第二章 内弟子志願

第8話 内弟子志願・前


 からからからー・・・

 控えめに玄関の戸が開けられる。


「失礼します!」


 はて、この声は。


「私が」


 カオルが玄関に出て行く。

 この女は・・・人ではない。魔族だ。

 手を付き、頭を下げる。


「お待たせ致しました。魔術師協会オリネオ支部へようこそ。

 本日はいかなる御用件でしょうか」


「こちらに、トミヤス殿がおられると聞いて参りました。おられますか」


 立ち会いの申し込みか?

 カオルでもはっきり分かる。この者は大した腕ではない。

 しかし、カオルは知っている。

 世には強者独特の空気や雰囲気を、完全に隠せるような者もいるのだ。

 さて、どちらか・・・


「お取次ぎ致します。お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか」


「エミーリャと申します」


「それでは、しばしお待ち下さいませ」


 す、と立ち上がり、縁側まで行く。

 まだシズクが不貞腐れた顔で仰向けになっている。

 皆もにこにこしている。


「ご主人様、お客様です」


 ん、とマサヒデが振り向く。


「ああ。やっぱり私ですか。エミーリャさん、でしたか?」


「は」


「じゃあ、上がってもらいますか。

 私が出ますから、カオルさんはお茶を。

 皆さん、そのまま縁側にいて良いですよ。

 物騒な用ではないと思いますから、大丈夫です」


「は」


 カオルが台所に下がって行く。

 玄関に向かうと、やはりあの虫人族の女、エミーリャだ。

 す、と正座し、軽く頭を下げる。


「お待たせしました。マサヒデ=トミヤス・・・ま、名乗りは良いですね。

 さ、どうぞ上がって下さい」


「はい!」


 マサヒデに続き、エミーリャが上がって居間に入る。

 座った所で、カオルが茶と落雁を出した。


「ま、どうぞ」


「はい!」


 エミーリャが恐ろしく気合の入った顔で、湯呑を取る。

 立ち会いではあるまい。全く殺気がない。

 しかし、この気合の入り方はなんだ?

 まさか、嫁に・・・などと・・・


 何か、誤解を招くような事は言っただろうか?

 彼女達の種族で、負けたら嫁に、などはないだろうか?

 ちら、と縁側で談笑する、マツとクレールの背に目を向ける。

 それは避けたいが・・・


 くぴ、と軽く一口飲んで、エミーリャの顔を見る。

 眉間を寄せ、目に力が入っている。


「御用件を伺いましょう」


「・・・」


 エミーリャはゆっくりと湯呑を置き、きり! とマサヒデの顔を見た。

 次いで、がば! と土下座して頭を下げた。


「どうか! お弟子に!」


「・・・」


 エミーリャの大声に驚いて、皆がこちらを見る。

 弟子なんて取る気はさらさらない。


「弟子? トミヤス流が学びたいのですか?」


「はーっ!」


「では、そこの街道をずっと行けば、トミヤス道場がありますので、そちらへ」


「先生から学びたいのです!」


 はて、どうしたものか。

 縁側に顔を向けると、マツが笑いながら肩をすくめる。

 クレールもシズクもにこにこしている。

 ふう、と息をついて、エミーリャに顔を向ける。


「まず、頭をお上げ下さい」


「は!」


 じっと強い目でマサヒデを見つめるエミーリャ。

 大きく黒い瞳の中の、たくさんの小さな瞳が、じっとマサヒデを見ている。

 さて、どう断ったものか。


「申し訳ありませんが、私もまだ修行中の身でして。

 代稽古ならまだしも、弟子を取るなどと、とても言える者ではありません。

 ですので、訓練場で稽古に参加して下されば」


「そこを曲げて! お願いします!」


 エミーリャがまた、がば! とまた頭を下げる。


「先程も申しましたが、トミヤス流が学びたければ、道場の方へ」


「先生から学びたいのです!」


 堂々巡りだ。

 カオルを見ると、にこにこしながらマサヒデを見返す。

 縁側の方を見ると、3人ともにこにこ笑っている。


「だめです。これは、あなたの為にも断らせて頂きます。

 私のような中途半端な腕の者に弟子入りしても、毒になるだけです」


「それでも先生から学びたいのです!」


 ふう、とマサヒデは息をつく。


「すぐ隣村に父上、つまり剣聖がいるのです。

 父上は教え方も上手く、腕も私より遥かに上です。どうぞ、そちらへ」


「え!? 剣聖!? トミヤス・・・カゲミツ!?」


 ば! と驚いた顔で、エミーリャが顔を上げた。

 知らなかったのか?


「本当に知らなかったんですか? 私の父上は、カゲミツと言います」


「トミヤス道場って剣聖の!? こんな田舎に!?

 てっきり、いずれかの人の国の首都辺りにあるものかと・・・」


「まあ、父上の名は売れていますから、首都とか大きな所にあると思われていても、仕方ないですね。剣聖はここの隣村にいます」


「父上? 父上、と言う事は・・・あなたは、もしや、シロウザエモン・・・」


「そうですよ。家を出る時に、父上からマサヒデと名を頂きました」


「ええっ!? トミヤスの神童のシロウザエモンだったんですか!?

 じゃあ、じゃあ、300人抜きとかって、噂じゃなくて・・・」


 エミーリャが真っ青な顔で背を仰け反らせた。

 くす、とカオルが笑い、


「エミーリャ様は、放映を見ておられなかったのですね?

 本当ですよ。私も抜かれた1人です」


「え!? あなたも!?」


「私も私もー」


 シズクが手を挙げる。

 あ! マサヒデにばかり目が行って、全く目に入っていなかったが、この女は!


「あ・・・あな、あなたは、鬼族の方では・・・」


「そうだよ」


「はいはーい! 私もでーす!」


 クレールもにこにこと手を挙げる。

 銀色の髪、赤い瞳。まさか・・・まさか・・・


「あ、あ、あなた様は、まさか、まさか、れ、れれっ、レイシクラン!?」


「そうですよ!」


「ええっ!?」


 どちらも、魔族の中では5本の指に入る強種族ではないか!?

 彼らに勝てるのは、魔王様の一族か、龍族か、獣人の虎や狼くらいでは・・・

 勝ったということは、300人抜きは噂やはったりではなかったのだ。


「神童だなんて、大袈裟なあだ名が付いてしまったものですよ、全く。

 新しい名を頂く事が出来て、本当に良かった」


「す、すみませんでした・・・親戚の方あたりかと・・・」


「ふう・・・まあ、そういう事です。

 是非、剣聖に手ほどきを受けるとよろしいかと思います。

 道場はすぐ隣村、歩きでも1日もかかりません。

 父上は、私が10人いても一撃も入れられないくらい強いですから」


「ええ!?」


 鬼やレイシクランに勝てる男が、10人いても一撃も入れられない?

 剣聖とはそれほどだったのか・・・


「本当だよ。隣村だからさ、私もたまに道場に行くよ。

 カゲミツ様と手合わせすることあるけど、掠りもしないよ。

 弟子入りしたら、きっと強くなれるよ!」


 鬼の女がにこにこしながら話し掛けてくる。

 まさか、鬼族でも手も足も出ないとは・・・


「私に弟子入りするより、父上に弟子入りなさい。

 トミヤス道場は、弓も教えております。

 門弟が増えれば、父上も喜びますので、どうぞよろしくお願いします」


 マサヒデが頭を下げる。


「分かり・・・」


 待て、この3人は負けたと・・・


「は! 少々お待ち下さい! このお三方は、先生の内弟子では!?」


「いえ、違いますよ。あ、放映見てなかったなら知らないですか。

 皆さん、私の勇者祭の組に入る方です」


「え!?」


 鬼とレイシクランを従えて!?

 もう勝ったようなものではないか・・・


「左様で・・・あ、で、では、私が・・・」


 私がどちらかに勝ったら! と言いかけて、言葉を飲み込んだ。

 勝てるわけがない。


「ああ、この3人の中の誰かに勝ったら、ですか?」


 ぎく。

 さー・・・と身体から血の気が引いていく。

 心臓がどきどきと音を立てている。


「構いませんとも。強い方が組に入って頂けた方が良い。

 ここに住むことになりますから、ついでに内弟子という形では如何」


「い、いえ、その・・・」


 にやにやと3人がエミーリャを見る。

 鬼族とレイシクランに勝てるわけがない・・・

 あ。メイド。


「で、では! あなたと!」


 ば! とエミーリャがカオルに目を向ける。


「そうですか。では、カオルさん。お相手してもらえますか。

 そこの庭で良いですかね」


「は」「はい!」


 にやにやしていたカオルの顔がきりっと変わる。


「じゃ、カオルさん、得物は訓練用ので構いませんよね。

 ラディさんがいませんし、もし手足を失うような怪我をしたら大変ですし」


「は」


 え? 手足を失う?

 ちら、とメイドを見ると、メイドは能面のように無表情。

 このメイドは一体!?

 大人しく道場に行った方が良かったかもしれない・・・

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