第54話 地縛霊は見た

 廃病院には手術ミスで死んだ少女の悪霊が居着いており、入って来た者を呪い殺すと言う。

 そんな噂は当の本人の耳にも入ってくる。

 とはいっても手術ミスでは無く病弱で死んだのだし、悪霊といっても人を驚かす程度のことしかしない。もちろん人を殺めたことなんて一度も無いのである。唯一合っている点といえば少女であるということだけだ。

 噂には尾ひれが付いて来る、そんなことは少女にも分かっていたので大して気にしていなかった。むしろその尾ひれのおかげで、たまに遊び半分で来た若者たちを驚かせることが、彼女の生き甲斐……いや死に甲斐になっていたのである。

 齢10歳で死んだ少女は娯楽に飢えていた。自分を生んだ両親はまだまだ死なないだろうし、あの世で家族団欒をするまでまで、下界で暇潰ししようと思い数十年の月日が流れた。

 今宵も一組のカップルが入って来たので、よしよし驚かしてやろうと、物陰に隠れて出るタイミングを窺った。


「ねぇ卓也たくや。私、怖いわ」


「大丈夫だよ明美あけみ。僕が君を守るからさ」


「……うん、ありがとう」


 手を繋いで仲睦まじい感じで歩くカップルを見て、少女は少し羨ましくなった。10歳で死んだ彼女にとって異性と付き合うのは憧れの様な物があり、それを出来なかったことは結構な心残りだった。

 少しムカついたので、いつもより大きな声で驚かしてやろうとタイミングを見計らっていたのだが、タイミングを見計らっていたのは彼女だけでは無かった。

 カップルの女の方の明美が手を繋いでいない方の手を自分のショルダーバックの中に入れ、そこからギラリと光る刃渡り30センチほどの包丁を取り出して、そのまま自分の彼氏の首元に狙い付けて包丁を振った。


”スパッ”


”ブシャアアアアアアアア‼”


 練習でもしていたのだろうか?見事に頸動脈を切り裂き、卓也の首から血が噴水の様に溢れ出した。


「あひ……あひ……な、何で?」


 首を抑え何が起こったか分からないという様子の卓也。明美は返り血を浴びながらニッコリと笑って理由を話した。


「アナタがいけないのよ。私の後輩と浮気なんかするから。だから私は全然悪く無いの♪」


「……あぁ」


 バタリとうつ伏せに倒れる卓也。それを明美はゴミを見る様な目で見ていた。

 そんな二人を少女は無感動に見ている。久しぶりに人間の醜い茶番を見せられて辟易していた。この廃病院で人が殺されるのは一度や二度のことではない。その全ての殺人を一部始終を少女は黙って見ており、もう人が死ぬところなんて慣れっこになていた。


「さて、死体を隠して、血も洗い流さないと。こんな奴の為に捕まるなんてごめんだわ」


 卓也の両足を持って引きずり、明美は暗闇の中に消えて行った。

 あなたが悪いと言っておきながら、自分のした事を隠そうとする人間の醜さに少女は反吐が出た。両親の死を待たずして成仏してやろうとも考えたが、こんな後味の悪い感じで成仏するのも何だかなぁと思い、結局は地縛霊を続けることにした。

 壁に耳あり障子に目あり、あなたの普段の悪行は地縛霊が見ているかもしれないのでお気を付けくださいませ。



 

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