クァンタムマインド6/7
戦争の歴史、出来ることなら知りたくない。だけど知らなければ人類は同じ過ちを繰り返す。
かつて王制であったころは君主の事情で戦争は行われたという。
民主主義ではそのようなことは起こらない。
だが民意が醸成されるといとも簡単に戦争は起ってしまう。
そう、歴史修正主義者により戦争賛美が民意を埋め尽くす頃には既に戦争準備は完了しているのだ。
だがしかし、現在の霊子コンピューターの解では、戦争を止めることはできないし、止めるべきでもないというのが結論である。
人類は何も進歩していないと思うかもしれないが、今より数百年前、ちょうど人類が本格的に宇宙で活動するようになってからはもっと酷かったらしい。
俺のいた21世紀は奇跡的に大国同士のパワーバランスが均衡し平和が保たれていたのだ。
だが、一世紀以上保たれた人類史上まれな長期間にわたる平和は、その長さゆえに政治的な歪の深さも大きなものだった。
その大きな歪に対して当時主流だった量子コンピューターの導き出した解決策は最終戦争だった。
荒廃した世界で、新たに格差のない人々による完全な管理社会を構築するというものだ。
量子コンピューターによるサポートで人類は全て平等に管理されるべきであり。
メンタルヘルスにナノマシンを積極的に使用し、常時人間の感情をコントロールするという極端な結論。
それが、政府中央および大学等を繋げた大規模量子コンピューターネットワークが導き出した完全な平和である。
争いが起こらない完璧な世界を求めて。
しかし、このような極端な政策は全ての人類が受け入れる訳が無い。
各々の階級や立場によって意見はぶつかりあう。
やがて、言論による闘争が物理的な闘争へと変わるのに数年もかからなかった。
こうして第一次宇宙大戦は始まったのだ。
映像の最後には宇宙船のビーム砲が地球に命中して、ある大国の都市が丸ごと消し去られる映像で幕を閉じた。
ショッキングな映像だ。
俺の居た21世紀の人類は幸いなことに核戦争を経験しなかった。
だが、それ故により悲惨な事件につながったと言えるだろう。
悲劇の原因は単純なヒューマンエラーだ。
戦争のさなか不意に宇宙戦艦から撃たれた陽電子砲が敵艦を外れ地球大気圏内に侵入。
地球の大気に触れた陽電子は対消滅反応を起こしてしまい、その直下の都市および周辺環境に深刻な影響を与えたのだ。
当時の最新鋭の宇宙戦艦としては標準装備である陽電子砲。そして戦争の経験が無い司令官が初めての戦争で、訓練通りに放った一発であった。
平和ボケというのは語弊があるが、まさに経験のなさがこの悲惨な事件を起こしたと言えるだろう。
「さて、子供達よ、この移民船ロナルドトランプはね、そんな時代に作られた移民船なんだよ。どうだい? 皆の感想を聞かせておくれよ」
船内の劇場で、子供達はロナルドトランプに蓄積されている小学校では絶対に学ばない歴史の映像に触れた。
この映像は子供達に良い影響を与えるのだろうか、少し不安だ。
だがカッコいい戦争映画ばかり見せるよりは余程いい。
もちろん、俺はエンタメとしての戦争映画は大好きだ、だが一方に偏るのは良くないとも思う。
だから今回のことで子供達に考えてほしいと思ったのだ。
「……あの、世界に救いはあるんですか?」
映像が終わると、トシオ君が手を上げナディアさんに質問をする。
戦争を知らない世代の子供の正直な感想である。
もちろん俺だって知らない。
だが、こうして俺達が平和に生きているのがその証拠だと思いたい。
ナディアさんは杖を突きながら立ち上がり子供達に答える。
「そうさねぇ……初代のクルー達はきっと救いがないと思って、この船を造って逃げたんだと思うよ。
でもどうだい? 君達は平和に過ごしているじゃないか? 現時点で結論をいうなら、救いがあったよ。
私は死ぬ前にそのことが知れて本当によかったし、君達の様な戦争を知らない子供達に出会えて本当に良かったと思うよ。
そうだ、帰る前にお墓参りに付き合ってくれると嬉しいね、彼らにも見せてやりたいからねぇ……」
ナディアさんの誠実な言葉に静かになる一同。
戦争の被害者であるナディアさんの言葉は重い。
涙ぐむ生徒もいる。
だが、スタン先生はやはり空気が読めない性格のようだ。
「あの、ナディアさん。この船は亜光速船ですよね。しかも当時最高峰の技術と国家予算に匹敵する額で作られた時代の象徴! ということはですよ、あるんですよね? 宇宙時代の幕開けとなった偉大な発明。
そう、対消滅エンジンが! いやー。実物が見られるなんてほんと良かったですよ」
ずけずけと質問を続ける。少し涙ぐんでいたエイミー先生は、「もう! スタン先生ったら、ほんと空気読めないんだから!」と、いつもの調子に戻る。
この場合は彼に感謝だな、朝っぱらからしんみりしてしまっては俺の旅行プランは台無しなのだ。
気分を切り替えるのも大事だ。
「あっはっは、そうかい。スタン先生、あんた物好きだね。まあいいさね、ではお昼を終えたら歴史の闇に消えた最高の宇宙船。ロナルドトランプの見学ツアーでもしようじゃないか」
ナディアさんも上機嫌だ。スタン先生は何気におだてるのが上手いのか。
自分の家を時代の象徴とおだてられれば悪い気はしない。
なるほどな、とぼけている風だけど、見る目はあるってことか。
まあ、天然なんだろうけど、自分の好きな分野には空気を読まずに饒舌に語る、そして相手へのリスペクトを忘れない。
あ、そうか、彼もオタクなのだろう。
なるほどね、分野は違えど彼とは仲良くなれそうな気がするな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます