ハンドクラフターの含羞~完成したのでぶっ壊していいですか~

月神 奏空

序章

第1話

 全ての人が楽しめる玩具を、というコンセプトで様々な玩具を売り出している大手玩具メーカー『MIDO』。その会長の御曹司である御堂みどう奏愛そうあは幼い頃からハンドクラフトが好きだった。材料はなんだっていい。初めて彼が作り上げたのは木製の龍の彫刻だった。

 ウロコの一枚一枚をとっても、細いヒゲや目の中の模様をとっても細部までしっかり丁寧に彫られている。大人顔負けの彫刻を生み出したのは、奏愛が8歳の時の事だった。

 努力だけでも認めてほしくて父に見せに行った時のことは大人になった今でもしっかりと覚えている。

 得意げになって見せに行ったのだが、いざ父の前に持っていくと上手く言葉が出てこなかったのだった。父は元より口数が少ない人である上にいつも忙しくしていて、あまり会話らしい会話をしたことがなかったためだった。

「その作品は?」

 父の声は低く威圧的でさえあって、奏愛は萎縮してしまった。作品を持ったまま固まってしまった奏愛に、父は再び口を開いた。

「お前が作ったのか?」

 父に問いかけられ、奏愛は頷いた。すると、父は丁寧な手つきで作品を手に取り、そして机に置いて奏愛を抱き上げて頬擦りをしたのだった。言葉はなくとも最上級に褒められているのはわかって誇らしくなった。

「これは世に出すべきだ」

 その後、何やら難しい名前の賞に応募しようと父があちこちに電話をかけていた時、奏愛はついにとある気持ちを抑えきれなくなってしまう。

 多くの人に評価されるかもしれなかった彫刻をハンマーで無残な姿に変えてしまったのは過剰なまでに褒められたことによる含羞がんしゅうだった。

 その後、何を作っても満足のいく仕上がりになると父に褒められた時のことが頭を過ぎり跡形も残らないように壊してしまう。そうして完成品を壊す癖のついてしまった奏愛だったが、大人になってもそれは治らなかった。

 今日はガラス細工に挑戦していた。完成したのは色つきガラスで作り上げた薔薇の花束だ。なかなかにいい出来ではないかと満足していたら、いつものがきてしまった。

「いや、ダメだ……落ち着くんだ僕。これを壊すのはもったいないぞ。せめて誰かに見せてから……見せ……見せたくない!!」

 思い切り叩き割る。奏愛は失念していた。割れたガラスは鋭利で刃物と変わらない切れ味を持つということを。飛び散ったガラスの破片が襲いかかってくるが怖くなって目を閉じた。

 目を開けた時、奏愛は不思議な白い空間にいた。

「ここはどこだろう」

「きみ、死んじゃったんだよ」

 途端に声が聞こえて振り返ると、15歳くらいの少年(?)が立っていた。他の人物の姿はない。先程の声は彼のもので間違いなさそうだ。

「ぼくはルイゼ。きみたちがいうところの神ってやつだよ。最も、きみたちの世界を管理している神とは別だけどね」

 自称神様は楽しげに笑っている。

「飛び散ったガラスの破片がこう、うまい具合に首をスパッとね」

 仮にも人の死因をとはよくも言ってくれる。奏愛はルイゼを睨みつけた。

「コフィテ・デアラールは今、世界総魔素量が基準値に達していないんだ。だから、きみのように魔素をたくさん持つ人が必要なんだよ」

「コフィテ・デアラール? 世界総魔素量? なんだい、それは」

 聞き慣れない言葉に混乱する奏愛。

「きみたちの世界では魔素量なんて気にする必要はないのだったね。そりゃあ何を言っているかわからないか……最初から説明するとなるとすごく時間がかかってしまうんだけど」

「構わないから教えてくれ。どうせ僕は死んでしまった身なんだろう?」

 このまま消えてしまうのは奏愛の本意ではなかった。せめて何か面白い話が聞けないかとそう願った奏愛のためにルイゼは語り始める。

「まず、世界が安定して存在するためには魔素っていうものが必要になるんだ。これはきみたちの世界では馴染みのない言葉だろう?」

「物語の中にはそういう言葉が出てくることもあるよ」

 現実にそんなものがあるとは思えないけれど、と付け加えながらルイゼの言葉を少し訂正した。

「魔法を使うために必要なもの、と表現されることが多いね」

「うん、その認識で大体合っているよ。世界総魔素量というのはその名の通りその世界にどれだけの魔素が存在しているのかを示した数値でね。これが基準値を下回る世界には人を住ませてはいけない決まりになっているんだ」

「なるほど」

 納得したように頷いたが、まだまだ疑問は解決していない。

「魔素とやらはどうやって増やすんだい?」

 次の質問に移ると、ルイゼはその場に腰を下ろした。奏愛も倣ってその場に腰を下ろす。浮いているような感覚だったが、きちんと座ったという感触があった。

「手っ取り早く魔素を増やすなら、まず他の世界から魔素をたくさん持つ魂をもらうのが一番なんだよ。今ぼくがやろうとしているようにね」

 ルイゼが指を動かして宙に絵を描いた。魔素の多い魂のつもりだろうか。子供が描くお化けの様なものを大きな円で囲っている。かわいらしくて何かの形に残しておきたいと思った。忘れてしまわないようにじっくり観察していると、ルイゼがくすりと笑った。

「それで、魔素というのは活発に利用されることによっても増えていくんだ。きみたちの世界の総魔素量が多いのは何も人口が多いからというだけではないんだよ」

「僕たちの世界に魔素を利用する人なんていないよ」

「何を言っているんだい。きみだって魔素を利用していたじゃないか」

「え?」

 絵に向けていた視線をルイゼに向けると、ルイゼは自分が何か不思議なことを言っただろうかと首を傾げていた。

「ああ、そうか。きみたちは魔素を利用するというと魔法を使うという理解だったね」

「違うのかい?」

 ルイゼは顎に手を当てて言葉を選んでいる。どう伝えれば良いのかと悩んでいるようだった。奏愛は大人しく続く言葉を待っていた。

「きみたちの世界では、才能と呼ばれるものがあるんじゃない? あれも魔素を利用しているものなんだよ」

 その発想はなかった。奏愛は驚きで目を丸くすると同時に妙に納得した。所謂才能と呼ばれるものが、異世界では魔法と呼ばれている。そんな認識で構わないらしい。持って生まれた才能を使って何かを成し遂げることで魔素を利用していたことになる。

「総魔素量が基準値に達していない状態で人を住まわせている状態が続くと強制的に消滅させられちゃうんだよねぇ」

 光で描かれたイラストがふ、と消えてしまった。奏愛は残念そうに俯いた。手を数度握ってから先程までよく観察していたイラストを思い出しながら指先を動かす。

「君は僕に転生してほしいんだね」

「そうなるかな。きみほどすごい魔素を持つ魂を手に入れるチャンスは逃したくないもの」

「ちなみに、転生しない選択をしたら僕はどうなるんだい?」

 奏愛が問いかけると、ルイゼは再び魂のイラストを描いた。今度は横に隣り合って並ぶ丸が二つ、その間に縦線と矢印が2本、それから片方の矢印にはバツ印も描かれる。

「魂が生まれた世界から異世界に行けるのは一度きり。他の世界を選ぶことはもうできないし、この世界で転生しないなら消滅するだけだよ」

 魂のイラストだけが消える。

「そういうことなら呼ぶ前に了解を得てほしかったなぁ」

「それが出来ないのが辛いところだよ。ごめんね」

 転生か消滅か。ほぼ一択のようにも思える。奏愛はまだハンドクラフトを続けたかった。正直に言うなら魔素がどうとか世界がどうとか、そんなことはよくわからないしあまり関心も生まれなかった。ただ、まだ作りたいものがたくさんある。

「転生のメリットとデメリットは?」

「まず、デメリットの方から話そうか。これはあくまでお願いという形ではあるけれど、人よりもたくさんのことをしてもらわなきゃいけないことになるんだ。それこそ世界中の人に認められるようなことをね」

 そうしなければせっかく奏愛の転生によって得た魔素は無駄になってしまうからだろう。それはデメリットというほどのことでもなかった。具体的に何をすべきかがわからないのは苦しいところだが、魔法が使えるのなら何かすごい物を作ることが出来るかもしれない。

「メリットは、そうだなぁ。所謂チートというものをあげるよ。それから、事故や病気で死んじゃわないようにしてあげる。どう?」

「チートというのは僕はよくわからないのだけれど、今回のように思わぬ形で死ぬのは本意でないから嬉しいよ。それなら転生させてくれるかな?」

 奏愛は握手を求めて手を差し出した。ルイゼはその手をしっかりと握って大きく頷いた。

「あ、そうだ。大事なことを言い忘れていた」

「ん、なんだい?」

「異世界から来た魂には世界への定着期間というものがあってね。記憶を持ったままの転生は出来ないんだ。定着してしまえば思い出せるけれどね」

「普通の赤ん坊として産まれるということ? 神童と呼ばれるのは難しそうだね」

 もしかしたら幼少期からあらゆる事を成し遂げることで世界中の人に認められる何某をとやらを達成出来るかと思ったが、そこまで上手い話はないようだった。少し残念に思った奏愛だったが、立ち直れないほど落ち込むようなことはなかった。

「きみにぴったりの魔法を用意しておいたよ。存分に魔法を使って、コフィテ・デアラールをよろしくね!!」

 その言葉と最後に、奏愛の意識は途絶えた。

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