呪いの女王ですが家族に殺されたら最高の婚約者ができました。
レオナールD
プロローグ 呪いの女王ですが何か?
ヴァイサマー王国には十三人の王子がいる。
王家は男子にのみ家督相続が認められるため、女子には王位継承権が与えられない。
中央集権で王家の権力がとても強く、国王となればあらゆる願いが叶えられる。それこそ、酒池肉林だって思うがまま。
十三人の王子達はほとんどが次期国王になることを目指しており、そのために手段を選ばず暗躍をしていた。
時には暗殺まで行われることもあり……王子の数が多いほどに凄惨で血生臭い継承争いが行われる。
その日、その夜にもまた、玉座の主を巡って血が流れようとしていた。
『…………』
深夜。とある辺境にある小さな屋敷。
それほど高くもない石の塀を乗り越えて、複数の影が音もなく庭に降り立つ。
影が素早く周囲を見回すが……見張りや番犬の気配はない。
『随分と手薄だな。末席とはいえ、王子が暮らしている屋敷とは思えぬほどだ』
『門にも警備の人間はいなかった。わざわざ塀を乗り越える必要があったのかすら疑問だな』
影のような黒衣を着た男達が、声を発することなくハンドサインと目配せだけで複雑な会話をする。
そうしているうちにも、呼吸音や衣擦れの音すら漏らすことはない、完璧な静寂を纏っていた。
彼らは暗殺者だった。それも『超』が付くほど熟練の。
隠密暗殺集団……『
まっとうに生きている人間ならば生涯、その名を聞くことはない。
しかし、裏社会においては誰もが震えあがるほどのビッグネーム。
彼らに狙われた人間は例外なく無惨な死を遂げ、生まれてきたことを呪うとまで言われていた。
今晩、彼らに狙われている哀れな標的は、ヴァイサマー王国が第十三王子ウィルフレッド・ヴァイサマー。
王位継承権を有した王子の一人であったが……序列は末席。
すでに鬼籍に入っている母親の身分も低いため、王になることはまずないだろうと思われている。
黒衣の暗殺者達が庭を進んで、母屋の建物に向かっていく。
王族の屋敷としてはあまりに小振りな建物だったが、それでも二階建てで十以上の部屋がある。
どれが王子の寝室かはわからないが……経験上、屋敷の主人が寝泊まりする部屋は予想がついた。
目的の部屋に目星をつけつつ……屋敷の内部に入るための侵入路を探す。
『相手は十二歳の少年か……哀れなものだな。王族に生まれなければ、もう少し長生きできたものを』
同情するようにハンドサインを仲間に送る暗殺者であったが……頭巾に隠れているのは愉快で堪らないといった笑顔である。
暗殺者は明らかに喜んでいた。未来ある少年を残虐に殺すことができることに。
プロの殺し屋は仕事以外で人を殺さない。『鋼牙』もまた同じである。
依頼無しでの殺人は御法度とされているため、殺しに快楽を見出す者達は日頃からフラストレーションを抱えていた。
依頼を受けて……晴れて、年若い少年を殺めることができることが愉快でしょうがないのだろう。
『さあ、どんな殺し方をしてやろうか……一思いに殺すなという最高の条件を依頼人が付けてくれた。たっぷりと痛めつけて、可愛がってから殺してやる……!』
『油断をするな、同志よ』
興奮している様子の男を仲間が諫める。
『すでに何人かの殺し屋がこの屋敷に送り込まれ、消息を絶っている。一見して小さな屋敷で警備も手薄に見えるが……もしかすると、腕利きの護衛がいるのかもしれない』
『腕利きね……我々を愉しませることができるほどの騎士や傭兵がいるのなら、是非ともお相手願いたいものだな』
傲慢に笑う暗殺者であったが……鍵が開いている窓を見つけた。
不用心なことである。窓を開ける前に中を覗き込んでみるが、そこに人の姿はない。
『ここから入るぞ』
暗殺者の一人がゆっくりと窓を開く。
ギシギシと錆びついた音が鳴るが……屋敷の人間が起きてくるほどの音量ではない。
『よし……私から入る。後に続け』
暗殺者の一人が身を乗り出して、窓の内部に身体を躍らせて……。
「「「ッ……!?」」」
次の瞬間、屋敷の中に侵入した暗殺者の上半身が消失する。
ブチャリと水音が鳴って、まるで巨大な怪物に喰いちぎられたかのように上半身が消えてなくなってしまった。
残った下半身が床に落ちて、真っ赤な血だまりが広がっていく。
『馬鹿な……!』
『いったい、何が……!?』
他の暗殺者達が動揺して、すぐさま窓から離れようとする。
しかし、次の瞬間……別の暗殺者の首から上が消えてなくなった。
続いて、ゴリゴリというヤスリで金属を削るような音を立てながら、首無しの暗殺者の身体が上から徐々に見えなくなっていく。
『敵か……!』
『誰が攻撃している!? どこから……!?』
「へえ……驚きましたね。この状況でも悲鳴一つ上げないのですね」
「「「…………!」」」
第三者の声が暗殺者達にかけられる。
弾かれたように声の方向に目を向けると……そこには庭に立っている年若い女性の姿があった。
水色のネグリジェの上に白のカーディガンを着た女性である。黒髪黒目、この国では珍しい容貌だった。
年齢は十五歳前後。まだ少女といって良いほど若いのだが、明らかな不審者である黒衣の暗殺者を前にしながら酷く落ち着いている。
「……何者だ。お前が仲間を殺ったのか?」
黒衣の暗殺者が初めて、口を開いた。
低い声で問われて……少女が肩をすくめる。
「これから死ぬ方々に説明するメリットがありますか?」
「「「…………!」」」
その回答を受けて、黒衣の暗殺者が地面を蹴った。
一斉に少女に飛びかかり……いつの間にか手にしていたナイフを突き立てようとする。
目にも止まらないような早業。
常人であれば、身じろぎする暇もなく刺されていたに違いない。
「フフッ……」
しかし……少女が笑う。聞き分けのない子供を見るような呆れた顔。
「ガハッ……」
「グッ……」
「ギャ……」
少女を引き裂こうとした黒衣の暗殺者……彼らの身体がバラバラに引き裂かれる。
腕、脚、頭部、胸、腰……パーツごとに分解された暗殺者の死骸が庭に落ちて、大量の血液を撒き散らす。
まるで家畜の屠殺場のような有り様である。
裏社会において最悪とも謳われる隠密・暗殺集団……『鋼牙』、彼らが一人を除いて、わずかな間に殺されてしまった。
「ひ……ヒイイイイイイイイイイイイイッ!?」
生き残った暗殺者が叫ぶ。
最後尾にいた一人、彼の目には無惨に成り果てた仲間の死骸が映っている。
「な、何でだよ……どうして、俺達が……!」
暗殺者が腰をぬかす。
自分達は殺す側の人間のはず。十二歳の王子を痛めつけ、苦しめてから殺す……それだけの仕事だったはず。
それなのに……いつの間にか、殺す側と殺される側が逆転していた。
「あまり騒がないでいただけますか? いくら結界を張っているとはいえ、もう夜も遅いですから」
ネグリジェの少女が平坦な口調で言う。
目の前にいくつもの死体が転がっているというのに、少しも動揺した様子はなかった。
「な、何なんだよ……お前、いったい何者だよ……」
むしろ、動揺しているのは暗殺者の男の方である。
男はガタガタと震えながら、目の前の少女を……その背後にいる『それ』の姿を見上げた。
「その化物……いったい、何なんだよお……!」
男の目には見えていた。
少女の背後。そこには体長二メートルを超える大きさのカマキリがいた。
どこからか急に現れたカマキリの怪物は、少女に飛びかかった暗殺者に両腕の鎌を振り下ろし、容赦なく彼らを殺害した。
カマキリの姿が見えているのは、生き残った一人だけだった。
「ああ……見えているんですね。この子のことが」
少女が背後にいるカマキリの腹を軽く撫でる。
まるで友人にするような気安い態度で触れられながら、カマキリは気にした様子もなくギョロギョロと眼球を上下左右に動かしていた。
「たまにいるんですよ……死の間際に『呪い』が見える人が」
「呪い……」
「ええ。呪いから生み出された使い魔である『式神』。この子の場合は『巫蟲』というんですけど……まあ、それはどうでも良いですね。どうせすぐにお別れすることになるでしょうから」
「ッ……!」
暗殺者が立ち上がり、素早くその場から離れようとする。
目の前の少女は得体が知れない。関わってはいけない……そんな危険な空気を放っていた。
依頼は不達成になってしまうが……そんなことよりも、怪物を使役している少女が恐ろしくて仕方がなかった。
「あら、逃げられませんよ?」
「グウッ……!?」
しかし、男はすぐに足を止めることになった。
後ろから何者かによって羽交い絞めにされ、地面から両足が浮き上がる。
どうにか振りほどこうと力を籠めるが……ビクともしない。
「と、トカゲだって……!」
男は辛うじて動く首を巡らせ、背後に視線をやる。
両腕で暗殺者を羽交い絞めにしていたのは……二本足で立つ巨大なトカゲだった。
『キシャア』
不快な鳴き声を漏らして、トカゲが大きく口を開いた。
自分がたどることになる未来を予期してしまい……暗殺者の男が慌てて叫ぶ。
「ま、待て! 待ってくれ!」
「あら、何ですの?」
「殺さないでくれ……全て、依頼人について話すから……!」
ジタバタと必死に両手両足でもがきながら、男が命乞いをする。
「俺を殺したら誰が依頼したのかわからないぞ!? もう王子は狙わない。だから命だけは……」
「ああ、時間の無駄でしたね」
『キシャッ』
トカゲが暗殺者の肩から上をバクリと喰いちぎり、モシャモシャと咀嚼する。続いて、胸部と両腕、腰、足まで順番に呑み込んでいく。
そんな凄惨な最期を見届けると、少女はつまらなそうに首を振った。
「ウィル様の命を狙った人間を私が許すわけないじゃありませんか……本当に、時間の無駄ですこと。ゴミならゴミらしく静かに消えてくれたら良いものを」
少女が手を合わせると、パリンとガラスの割れるような音がした。
暗殺者達は気がついていなかったが……彼らは少女が構築した結界に囚われていた。
仮にトカゲに捕まっていなかったとしても、逃げることはできなかっただろ。
「朝までに片付けておいてくださいな。ウィル様の目に入らないよう、血の一滴すら残さずに」
『キシャア』
トカゲが『任せろ!』と言わんばかりに胸を叩き、地面に散らばっている死体を次々と喰らっていく。
カマキリが屋敷の屋根に上り、警備の任務に戻っていった。
第十三王子ウィルフレッド・ヴァイサマー。
王位継承権の末席にあたり、いつ殺されてもおかしくはないか弱い王子であったが……彼は今日も生き残った。
ウィルフレッドの命を狙う者達はまだ知らない。
年若き王子の傍に、恐るべき怪物が潜んでいることを。
かつて『呪いの女王』とまで呼ばれた彼女の存在を他の王子達が知り、震撼するのはほんの少しだけ先のことなのである。
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