第4話 ネグレクトされているが天国です

 今日の仕事を終えて(式神にやらせたが)、アンリエッサは与えられている自室に帰った。

 アンリエッサの部屋は屋敷の端にあり、彼女が押し込まれる以前は物置として使われていた。

 しかし、部屋の中は意外と綺麗にしており、机とベッド、本棚が置かれている。


 そして……部屋の中央にはメイド服を着た美麗な女性が立っており、アンリエッサに向かって丁寧に頭を下げてきた。


「お帰りなさいませ、主様」


「ただいま、銀嶺ぎんれい


「今日もお仕事、ご苦労様です。何事もなかったでしょうか?」


 白銀色の髪を伸ばしたメイドが首を傾げて訊ねてくる。

 彼女の名前は『銀嶺』。前世からの付き合いの従者……つまりは式神だった。


 呪術師が使役している式神には二種類ある。

 一つは先ほどアンリエッサがやっていたように、紙や木札、人形などを触媒として生み出した即席の式神。

 もう一つは、妖怪や鬼神を調伏して使役したものである。

 銀嶺は後者にあたり、前世でアンリエッサが倒して手下にした妖怪だった。

 元々は東日本を騒がせた、それなりに有名な鬼だったりするのだが……今となっては、格好の通りただのメイドになっている。


「部屋の掃除は済ませておきました。それと夕食ですが、先ほど森で丸々と太った大鼠を捕まえたのでそれをレアステーキにして……」


「ああ、もう食べたから良いわよ」


「……また食堂から盗んできたのですか? 私が用意いたしますのに」


「…………あはは、それはまた今度ね」


 銀嶺が整った顔に残念そうな表情を浮かべるが……アンリエッサとしては苦々しいばかりである。

 銀嶺は掃除・洗濯・戦闘・諜報、あらゆることをこなす有能なメイドではあったが……何故か料理だけは苦手だった。

 元々が鬼神だけに味覚が人間とは異なるのだろうか……やたらと血生臭くて、濃い味の食事を出してくる。

 彼女に炊事をさせないためにも、アンリエッサは毎日のように別の式神をキッチンにやって食べ物を盗み出していた。


「良いじゃない。私を馬鹿にしている連中からご飯を奪ってやるの……結構、楽しいのよ?」


「……趣味が悪いです。主様」


「フフフ……自分を蔑んでいる連中に陰で仕返しするの、私の数少ない趣味だからね……前世では無能者扱いなんてされたことがなかったから、いまだに新鮮だわ」


 前世において、アンリエッサは家族からも他の呪術師からも悪魔のように恐れられていた。

 今回の人生では魔力がないことで誰からも馬鹿にされており、そんな者達をからかって遊ぶという悪趣味な行為を日々楽しんでいるのだ。


「お姉様ってば、パンツ丸出しにして転んじゃって……フフフフ、声を出して笑わないように堪えるのが大変だったわ」


「…………日々、楽しそうで何よりでございます」


「ええ……とても楽しいわ」


 アンリエッサが艶然と笑いながらベッドに座り、持っていた本を銀嶺に差し出した。

 銀嶺は本を受け取り、本棚に戻す。

 本棚にはたくさんの本が詰まっているが……これはいずれも屋敷の主人の書斎から拝借してきたものである。

 どうせ格好をつけて本棚に入れているだけで読みもしないのだから、アンリエッサが有効活用をしていた。


「……本当に、嘘みたいに楽しいわ。自分を怖がっている人間がいない世界がこんなにも心地良いだなんて思わなかった」


「…………」


「日本に生きていた頃みたいに、毎日のように自分を殺そうとする呪術師や妖怪と戦って、挙句の果てに両親に裏切られて殺されたりしないだけ楽園みたいよね。この世界もあの家族も私は大好きよ」


「……それはようございました。主様」


 銀嶺が痛ましそうに目を伏せる。

 一方で、アンリエッサはクスクスと笑った。

 魔力無しの無能者として扱われているアンリエッサであったが……意外なことに、そんな扱いは彼女にとって理想的な生活だったりする。

『呪いの女王』、『禁忌の呪術師』と呼ばれて命を狙われていた頃よりもずっと良い。

 心の底からそんなふうに思って、日々の生活を謳歌しているのであった。






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