15.二ヶ月経過

 入院して2ヶ月が経ってみると、自分の症状がどうのこうのよりも病棟内の環境が壁になることが多くなった。

 急性期の患者を受け入れる病棟の性質上、最悪の容態で入ってくる患者さんが多く、慣れたと思ったらまた新たな刺客がやってくる。

 その度に『易刺激性センサー』が反応し、頓服の抗不安薬を飲む要因は大抵が他の患者さんの言動だった。


 それを気にして担当看護師さんの女神と先生が、病棟の移動を提案してくれた。

 ある程度症状の落ち着いた患者さんが入る病棟で、ここよりもずっと静かで過ごしやすい。

 何より、『閉鎖』病棟ではなくなるので、時間帯は限られるが自由に外に出られるのだそうだ。


「でも、」

と女神が説明してくれた懸念点が2つ。


 第一に、ここよりも年齢層がグッと上がり、患者さんは主に高齢者の方々になるので、

「今みたいに気の合う同年代の患者さんはあんまりいなくなっちゃいそう」

とのこと。

 これは正直、どうでもいい。

 そもそもあんまり群れるの得意じゃないし。


 第二に、ICU、つまり集中治療室ではなくなるから、

「ここよりも看護師さんが少なくなるから、言ってしまえば少し手薄になっちゃうんだよねぇ……」

 ——ICU? え、ここ……ICU??


 言われてみれば、ここは24時間体制で看護師や医師(担当医じゃなくても誰かしらは常駐していた)に見守られながら『集中』的に『治療』されている。

 調べてみると「生命の危機に瀕した重症患者が入る」と出てきた。

 まぁ、そっか、生命の危機に瀕していたというか、向かっていったというか、、


 医療ドラマのイメージから、ICUに入る患者は身動き一つ取れないような重体で、ガラス張りの病床の向こうで親族も近づけずに不安がいっぱい、みたいな感じだと思っていた。

 少なくとも、毎朝4時に起きて筋トレしたり、アフタヌーンティーで読書したりする人間とは全く結びつかない。

 でも確かに、私は『重篤』なのか。

 “重篤な精神疾患患者” って……怖い響き。そりゃ24時間監視してなきゃな。


 だが、女神が説明してくれた懸念点よりも遥かに重大な問題があった。


「やっと信頼して話せる看護師さんが何人かできてきたので、また新しいところで一からっていう心労を考えると……ここで我慢する方が良さそうな気がして……。もうちょっとここで頑張ってみます」


 ということで、病棟移動は無しになった。

 それこそ女神に頼れなくなるのはかなり不安だ。


「そっか! 先生にはそう言っておくね。でも開放病棟の見学はいつでもできるから言ってね」


 女神は笑顔でそう言って病室から出ていった。

 意図せず、女神に信頼を置いていることを伝えられたのが嬉しかった。


 しかし、2ヶ月越しに分かった新事実。

 私は患者の友人たちに「ここICUなんだって!」と言い回ったが、

「うん、そうだよ、知らなかったの?」

 と薄いリアクションをされ、なんだか悲しくなった。

 さっきまで私が病棟移動してバイバイするかもってなってたんだぞ。


 広々としたホールの窓を見やると、師走を迎えて急に降り積もった雪の溶け残りが目に入った。

 やっぱりここがICUとは思えないほど綺麗な夕焼け。


 ここに来て2ヶ月。

 常に暖かい病棟内にいるせいもあるのか、冬を迎えた実感は全くない。

 なんなら、私の耳の奥では、あの時、帰り道に橋を渡りながら「ここから飛び降りれば楽になれるかなぁ」とぼんやり考えながら歩いていた時の私に容赦なく降り注ぐ蝉の声が聞こえる。

 でも目の前には雪があるから、それだけ時間も進んでいるのだろう。

 私はまだ、夏から抜け出せていないのに。


 そんなボカロの曲、あったなあ。

 ていうか、エヴァがまさに終わらない夏じゃん。

 ちょっとだけ厨二心がくすぐられた。


 

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