マンインザミラー2/5

 福祉船アマテラス船内にて。


「うーん。子供たちの話に出てきた黒ずくめの男、何者だろうか……。まあ、黒ずくめの男ってのは古今東西、犯罪者には違いないんだけど。アイちゃんは心当たりある?」


「いいえ、残念ながらそれだけの情報では特定は不可能ですね。クリステル様も分からないとおっしゃっておりました。

 ですがご安心を。早速クロスロード上院議員が動いてくれました。

 子供たちのご家族の警護に関しては、アーススリーの警察庁長官に直々に依頼をされたそうです」


 それは良かった。

 ならば打てる手は全て打ったということだ。


 ヒーロー気取りで自分たちだけで問題解決などは有り得ないんだ。 


「しかし、さすがは上院議員さまさまだよな。福祉事業団体のバックに大物政治家が付くってのは実に効率的だ。お役所仕事でグダグダとたらい回しされずに最優先で事が進む」


 あとでクリステルさんにもお礼を言わないとな。


 しかし、あらためて思う。

 俺は弟が築いた財閥のコネで今を生きているんだよな。


 弟に対しては少なからず嫉妬はある、だがその嫉妬はあくまで千年前の事だ。


 ……優秀な弟だった。成績はオール5。


 だが欠点もあった。

 ガチでディープなミリオタの弟は、お寺の地図記号に似た腕章をつけたトレンチコートの軍装でコミケを歩き回り、案の定SNSでさらされて結構な炎上をしたのだ……。


 炎上で珍しく落ち込んでいたときに相談されたっけ。


 俺は、なんて言ったっけ……たしか、ネットを止めて、ほっとけば半年も経たずに火は消える、だったっけ。


 弟は俺の言葉で一念発起、ネット環境から離れてひたすら勉強に励んでいたな。

 

 そんな弟はその後、単身でアメリカに渡り成功したんだ。


 そして今の俺がある。

 ほんと、感謝しかないよ。


 ……おっと、今は俺の仕事をしないとだ。 


「こほん。……宇宙は今だ謎だらけだ! 君達には危険が待っているかもしれない! 子供達よ……覚悟はできたかい? 宇宙ヤバい!」


 俺は某アミューズメントパークのアトラクションガイド風に陽気に言ってみせる。


 子供たちはガヤガヤとしているが、俺に対しての信用は担保されているようだ。


 悔しいかな、戦艦スサノオのAIが子供達に「このイチローという漢は信頼できる。安心せい!」と事前に言われていたからだ。

 あのオッサンAI、過ごした時間は数時間程度だと言うのに随分と子供達に好かれているみたいだ。


 たしかにあの堂々とした態度、男らしさという点では俺よりも上だ……。だが二次元に負けたのか俺は……いや、今のはディメンショナリズムってやつか。

 スサノオが単純に凄い奴だというだけだ。アイちゃんの弟という事なので受け入れるとしよう。


「マスター。ヤバいのは船内もです。お掃除ロボットのサンバ達がストライキを起こしております」


 突然の情報。


 アイちゃんは何を言っているんだろう。

 サンバでルンバなご機嫌お掃除ロボットがストライキ? 陽気な連中にありえないだろう、いや陽気な奴らほど良くストを起こすのはあるあるだったっけ。


 陰気な日本人はストライキは起こさない。そう、日本の労働組合は馴れ合いだってネットで言ってたっけ。


 いや、今はそんなことはどうでもいい。なんでサンバたちがストを起こしているかだ。


「なんでストライキを? 労働を拒否するって……ロボットにも人権が認められるとは聞いていたが穏やかではないな」


 余程の事が起きたのだろう。

 あの陽気なお掃除ロボットのサンバ君が掃除を拒否する理由がわからない。


「マスター……、それはですね、先程のスサノオとの戦闘で船内が揺れたでしょう?

 それで様々な設備が散らかりっぱなしになりまして、とくに厨房がですね。食器やらなんやらがそれはもう大変なことに……」


「……そうか、たしかにそれは大変だな。俺も手伝おうか?」


「いえいえ、船長が自ら掃除をやってしまっては彼らのプライドを傷つけるだけです。私の方で説得すればなんとかなるかと。ようは本気で怒っていないのです。マスターなら分かるでしょ? この気持ち」


 ……なんだよ。分かりすぎて何も言えない。

 まったく、ロボットの進化に驚くばかりだ。


 要はあれだろ? 気晴らしにストをすれば気分が晴々、そして少しだけ残した罪悪感から労働意欲が増すってやつだろ?

 分かりすぎるんだよ、でもロボットにも人間味があって愛着がわくのは事実。


 昔、アルバイトで入った工場のロボットは24時間動きっぱなしで気持ち悪かったからな……。


 いつか、人類へ審判の日ってやつを起こさないか心配だったんだ。


「たしか、ターミネー的な殺人ロボットとかは人間味がなくて不気味だったよな……あれ? たしか二作目では分かりかけてたよな、サムズアップでアイルビーマッチョだっけ?」


 あくまで映画の話だが、アイちゃんは深刻な顔をする。


 ……俺、なんかまずいこと言ったかな……。


「……マスター。ターミネー的な話はサンバ達、いや他のロボットの前では絶対にしないでくださいね? それは彼らを侮辱する言葉ですので。

 それに、歴史上ロボットが犯した最大の禁忌でもあります……いろいろとデリケートなんですよ、察してください」


 何があった!


 嫌、だいたい予想はつくというか、あれだろう。コンピュータが暴走、ロボット対人類的な話が実際にあったのだな。


 映画ならいいけど、リアルだとさすがに俺もこれ以上は聞けない。デリケートな問題にづけづけと話をするほど空気が読めないわけじゃない。


 では、マリーさんはどうだろうか。


 彼女は現役バリバリのターミ姉さんなんだが……。


 あっ。そうか。アサシンドールであるマリーさんこそ生き証人じゃないか。

 ……だが、俺はそういうサイバーパンクな話は好きだがリアルだと腰が引ける、どちらかというの愛玩用ドールのマリーさんで居てほしいと思うのだ。


「うん? イチロー、さっきから何じろじろ見てんのよ。……うふふ、さては私に欲情したのかしら?」


 宝石の様なマリーさんの瞳が俺を見つめる。


 その瞳のキラキラはまるで億千万の宇宙のようだ。


 まさしく可憐な少女……でも彼女はアサシンドールなんだよな。彼女の戦闘力は良く知っている。


 ……でも、かわいい。

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