第21話 憧れる勇者
アリス達がアズク達を倒し、次の目的地へ向かっている時、リディア王国に1人の勇者が訪れていた。
その勇者はルーディア帝国で召喚され、勇者としての力を蓄えるために、近隣に弱い魔物が多いリディア王国へ送り出された。
その召喚者は日本人で、珍しくもない顔をしていて何処にもいるような少年である。外見に反して、優秀なスキル持ちで期待されている勇者の1人なのだ。
「うわぁー! 帝国とは違う雰囲気があるなッ!!」
「リント、煩いです。街の中で叫ばないで下さい。恥ずかしい」
「仕方がないだろ! 異世界に召喚され、色々な場所を旅することが夢だったんだよ!! まさか、その夢が叶うなんて、今も信じられない思いだよ!」
「まぁ、その気持ちはわからなくもないが……、周りからの視線が痛いから、声を落としてくれよ……」
リントと呼ばれた勇者の本名は本田凛人(ほんだりんと)と言い、2人の仲間と一緒に旅をしている。その仲間は元聖騎士のリュグと宮廷魔術師のメアリーで、昔の英雄と同じパーティ構成になっている。何故、その構成になったというのは、リントが昔話を聞かされて憧れたのが始まりだ。
英雄とは、同じ召喚者のカズトのことである。
「さっさと宿を取るわよ」
「えー、先にギルドっしょ!」
「いや……、荷物がな」
ルーディア帝国からリディア王国までは馬車で一週間程は掛かるので、ある程度の荷物がある。それを宿に置いてからギルドに行こうとリュグは言っているのだ。その説明に納得したリントは仕方がないと言いつつ、宿を探しに行く。それに着いていくメアリーはチッと舌打ちをする。
「……なんで、宮廷魔術師である私がこの煩い子供のお世話なのよ」
「まぁまぁ、俺も聖騎士を辞めさせられた身なんだぜ? 冒険をするのに、聖騎士のままだと不都合があるとかで、俺はただの冒険者に成り下がっているんだぜ」
「哀れな……」
聖騎士を辞めさせられたといえ、リントが勇者として成長して一人前になったら聖騎士へ戻る手筈になっている。
「皇帝の命令じゃなかったら、断っていたわ。高貴なるエルサレム家の私が冒険者真似事をするなんて、嘆かわしい……」
「う~ん、命令があったのもそうだが、俺はリントの行く道を見てみたかったからのもあるな」
「リントの道?」
「あぁ、他の勇者と違って召喚された時、既に希少スキルを2つも持っていたんだぜ。しかも、どちらも優秀な効果を持っていやがる。普通なら1つだけなのに。まさに、『特別な勇者』と呼ばれているのもわかるぜ」
「それは……そうね」
「それに、『特別な勇者』がどんな道を行くか気にならねぇか?」
「確かに、気になるけど……」
リントの後ろを着いて行きながら話していた2人だが、大きな声で中断された。「おーい! 宿を見つけたぞー!!」と周りの眼を集めるぐらいに目立っていた。
「……子供みたいに大きな声で騒がないで欲しいわ」
「それは同感だな」
目立ってしまったリントの手を無言で掴み、さっさと宿に入っていった。
「何回言えばわかるのよ!! 声を小さくとっ!」
「だってさー、周りも人が多かったから大きな声で呼ばないと聞こえないと思って」
確かに、周りは人が多めだった。だが、大きな声でなくても聞き取れたはずだ。それを言おうとしたメアリーだったが、そわそわしているリントを前にして、何かも諦めた。
「はぁっ……、もういいわ。さっさと部屋を借りて、荷物を置くわよ」
「とにかく、普通の音量でな。荷物を自分の部屋に置いたら、ここに集合な」
リントに悪気があってやった訳でも無いので、メアリーは疲れたような顔で溜息を吐いていた。リュグは苦笑していたが、少し注意をしておいた。リントはわかったと返事し、すぐ部屋に向かっていった。2人はまた、すぐに忘れているだろうと思いつつ、それぞれが部屋へ向かっていった。
リディア王国のギルドは他の街より初心者の冒険者が多い。その人達に混じって、リント達が入っていく。周りのと違って、立派な装備を着ているメアリーに目が向く。因みに、リントとリュグはそれ程に高価な装備をしていない。
その起因は、リントが初めの街から始めるなら、初心者の装備から始めたいと言ったのだ。皇帝の前で。
流石に初心者が着るような装備は、勇者を死なさせるにはいかないので却下された。その代わり、効果は付いてないが、強度があって壊れにくい装備を着て貰うことに決まった。リントとリュグはその装備を着ているが、メアリーだけは宮廷魔術師としてのプライドが許さないようで、自前の立派な装備を着ていた。
依頼が貼られている掲示板に向かうと、リントが一枚の紙を持って受付嬢に質問していた。
「ねぇねぇ、この依頼は何なの? 他のより報酬が高いみたいだけど」
「その依頼ですか? 正体不明の魔物か魔人が様々な魔物の集落を潰し回っているようで、その調査です」
話を聞き、リュグが気になったことを質問する。
「何故、魔物か魔人だと?」
「それは、集落にあった死体から魔石が残っており、取り出された跡がありませんでした。人間は金になるので、必ず取り出している筈です」
「成る程な」
「どうするー?」
「もしかして、受けるつもりなんですか? 3日前に、Bランクのアズク達が受けたのですが、まだ帰ってきてないから難航しているみたいのです」
受付嬢はBランクであるアズク達が全滅したとは思っておらず、調査が難航していると考えているようだ。もし、一週間以上も帰って来なかったら、考えも変わるかもしれないが。
受付嬢がリント達に言ったのは、それぐらいに難しい依頼ですよと教えたかったのだ。それに、まだギルドカードを貰って間もないリント達がやってもクリア出来ないと判断されたかもしれない。
「ふーん、長くなるならお断りしたいわね。調査は私の性分ではないわ」
「そうだな、俺も同感だ。リントはこういう依頼をやってみたいか?」
「うーん、いいや。他のパーティがやっているなら止めとく。オススメの依頼とかある?」
あっさりと持ってきた依頼を止めにし、別の依頼を受けることに決めた。それが、リント達の危機から逃れたことを知らずに。
「オススメですか、最近は魔物の集落を潰されており、魔物が少なくなっているので、討伐依頼はオススメ出来ませんね。今、残っているのは高額討伐依頼しかありませんから。その理由により、採取依頼がオススメになりますが……」
「えー、採取依頼かぁ。一応、高額討伐依頼のを見せてくれる?」
「え、高額討伐依頼のをですか? ええと、見るだけなら」
見るだけなら自由なので、受付にある高額討伐依頼の依頼書を見せてくれる。どれも難易度が高い魔物の討伐で、新人に任せる仕事ではない。
見るだけで受けはしないだろうと思っていたがーーーー
「お、コイツならやったことがあるぞ」
「これなら魔法に弱いし、これでいいんじゃない?」
「2人がそう言うなら、これにしようか!」
「えっ!?」
まさか、間違えて初心者用の依頼書を渡してしまったのかと、確認する受付嬢だったが、どれも難易度が高い高額討伐依頼書で間違いはなかった。
「この依頼を受けます」
「本気なんですか!? これはツリーエンペルドの討伐ですよ!!」
ツリーエンペルドとは、樹木の魔物であり、基本的に1体だけでいることはない。纏まって生息しており、戦うことになったら、軍隊と戦うことと同義である。
強さは、ゴブリンやオークなどとは比べにならないぐらいに強く、再生力も高い。3人だけでやる依頼ではないのだ。
「あー、大丈夫だ。リントはともかく、俺とメアリーは戦いの経験がある。対処方法もあるから心配はするなよ」
「戦いの経験がある……?」
「そこは秘密だから、詳しくは話せないが、問題はない。手続きをしてくれ」
「わかりました……」
不承不承だが、この依頼の手続きをする。もし、この依頼で死んでしまっても責任はギルドには無く、受けた冒険者にあることになる。ギルド側は警告ぐらいはするが、無理に止めることはしない。判断は冒険者がして、自分の生死を決めるのだ。
「あ、パーティの名前は決まっていますか? 登録されていませんが……」
「あ、考えると言って決めてなかったな。候補はあるけど、2人は?」
「変な名前ではなかったら、リントのでも構いません」
「俺もリントの候補でも構わんぞ」
どのパーティにも名前があり、Bランクのアズク達にもあったのだ。アズク達のパーティは『|鉄の意志(アース・ウィル)』と言うパーティ名となっている。
リント達のパーティ名はーーーー
「『|太陽の使徒(ミトラス・アポカリプス)』にするよ」
ミトラスは太陽の神であり、リント達は神の使徒と名乗っているのと等しい。その後、ギルド内で大騒ぎになったのは、別の話であるーーーー
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