シンドローム12/27

 ――数日が経つ。


 あれから順調に、時には苦戦をしたりしながら、メインクエストを攻略していった。


 俺もゲームに慣れ、皆も確実に強くなっていった。


 だが、ここで一つ大きな壁にぶつかる。

 

「くそ! 奴さえ倒せば最新のクエストに参加できるというのに。全然勝てる気がしないぞ」


 俺はバーチャルレストランで仲間の為に寿司を握る。

 ちなみに俺は寿司の握り方なんか分からない。


 だがここはゲームの世界、貸し切り寿司バーのカウンターの前でそれっぽい仕草をするだけで出来るのだ。  


 俺はカリフォルニアシュリンプスシを握るとアイちゃんのカウンターに置く。

 彼女はそれをペロっと平らげると。グリーンティーを一口。


「ふぅ、結構なお手前で。……でも、そうですね。さすがに攻撃力が足りませんね。前衛アタッカーがミシェルンだけだと少し荷が重いでしょう」


 ここまで来たというのに思わぬ足止めだ。クエストボス『アポカリプス』奴のHPが高すぎて倒せない。

 今回初登場の世界系モンスターというカテゴリーのボスキャラで、特徴は通常のボスよりもHPが遥かに高い。

 そしてHPが半分以下に減ると強力なスキル攻撃をするようになる厄介な敵だ。


「くやしいですー。せっかくの即死攻撃が全く効かないですー、はずれモンスターでしたー」


 ミシェルンは両手のハサミを器用に動かし寿司を口に運ぶ。


「まあ、そういうなミシェルン。しかし、レベルもカンストしているし、次のクエストのモンスターの肉でないと上位種に進化はできないしな」


 そう、現在ミシェルンのステータスはこんな感じだ。



 名前:ミシェラン★★★

 職業:モンスター

 レベル:60

 種族:デスキャンサー

 HP:2021

 力:976

 素早さ:350

 防御:1890

 魔力:1561



 デスキャンサー。

 黒をベースとしたボディーに黄金の模様をもつ巨大なカニのモンスター。


 ハサミや脚の先端にも黄金の模様がありカッコいい。

 準上位クラスのモンスターの一体だ。


 最大の特徴はスキル『デスシザース』自分よりもレベル、あるいは魔力が低い敵を一撃で殺すことが出来る。


 素早さこそ低いが、同レベル帯の他のモンスターの中で最強の防御力。

 格下の雑魚敵相手なら無類の強さを誇る。


 ミシェルンは俺が寝ている間も、ソロで雑魚狩りをしていたようだ。

 いつの間にかレベル60になっていたのは驚いた。


 ちなみに即死に失敗しても物理ダメージを当てることが出来るので使い勝手が非常に良い。

 だが、力がやや低めなのでボス相手にはあまりダメージは期待できない。


 当然。クエストボスは即死無効である。


 雑魚狩りでイキっていたミシェルンだが、ボスに連敗したので今はすっかり落ち込んでいる。

 俺は寿司を握ることしかできない。謎のファンタジー寿司をミシェルンに食わすことしか……。

 そう、ゲームに登場する食材を使ったファンタジー寿司……ミシェルンならいつか現実に再現してくれると期待して。


「しかしだ、このクエストさえクリアできれば犯人に接触する機会が出来ると言うのにだ。ここまで来てとんだ足止めだな」


「マスターのおっしゃる通りです。

 このパーティーだと世界系モンスターに特攻ダメージを与えられるのはソーサラーの私だけですし。

 ミシェルンも神話系かゴーストタイプのモンスターならあるいは可能性があったのですが……

 運営の悪意があるのか、攻略キーアイテムも無いのでローグの長所も生かせませんし」


「それだな、世界系モンスターを倒す武器を探さないとだ」


「へへ、船長さん。残念ながらマシーンは世界系は苦手っすね。

 聖属性あるいは闇属性などの神話系の武器が世界系の弱点になりますので。

 それこそ『アポカリプス』のレアドロップアイテム。ロンギヌスの槍なら可能ではありやすが……オークションで買うとなると結構なお値段っす。クリステルさんにバレたら俺っちたちは質に入れられるっす」


 サンバはガリを肴に日本酒をちびちびとやりながら言う。

 なかなかに歴戦のローグ風味をサンバは醸し出している。


 サンバの言う事は正論だ。ゲームのレアアイテムははっきり言ってリアルマネーで買うべきではないのだ。

 運営のさじ加減で相場が決まっているため仮装通貨よりも変動が激しいのだ。


 仮に『アポカリプス』の弱体化が公式に発表されたら特攻アイテムの相場は崩れるだろう……。


「それだよな。お金を使えば勝てるけど、俺だって大富豪ってわけじゃないし。

 クリステルさんに言い訳がたたない……ロンギヌスの槍で……数百万……ありえないだろ?」


「船長さん。ここは臨時でパーティーを組むとかどうっすか?」


「いや、部外者を巻き込む訳にはいかないよ。爆弾テロ犯と接触するのが仕事なんだし。下手に繋がりを持つのは良くないし、それっきりの人間関係で終われるかどうかが問題だ。

 フレンド登録をされることもあるし、巻き込んでからじゃ遅いんだよ」


 そう、ここはバーチャルとはいえ現実とは地続きの世界だ。

 アクション映画でよくある、モブキャラが流れ弾に当たって死ぬとかは絶対にあってはならないのだ。

 一般人を巻き込むことだけは絶対にあってはならない。

 それならクリステルさんに土下座して借金をする方が遥かによいのだ。



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