第13話 違和感


 からからから・・・


「只今戻りました」


「おかえりなさいませ」


 カオルが手を付いて迎える。


「カオルさん、この後、時間ありますか」


 ぴた、とカオルの動きが止まった。

 最近、この流れが・・・

 引き受けると、また肋骨を持っていかれるかも。


「今日は、カオルさんの剣の稽古をしませんか。

 前々から、中々出来ませんでしたから」


「剣ですか?」


「ええ。冒険者姿の時に着けている、剣です」


 ううん、どうしよう。

 確かに、冒険者姿はよく変装するから、剣は鍛えておきたい。


「承知致しました。お時間頂き、ありがとうございます」


「カオルさんに、ちょっと見てもらいたい所があって・・・」


 まずい。

 これはまた、何かとんでもない技でも閃いたのか。

 今日はどこを持っていかれるか。

 足か? 腕か?


「私はひたすら受けに回りますから、がんがん攻めてきて下さい」


 ほ・・・


「では、まず茶でも淹れますので、ご一服下さいませ」


「はい」


 居間に上がると、クレールが手のひらに雀を乗せて集中していた。

 静かに入って、そっと座る。


「どうぞ」


 す、す、と茶とまんじゅうが出され、湯呑に茶が注がれる。

 クレールの手のひらを見ると、コツを掴んだのか、雀が「おっと」とふらつく。

 下げすぎて雀の足を浮かしてはいけない。ほんのちょっと。

 気配さえ掴めれば、後は集中力を切らさないだけだ。


 ずずー・・・


「あっ・・・」


 ぱたた・・・雀が飛んでいく。


「かなり掴めたようですね」


「あ、マサヒデ様」


「ふふふ、私が入ったのにも気付かない程、集中出来ていたようですね」


 カオルがクレールにも茶とまんじゅうを差し出す。


「あ、カオルさん、ありがとうございます」


「次は両手に1羽ずつとか、目を閉じてみるとか。

 この練習は色々応用出来るので、試してみて下さい。

 そのうち、こうやって喋りながら出来るようになりますよ」


「喋りながらですか? その域まで行けるでしょうか・・・」


「行けますとも。この練習を教えてから、ひと月も経ってないでしょう。

 たったこれだけの期間で、ここまで出来たんですから」


「頑張ります!」


 そう言って、クレールはもしゃもしゃとまんじゅうを齧る。

 マサヒデはその様子を見て、にこっと笑い、カオルに顔を向けた。


「カオルさん、今日は私の受けを見てもらいたいのです」


「受けを見る? 隙を見て打ち込め、ということですか?

 何か、甘い所でも見つかりましたか」


「ううむ、ちょっと違いますが・・・隙が見つかったら、それでも構いません。

 ばしばしと打ち込んで下さい。ひたすら、受けますから」


「は」


「マサヒデ様、あのびゅーんって跳ぶのはやらないんですか?」


「ええ。今日はやりません」


「良かった・・・」


 ほ、とカオルが胸を撫で下ろし、力が抜けた。

 マサヒデはそのカオルを見て、


「良かったって何です。カオルさんなら、受けられるって言ったじゃないですか」


「まだ、とても出来るとは思えません」


「父上の稽古を受けた後です。もう出来るようになってますよ」


「無理です」


「・・・自分でばっさり言いますね」


「自分の事は、自分で良く分かっておりますので」


「そうですか? そうでもないと思いますが。ねえ、クレールさん」


 ぐぐ・・・


「ぷはあー! そうですよ! カオルさんなら出来ますよ!」


 輝くような笑顔。

 自分で受けていないから、そんな事が言えるのだ・・・


「クレール様、お茶を」


「ありがとうございます!」


「私だって、今自分のどこがおかしいのか、よく分からないんですから」


「マサヒデ様、何かおかしいんですか?」


「ええ。何かおかしいんですよ。動きに変化は感じられないのですが」


「きっと、成長期で背が伸びた、とかじゃないですか?

 それで今までと同じ動きが、おかしく感じるとか」


「む・・・それはあるかもしれない・・・

 ほんの些細な身体の変化で、動きに変化は出る。クレールさん、鋭いですね」


「えへへ」


「ではご主人様、用意をして参ります」


「お願いします」


 すたすたと庭に下りて、冒険者との打ち合いを思い出してみる。

 こう受けて流して・・・

 くる、と竹刀を回す。


「ううむ・・・」


 ちょこん、と縁側にクレールが座り、マサヒデの様子を眺める。

 ふわふわと軽く竹刀を回しているが、なんだかよく分からない。


「お待たせ致しました」


 冒険者姿のカオルが、木剣を持って下りてきた。


「クレールさんも、しっかり見ててもらえますか。

 私は、ひたすらカオルさんの打ち込みを受けていきます。

 何か気付いたら、言って下さい」


「はい!」


「では、カオルさん。お願いします」


「は」


 ぐい! と剣が突かれた。


「お!?」


 かん! と音がして、木剣が上に飛び、屋根まで飛んで行ってしまった。

 流し崩す余裕がなく、弾いてしまった。


「あ、しまった!」


「ご主人様、大丈夫です」


 しゅぱ、とカオルが跳び、屋根の上から木剣を持って来る。


「ううむ・・・カオルさん、剣もすごいじゃないですか。

 冒険者さん達にも、ここまでの突きを出す方は少ないですよ」


「ありがとうございます」


「すみません、正直に言って、舐めてました。

 普段の得物ではないから、もっと使えないかと思っていました。

 私の驕りですね」


「いえ、冒険者程度では、まだまだです」


「では、いつでも」


 面打ちを流す。

 斬り上げを流す。

 横薙ぎ、袈裟がけ、次々と流す。


「剣の時は、もっと振りに重さを乗せるように、体重をかけて。

 小太刀や刀とは、振り方が全然違いますよ。

 もっと、ぐいっと乗せて、重さ、勢いで斬るんです」


「は!」


 振られる剣を次々と流す。

 これほどの振りを、ちゃんと流せている。

 だというのに、やはり何か違和感を感じる。


「ううむ・・・」


 唸りながら、すいすいと流していく。

 重さをぐっとかけた振りを流されるので、その度にカオルの身体がよろめく。


「重さがかかったのは良いですが、流され過ぎです。

 もっと地に足を着けて、身体まで全部持っていかれないように。

 簡単に、ばっさりといかれますよ」


「は!」


 カオルは何度かよろめいたが、次々と振るうち、よろめきが小さくなった。

 すいっと面打ちを横から上に回して跳ね上げ、木剣を飛ばす。

 ここまで出来るのに、マサヒデの違和感は消えない。

 くるくると回って落ちてきた剣を、カオルが受け止める。


「わあー!」


 ぱちぱちとクレールが拍手を上げた。


「一旦、休憩にしましょう」


 カオルがばててしまった。肩で息をしている。

 慣れない剣で、思い切り体重をかけた振りを流され続けていたせいだろう。


 マサヒデはすっと縁側に腰掛け、湯呑を取った。

 カオルもとすん、と座り、湯呑を取る。


「マサヒデ様、カオルさん、すごかったですよ!

 最後に落ちてきた剣を取った所、カオルさん、格好良かったです!」


「ふふふ。カオルさんは格好良いですからね。

 ラディさんみたいに男装して、女浪人なんてどうです?

 小太刀を得物にしていても、違和感がないでしょう」


 クレールの瞳がきらきらと輝いた。


「ラディさんみたいにですか? うわあ、カオルさん、格好良くなりますね!」


「ご主人様、それは目立って仕方ありませんよ・・・

 変装の意味が無くなってしまいます」


 カオルは、ふう、ふーう・・・と深く息を整え、ちび、ちび、と茶を飲む。


「なあに、周りに溶け込むばかりが変装じゃないでしょう。

 普段目立つ格好をしていれば、他の姿に変装した時にバレづらいでしょう。

 この家にいたって、私の内弟子といった体にすれば問題ないし」


 がば! とカオルが顔を上げた。


「は! た、確かに・・・そうかも・・・」


「そうすれば、訓練場で稽古も出来ますね。小太刀も自然に持っていられる。

 内弟子だから、買い物や使い走りなんかも不自然ではない」


「ううむ、内弟子! なるほど! ご主人様、これは素晴らしい案です!」


 にっこりとクレールが笑う。


「じゃあ、目立ってもいいなら、普段から忍者の格好していても大丈夫ですね?」


「ははは! クレールさん、それはだめですよ!」


「え? なんでですか?」


「ここに忍がいますよ、って周りに教えては、カオルさんが普段から変装している意味が、全く無くなってしまうじゃないですか。忍がいるってバレない事が、変装の目的なんですから」


「あっ! 確かに!」


「ははは! さて、カオルさん。私に何かおかしな所、ありました?」


「ううん、全く・・・さらさらと流されて、いつも通りです。

 私には、おかしな所は感じられませんでした」


「クレールさんはどうでしたか?」


「お二人共、すごく格好良かったです!」


「う、ううむ・・・そうですか・・・」


 マサヒデは腕を組んで、顎に手を当てる。

 クレールは・・・演劇でも見ている感じだったのだろう。


 身体はいつも通り動いている。なのに、おかしい。

 速くなった、遅くなった、良くなった、悪くなった、とかもない。いつも通りだ。

 何が、どこが変わったのだろう・・・

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