第36話 笑う人

僕の働く工場では、いつも笑っている人が居ます。

名前は佐藤さんで、工場で20年働いているベテランなのですが、仕事はそこそこで、お世辞にも作業が早いとは言えません。結婚もしていない様で、歳も50近くで独り身らしいです。


「佐藤さん、ちょっと遅いですよ。」


「あーごめんね。」


チャラついた新人が佐藤さんのことをニタニタしながらからかいます。それを見ているとあまり良い気分ではなかったので、帰りに二人っきりになった時に聞いてみることにしました。


「佐藤さん、新人にはガツンと言った方が良いですよ。」


「いやぁ、別に気にしてないからね。」


「本当ですか?」


「うん、私は工場で働けるだけで満足さ。」


そう言って、いつもの様に笑う佐藤さん。その時、僕はそういえば佐藤さんが怒ったり悲しんだりする姿を見たことが無いと、少しその笑顔が不気味に見えてしまった。

その数日後、また新人が佐藤さんをからかっているところを発見しました。


「あはは♪佐藤さんは本当にダメですね♪」


蔑み笑い。あまりに人を小バカにした態度に僕は黙って居られなくなりました。


「おい、やめろ。人のことは良いから、自分のことをちゃんとやれ。」


「・・・へーい。」


新人は明らかに不満そうな顔で作業に戻りました。世代が違うからか最近の新人は何だか扱い辛いです。


「大丈夫ですか佐藤さん?」


と、僕が佐藤さんの方を向くと、佐藤さんは真顔で新人の方をジーッと見つめています。こんな佐藤さんの顔は初めて見たので、僕はブルリと体を震わせました。

しかし、その表情は一瞬で、すぐにいつもの笑顔に戻る佐藤さん。


「大丈夫、大丈夫、気にしてないから。」


そう言いながら作業に戻った佐藤さんですが、僕には先程の真顔が頭にこびりついて離れません。

笑顔も貼り付けた様なモノに見えてしまって、怖くなってしまいます。

工場にはハンマー、カッター、電動ノコギリなどの簡単に人を殺せる道具が揃っており、魔が差したりカッとなったりしたら、簡単に人を殺せるのです。

あの新人が、まだあんな態度を続けるとしたら・・・。

これは恐らく僕の考え過ぎなのでしょうが、そうならないことを祈るのみです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る