第53話 午後五時

「おいおい・・・おいおいおいおいおい・・・おいおいおいおい・・・・」

背中から表情はうかがえないけど、シモンの声はすごく楽しそうだった。

「うははははははは!」

おいおい言ってたのが馬鹿笑いに変わる。


「貴様!その気配、魔族か?」

「うははははは!笑わせんな!」

シモンの右腕の断面からスライム状の血が噴き出し、切り落とされた右腕にくっつく。

ジュルルっという音と共に斬られた腕が吸い寄せられ、くっつく。と同時に右手でエルベリ・カナシアの顔を掴む。

「おら!てめぇの口ん中、ぐずぐずに犯してやるよ!」

ルベリ・カナシアの顔ごと燃やし尽くそうとする青白い焔がシモンの右手から放たれた。


「うははは!」

「貴様!同じ魔族でありながら吾輩に矛を向けるか!」

再び、エルベリ・カナシアはシオンの右腕を切り落とす。

「うははは!おもしれなぁ!おい!」

右腕を切り落とされたシモンはなお、馬鹿笑いが止まらない。


「・・・。貴様、魔族のくせに吾輩に対する畏敬がないバカか。しっかりと殺し尽くしてやろう」

エルベリ・カナシアの眼窩でちろちろと燃える炎が、愉悦に歪む笑顔のように揺らめいた。


「いいよ、お前。すごく、いい。」

切り落とされた腕が再び、じゅるじゅると蠢きスライム状の血が噴き出してくっつく。

「だからさ。ちゃんと聞いてやる。名乗れよ三下さんした

シモンはすごく性格の悪そうな笑顔で顎をしゃくる。


「たかが人間風情に寄生する魔族が、頭に乗るなよ!吾輩は、公爵エルベリ・カナシア。戦争と憤怒の享楽を司る序列28番目の公爵エルベリ・カナシアだ!」

エルベリ・カナシアの大剣は再び、上段からシモンに襲い掛かる。

大剣は、バターナイフのようにシモンの右肩から胴体へと深々と食い込んでいく。


「28位?なんだ。カスじゃねぇか。俺は東方魔族の頂点。破壊の王だぞ?」

シモンの体に浮き出たトライバル状のタトゥーが首から顔へ、傷口にも広がり青白く発光する。


シモンの口から、青白くて炎が漏れでている。

「は!東方魔族?聞いたこともない田舎者が!」

エルベリ・カナシアは、カラカラと嗤い、大剣を再び構える。


「残念だな、三下。剣戟しかなさそうだもんな、お前」

やれやれといった仕草でシモンがバカにしたような仕草をとる。



「だから、終わりにしてやるよ、三下。【午後四時五十八分ナナジュウ】」

飲みすぎた日に吐き出すときみたいにシモンの喉が膨れ上がったと思った瞬間、真っ白な炎が火炎放射器のように噴き出してエルベリ・カナシアに襲い掛かる。

エルベリ・カナシアはシモンの吐き出した真っ白な炎にも動じずに、大剣を横薙ぎに払う。

シモンの体は、腋の下あたりで両断されてしまい、上半身がくるくると宙に舞い円を描く。


「バカか?魔族の体を斬ってなんの意味がある?少し強めにいくぞ?【午後四時五十九分ナナジュウイチ

シモンの両断された上半身と下半身部分が、青白い炎でつながれる。

バチバチと雷をまとった青白い炎が形作られていき次第に竜になった。

シモンの上半身と下半身の間を口のようにして、青白い炎が噴き出しエルベリ・カナシアを盛大に焼いていく。


「がっ!!!!!」

エルベリ・カナシアや馬が炎で溶け始めるが、炎を振り払うようにムチャクチャに大剣を振り回す。

振り回している大剣ですら炎天下のチョコレートのように形が保てなくなっていく。


「うはははは!三下!遊びの時間は終わりだ。せいぜい刮目しとけ!【午後五時ナナジュウニ

シモンの体全体から噴き出す青白い炎が、急速に形を形成していく。

炎と雷で形成された竜のあぎと

プレス機のような竜の顎は、エルベリ・カナシアをかみ砕かんとプレス機のようにその顎をゆっくりと閉じていく。

「なんだ!貴様!吾輩は序列28位の公爵エルベリ・カナシアだぞ!こんなことがっていいものか!」


「いいんだよぉ!言っただろ?東方魔族の頂点、破壊の王なんだよ。」

竜の顎に触れる体は柔らかく溶けるようにその支えを失っていく。


「俺の名はサラ。激情の贄になれ。三下」

竜の顎が一旦、異物をかみ砕くと、すさまじい絶叫が響いた。

もう一度、そしてもう一度と噛むたびにエルベリ・カナシアの絶叫が響き、骨や武具の砕ける音が断続的に響き、やがて静かになっていく。


「うはははは!ザコ過ぎて話しにならん!」

哄笑がピタリと止み、スッと静けさを取り戻したサラ、シモンの体がゆっくりと僕の方に振り返る。

「お前、なんなんだ?」

シモンの優しい目ではなく、憎悪に満ちた目が僕を射貫く。


「お前、シモンが出てくるなって言っただろ?」

サラの一言、一言が先ほどのエルベリ・カナシアの比ではないほどのプレッシャーを感じる。


「なんで信用しねぇんだ?お前・・・」

サラの口許からちろちろと青白い炎が漏れ出る。


「いや、その・・・・僕だって」

「うるせぇよ。お前はシモンを信用しなかった。だから俺が出てきたんだろうが!」

レーザーのように細い、糸のように細い青白い炎が鎖骨当たりに突き刺さる。


「うあぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「うるせぇ!シモンはお前を護るためにこんなになってんだろうが!泣きわめくんじゃねぇよカス!」

痛い、熱い、息が苦しい。

涙と鼻水が混ざって零れ落ちていく。

なんでこんな目に合わなきゃいけないんだ!


「お前、お前がシモンを信用してりゃな?シモンもお前も痛い思いをしなくて済んだんだよ。おっと、羽虫。動くなよ。コイツもろとも殺すぞ?」

サラの一言で、僕の頭を護るように抱えているミレイユに気が付いた。

「何よ!東方魔族の頂点なんでしょ?七大魔神なんでしょ!いいじゃん!シュンくらい助けてよ!」

「でけぇ声だすなよ、羽虫!助けてやっただろうが!」


シャン。どこか懐かしい鈴の音が響いた。



シャン。

もう一度、今度は聞き間違いでもなく鈴の音が響いた。

エルベリ・カナシアが現れた頃から淀んでいた空気が清浄になっていく気がした。


「・・・神威カムイ

ナーシャだった。

普段はミレイユと同格のお調子者で、何も考えていないようなおしゃべりを楽しんでいる女の子って感じなのにその一言には、威厳があり、凛としていた。


「ナーシャか・・・」

ナーシャを見るサラの目は僕に向けるものとは異なり、憎悪も悪意もないただ純粋な涼やかさだった。


「サラ様。兄をありがとうございます」

「ナーシャ。次はもう少し早くやれ。・・・シモンと俺はすでに不可分なのだ」

「承知しました、サラ様」

「あと・・・。戦姫様も喜んでおります」

「そうか・・・」

サラはふっと、ほんの少しだけ。

シモンと同じように優しい笑顔を浮かべた後、怖い顔になって僕を見る。


「小僧。そいつには気を付けろよ」


「えっ?それは・・・」

僕が聞き返すよりも早く、辺りが光に包まれて眩しくて何も見えなくなった。

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