カニパーティー8/8
水深200メートル。
シースパイダーは海底に到着する。
『ミシェルンちゃん。状況は?』
『例のクラゲやろー、激おこですー。さっきから毒電波をまき散らしながら陸を目指してるですー。
生意気にも霊子通信規格の毒電波を出しやがるですー』
霊子通信とは電流と磁界に加え霊子を振動させる3024年の通信の標準規格である。
霊子には空間の概念がないため光速を超える通信が可能となった。
宇宙開発に大いに貢献した技術の一つである。
アーススリーの固有種だと思われる、このクラゲになぜそれが出来るのかは謎だ。
もっとも、厳密には霊子通信とは異なると考えられる。霊子通信であればわざわざ陸に行かずに洗脳が可能であるはずなのだ。
『ねえ、ミシェルンちゃん。本当にアレは霊子通信の電波を出してるの?』
『うーん、それっぽいといった感じですー? どうやら万能ではないみたいですー。
これまでのクラゲやろーの行動から察するに、近づいた相手にのみ使ってるようですしー?
しかも被害者の人数は漁船の船員数名程度ですー。
処理能力の限界なのか電波の強度が低いのか、強力な電波を出すと自身にも被害がでるとかですー? 所詮は下等生物ですー』
いろいろと謎の多い生物、あとで調査をするのは当然であるが、今はこの化け物を倒すことが最優先である。
『そう、なら好都合ね。こちらは奴の電波を利用して海底を這いながら敵に近づきましょう。できる?』
『もちろんですー。無音走行はシースパイダーの得意とするところですー』
海底は真っ暗である。本来は移動にはライトやセンサーなどを駆使して進まないと危険をともなう。
だが幸いにも敵の放つ電波がアクティブソナーの役割をしてくれているため、シースパイダーは完全な隠密行動がとれるのだ。
『到着したですー。クラゲやろーは真上ですー』
次の瞬間、シースパイダーが大きく揺れる。
ダメージは無い。シースパイダーの装甲は完璧だった。
『なに? もしかして気付かれた?』
『みたいですー。奴の触手に触れてしまったようです―。幸い、奴はこちらをカニだと勘違いしているみたいです―。攻撃というよりはそのまま捕食しようとしているようですー』
『なるほど、奴の好物はカニってところかしら。贅沢な奴、私だって滅多に食べれないのに……。そうか、だから漁獲量が激減したんだ!』
『インフィさん、好都合ですー。このまま奴に捕食されてしまいましょう。奴の体内に侵入したらトライデントの高電圧パルスでイチコロですー』
ミシェルンはじたばたとシースパイダーの脚を器用に動かす。
まるで逃げようともがくカニの様に。
巨大クラゲからは次々と触手が伸びてくる。
『インフィさん。どうですー? リアルでしょー』
『ほんと、さすがはミシェルンちゃん。敵はすっかり油断してるみたい』
グルグルに巻き取られたシースパイダーはそのまま海底から持ち上げられ。
クラゲ本体が居るであろう海面付近まで引き上げられる。
じたばたと脚を動かしながら抵抗するふりをする。
そのたびに巻き付く触手が増えていく。
ゆっくりと海面付近に引っ張られていたシースパイダーは、クラゲ本体に到着する前に動きが止まる。
『うん? どうしたのかしら。まだ本体は遥か上にいるというのに』
『うーん。どうやら私達はキープされたようです―。おそらく奴は港町を襲った後にゆっくり食べるつもりですー。
美味しい物は最後までとっておくタイプですー?』
『迷惑な奴。そしてめんどくさい。ならこちらにも考えがあるわ!』
『同感ですー。ではインフィさん、アレをやるですー?』
『オッケー。核熱ハイドロジェットエンジン始動!』
シースパイダーに増設された高出力ウォータージェット推進装置から高圧の水流が噴射される。
同時に、マニピュレーターを器用に動かし、トライデントのブレード部で触手を切り裂く。
『よし、抜けた! ミシェルンちゃん全速全開!』
『了解ですー。スーパー! 稲妻ぁぁぁあ! 』
『ジェットアターック!』
強力な電気ショックにより、薄暗い海中が一瞬だけ明るく輝く。
その刹那に、巨大クラゲの全身が見えた。
球状の透明な身体に何千何万もの触手を生やした、まさしく海のモンスターであった。
『インフィさん、生命反応なしですー。やったですー』
『ええ、そうね。終わったわ。
ちょっと可哀そうだけど、同情はしない。
……でも一言だけ言わせて。
素敵な夢を見せてくれてありがとう』
◇◇◇
福祉船アマテラスの居住区にある広場にて。
今日は祝勝会を兼ねたバーベキューパーティーだ。
特別ゲストもいる。
「クロスロード上院議員。改めてようこそアマテラスへ」
「ああ、イチロー君、こちらこそ素敵なパーティーへの招待、ありがとう」
フォーマー・クロスロード上院議員。
普段はスーツでバシッと決めているが今日はオフなので、アロハシャツに短パン姿だ。
やや、白髪交じりの茶色い髪の毛のナイスミドル。
なるほど、よく見るとミシェルさんに面影が似ている。
「イチローおじさん。本当に良かったんですか? まだそんなに日が立ってないのに。そのミシェルさんはどちらに?」
クリステルさんはやや心配している様子。
ミシェルさんは厨房に続く扉から姿を現す。
「皆さん。ようこそアマテラスへお越しくださいました。今日は私達が獲ったブラックロッククラブを堪能ください」
ミシェルさんとミシェルンのコンビはトレイに乗ったカニを次々と運ぶ。
あの後、例の巨大クラゲの死体から生きたブラックロッククラブが大量に出てきたのだ。
「あのクラゲやろー、強欲ですー。大量のカニをキープしてやがったですー。でも、おかげで今日はご馳走ですー」
大量のカニ、今日はカニパーティーだ。
「……あの、パパには本当に迷惑を掛けました。今日はゆっくり楽しんでいってください」
「ああ……ミシェル? 私をパパと呼んでくれるんだね?」
「もちろんです。私、昔の夢を見たんです。クリスマスの時、サンタクロースの格好をして家に来てくれましたね。
母は複雑な顔をしてたけど、とても楽しかった。あの時、私は母から叔父だと聞かされていたからすっかり忘れてたんです。
そして、サンタクロースのおじさんが本当のパパだったら良かったのにって子供ながらに思ったものです」
ミシェルさんの言葉で俺は思い出した。
クラゲに幻覚を見せられていた時、ミシェルさんは確かに言った「おじさんがパパだったらよかったのに」と。
俺はあれが良くない夢だと勝手に誤解していたが、彼女の幸せな記憶の断片だったのだ。
……しかし、俺は場合はどうなのよ……。いや、考えてみたら、推しのアイドルが俺の子供を身ごもっていたのは、一瞬だけ優越感というか、ちょっとだけ嬉しかったけど……。
だが、あのクラゲのことだ、俺を自殺させた後に彼女も同様の残酷な夢で自殺させようとしたのだろう。
でも結果的にミシェルさんは父親との記憶を思い出したのだ。
「ミシェル……そうだね、あの頃は母さんとは色々あってね。私も忙しさを言い訳に……君には本当に迷惑をかけたよ……せめて罪滅ぼしにって。言い訳を色々考えてね……」
「パパ……いいえ、今はその話はいいです。
とりあえず今日は楽しい話だけしましょう。さあ、せっかくですからカニを食べましょう。
パパは知ってました? ブラックロッククラブの原種は地球のズワイガニなんですよ? 焼いてもいいし、ボイルにしてもいいし。日本ではスキヤキが人気だそうですよ――」
家族団らん、とまでは言えない。
やや、ぎくしゃくしつつもパーティーは始まる。
カニという食べ物はいい。食べてる間はお互いに無言になるのだ。
少しずつ二人の間のわだかまりが溶けていけばいい。
これからの時間はいくらでもあるのだ。
-----終わり-----
ここまで読んでいただきありがとうございます。
さて、今回のお話はいかがでしたでしょうか。
前回のシンドロームのアンサー回です。
ネトゲ廃人にもいろいろあり、家族の形も色々。
それを助けるのが福祉団体フリーボートなのです。
SF世界でド派手な宇宙戦闘をしない主人公もたまには良いのではないでしょうか。
面白いと思っていただけたらフォローに応援、★★★評価いただけると嬉しいです。
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