第18話 Love lettar
「うぅ……っ、うううぅ……!」
信じない……僕はこんなこと信じない……! 美夜が僕を裏切るわけなんてないんだ……!
モニターの中、匿名掲示板の上で繰り広げられる無責任な与太話に拳を叩きつけたくなる。
昨夜、華乃から悪魔の言葉を聞かされた僕は、すぐさまスマホを取り出し――そして自分がレジ打ちしていた5時間の間に起こっていた事態を把握して――膝から崩れ落ちた。
掲示板にまとめられていたように、ある女子大生が1週間ほど前、こんなツイートをしていたのだ。
『めちゃくちゃ美人な友達が「地球温暖化の原因が俺の射精だった~セカイが俺を射精管理してくる~」ってラノベ投稿して垢BAN食らってたの未だに思い出して笑う』
『同時連載の「デスゲームに巻き込まれたけどドS義妹に射精管理されてるせいでそれどころじゃない」の主人公が賢者タイムで覚醒展開入ったところでのBANだったことに一番キレてたのはホント草』
『ガチでモデル級の美人なのに、あの顔だけアホ彼氏を射精管理してんの想像したらめっちゃ笑けてくる』
この発掘は美夜のファンやVTuberアンチの間で瞬く間に広まり、ファンかアンチかは分からないが、どこぞのバカが捨てアカウントでその女子大生に突撃。
美夜の動画を送り付け、『もしかしてその友達の声ってこんな感じじゃないですか?』と質問したところ、返答もないまま、その女子大生のアカウントは削除されてしまった。
何も説明しないまま消えてしまうというのは、一番の悪手である。
事実だと認めたようなもの――と、悪意の塊のようなネットのクソ共が捉えてしまうからだ。
「実際は、お前らが気持ち悪いから消しただけかもしれないだろ……自分らの都合が良いように解釈しやがって……」
こいつらは、人を馬鹿にして、人の不幸をおもちゃにして楽しむことしか考えていないのだ。面と向かっては何も出来やしない雑魚のくせに、自分の身を隠してイキり倒して――まぁ、一人、例外のような悪魔もいるけど。
華乃は、僕の絶望顔を直接見たいがためだけに、夜中に外出してまで僕のバイトが終わるのを待ち伏せていたのだ。どうしてもファーストリアクションをその目で拝みたいから、ネット上で騒動を知られる前にと、大至急、自分の口でそれを伝えに来たわけだ。
本当に、クソばかり。敵ばかりの世の中だ。
でも、そんな世界で、美夜だけが僕を理解し、僕を救ってくれた。
だから今度は、この世界でただ一人君を理解出来る僕こそが、君に手を差し伸べる番なんじゃないだろうか。
「そうだ、今こそが美夜に恩を返す時じゃないか!」
僕は、美夜活専用のツイッターアカウントを開き、そこに思いの丈を綴る。
今まで美夜が僕達のためにしてきてくれたこと、美夜の人柄、そんな美夜が僕達を裏切るわけなんてないということ、他の誰が何と言おうが僕だけは君を信じ続けるということ――それらを一気に書き出した。
届け、僕の思い。
当然、美夜はトップ飼い主候補の僕のアカウントのことも認知してくれている。
今、彼女のアカウントには、アンチや野次馬連中から下らないメッセージが届きまくっているだろうし、直接メッセージを送っても埋もれてしまうかもしれない。
何よりも、美夜だけでなく、他の飼い主候補たちにも伝えなければならない。こんなことで動揺しているような奴に、飼い主候補の資格はない。僕達は美夜を信じて、今晩ももうすぐ始まる、彼女の楽しい配信を待っていればいい。
きっと美夜は開口一番、
『お騒がしてごめんみゃー。みゃんだっけ、みゃーに、顔の良いアホ彼氏、みゃっけ……いるわけないみゃー! どこ行ったら見つかるみゃー、そんなオス! 引きこもりでも、つがい相手が見つかる方法なんてあるなら、さっさと教えろみゃー!』
とキレ散らかして、僕らを笑わせてくれることだろう。
そう、そうなのだ。
あの闇ノ宮美夜に……あんな可愛いのに引きこもりで一人で読書したり小説書いたりするのが好きで男友達すら出来たことないような美夜に……彼氏なんているわけないだろうが!!
きっと美夜は、僕の想いに応えてくれる。
投稿済みの自分の書き込み――それはもはや美夜へのLove lettar――を眺めながら、改めて彼女を信じ続けると決意した――その時。
「純! いるんでしょ、純! おしゃべりイラストでシコってる場合じゃないよ! 火事だよ! 早く出てきて! どうせ15秒で終わるんだから焦らしたりしないで早く射して早く出てきて!」
「…………」
叫び声とともに、部屋のドアが激しくノックされる。猛烈に嫌な予感がしながらも、この部屋に鍵なんてものが付いていない以上、何も出来ることはない。
案の定、ドアが開き。案の定、一番会いたくない人間が入ってくる。
「あはっ♪ 終わったー? 何かシコシコ焦らしとかしてると、早漏のくせに膣ではイケなくなったりとかするらしいよー? 絵でシコったりすんのも同じね。あ、でも純には要らない心配なのかなー。うぷぷっ!」
「何なんだよ、昨日の今日で……」
隣の家のギャル、保科華乃。
無遠慮に近寄ってきて、僕の後ろから肩に顎を乗せてくる。僕の前のパソコンを覗き込むような形だ。
その服装は部屋着丸出しで、へそ出しのキャミソールにショートパンツ、そして完全なる素足。もはや人の家だとも思っていないような態度。
「ふっ……う、うぷぷぷぷぷっ――うぷぷっ! 何このツイートー! あはっ! さっすが純! いつだって、わたしの期待を裏切らない! こんなことのためにツイッターに課金してるとこも大ちゅき! 濡れちゃった……♪」
「うるさいな。どうでもいいよ、君なんかにどう思われたって。これが、僕の彼女に対する想いなんだ。うん、そうだ。もうすぐ大事な配信が始まる時間だからさ、悪いけどさっさと帰ってくれ」
「えー? なに言ってんの? 配信? うぷぷっ! そんなの始まるわけないじゃーん」
「はぁ?」
こいつ、何を言って……
「あはっ♪ よかったー、間に合って。この瞬間だけは絶対見逃したくなかったからね、わたしも昨日から、この闇ノ宮美夜とかゆーキモオタシコシコ専用キャラのアカウントをずっと見張ってたんだー」
「……は? え……?」
心底愉快そうな華乃の声。ワクワクで上擦るようなその響き。
僕の絶望顔が好きで好きで堪らない悪魔が、これから起こるであろうその瞬間を舌なめずりして待ち構えている。
そうだ、こいつがこんな夜にわざわざ、僕の前に現れたっていうことは……!
――まさか……まさか……!
「ねぇ、純ー、褒めて褒めてー♪ ちゃーんと計画通り、あんたより先に闇ノ宮美夜の最期のツイートに気づいて、ここまで駆けつけてきたんだぞ? だっ、だって! 大事なことはちゃんと、わたしの口からあんたに伝えたいから……っ!」
「や、やめ、ろ……っ、信じない……僕は、そんなこと、信じ――」
「あんたの大好きなVTuber、彼氏バレしたから引退するってさ♪ うぷぷっ! 絵の引退ってなに? あはっ、あはっ、あはっ♪ あはっーー♪」
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