はらりと袱紗を払い、桐箱を出しながら、


「僕のはね、三傳流(さんでんりゅう)」


 は! とマサヒデとカオルが目を見開き、


「三傳流と言いますと、もしや森戸三傳流?」


「そうそう! さすが、知ってるね。

 大きく分けて、剣術、柔術、手裏剣術。で、三傳流なんだけどね。

 別々に稽古はしないんだ。全部まぜこぜで稽古するの。

 三傳流は、とにかく合理性で出来てるんだ」


「合理性? と言いますと」


 イマイは首を傾げ、


「ううん、例えばだけど・・・実戦で、別々に使ってたら駄目でしょ。

 少し離れた所で手裏剣を投げて牽制しながら、剣で攻めたり。

 剣を落とされたら、無手でも戦えないと終わりでしょ。

 全部一緒に使えなきゃ。だから、まぜこぜで稽古する。合理的でしょ?」


「確かに」


「その辺、トミヤス流も同じじゃない?」


 マサヒデは頷き、


「その通りです」


 ぱか、と桐箱の蓋を開け、イマイが脇差を出して置く。


「で、まあ剣術の中にも、抜刀、居合と色々あって・・・」


 もうひとつの箱を開け、刀を置く。


「こないだ教えた、あの抜刀。あれも三傳流では特に『抜刀術』とか言わないの。

 他派で言う居合も抜刀も、薙刀、槍、鎌なんかもあるけど、全部含めて剣術。

 まあ、武器術ってことだよね、きっと」


「イマイさんが三傳流を使うのは、何故?」


「そんなの決まってるじゃない。自分で研いだ物を試したいからだよ」


「それだけですか?」


「うん。それだけ。昔、研ぎの修行、首都で習ってたんだよね。

 一番近かった道場が、三傳流の道場だったから。

 ちゃんと刀の扱い分かってなきゃ、試せないでしょ」


 へら、とイマイが笑う。


「確かにそうですが・・・」


「強くなりたい! とかいう気持ちは全く無し。

 只々、自分の研ぎの結果を知りたい。それだけ。

 今も、強くなりたいな、強い人と戦いたいな、とかは全く無いね」


「ただ、自分の手掛けた刀の斬れ味を試したかったから、ですか」


「そうだよ。トミヤスさんは武術家だから、そんなの許せないって思うかもしれないけど、まあ、今回は許してね」


 マサヒデもカオルも顔を見合わせてしまった。

 まさか、あれほどの抜刀術を見せる男が、そんな理由で・・・


 イマイが懐から道着帯を出し、くるっと巻き付けて結ぶ。

 へたれているが、黒帯。段位持ちなのだ。


「じゃあ、早速やろうか。トミヤスさんは手裏剣とかも使うでしょ。

 手裏剣使うのも教えるよ。僕の分かる範囲でしかないけど、そこはね」


 マサヒデはカオルを見て、


「イマイさん。こちらのカオルさんも、小太刀、手裏剣を使うのですが、一緒にご教授して頂くことは出来ますでしょうか」


「あ、いいですよ。ついでだもん」


「庭でよろしいでしょうか?

 ギルドの訓練場もありますが、真剣で稽古しますので」


「いやあ、その方が僕も助かるよー。人目があると、恥ずかしいもん。

 いつも通り2本差しでね」


 と、イマイが頭をかく。

 マサヒデとカオルが立ち上がり、次いでイマイが立ち上がり、庭に出た。



----------



 イマイの前に、カオルとマサヒデが並んで立ち、頭を下げた。

 イマイも頭を下げる。

 マツ、クレール、シズクは縁側で座って、3人を静かに見ている。


「じゃあ、今回は抜刀なんだけどー・・・まずはここからかな。

 こないだ、トミヤスさん、速いってびっくりしたでしょ。

 あれ、実はタネがあるんだよね」


「タネ?」


 イマイがマサヒデの左に並ぶ。


「普通に、刀を半分くらいまで抜いて、止めて」


 マサヒデがすーっと途中まで抜いて、止める。

 イマイも鞘をぐっと前に出し、柄を右手に乗せる。


「僕の方は鞘に納まってるけど、ここで、もう五分の状態になってるんだよね」


「鞘に納まっているのに、五分ですか?」


「そうそう。分からないかな?」


「いえ・・・分かりません」


「じゃあ、ゆっくりそのまま抜いて。僕もゆっくり抜いていくよ。

 抜けた所で、止めてね」


 マサヒデがゆっくり抜いていく。

 イマイも、鞘の左手を下げて抜いていく。

 ぴた、と2人が同じ所で止まった。


「これで、五分の速さだよね」


「はい」


「じゃ、もう一度、半分くらいから。

 カオルさんだっけ、前から見てて」


 カオルが2人の前に立つ。

 マサヒデは刀を納め、半分で止める。

 イマイも鞘を突き出して、右手に柄を乗せる。


「じゃ、抜いていこう」


 マサヒデがゆっくり抜いていく。

 イマイもゆっくり・・・


「あ!」


 カオルの声が上がった。

 マサヒデの刀は剣先が抜けていないのに、イマイの刀が抜けた。

 動きの速さは変わっていないのに・・・

 縁側で見ていたマツ達も驚いて、ぽかーんとしている。


「な、何故・・・」


「これで、何とか六分かな?

 僕の左膝を見て。外向いて、沈んでるでしょ」


「そうか、その分、鞘が後ろに下がったから・・・」


「その通り。でも、六と四じゃあ、先に斬れても、こっちもやられるかも。

 ということで、刀を納めて、もう一度半分の所からで」


 マサヒデは刀を納め、半分で止める。

 イマイも鞘を突き出して、右手に柄を乗せる。


「じゃあ、抜いていこう。さらに鞘が下がるから」


 すー・・・とゆっくり抜いていく。

 イマイの膝が沈み、腰がゆっくり回った。

 マサヒデの刀は、物打ち辺りで止まった。

 同じ速さで動いているのに、イマイの刀が抜けている。


「こうなる。これで、僕の七分かな?

 何とか、先に相手を仕留められるかも。

 速さのタネは、左手で引くだけじゃなく、この膝を沈める所、腰を回す所」


「・・・それで、膝を、腰を、と」


「そういう事。並べて比べれば、簡単に分かる事だよ。

 『抜く』んじゃなくて、『鞘を下げる』。結果、速く抜ける。

 どう? 合理的でしょ? これが三傳流の抜刀のタネのひとつだよ」


 イマイは前で見ているカオルの方を向き、


「どう? カオルさん、分かった?」


 カオルが驚いた顔で頷いて、


「はい・・・」


「見た通り、右手は前に出すだけ。身体の左が9割。右手は1割なんだ。

 右手はもっと少なくても良いかな? 左が9割5分くらいかな?

 じゃあ、これを踏まえて、応用を教えていこうか」


 皆が手品を見ているようにぽかんとしている。

 イマイだけが、にこにこと笑っている。

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