第二章 ~『味方になったゴールデリア公爵家と魔女』~


 クロイツェンが目を覚ましてから数日が経過した。体調が戻った彼は以前のように溌剌とした姿を取り戻し、客室で大好物のシフォンケーキを堪能していた。


「やはり健康が第一ですな」

「元気なパパが一番ですわ」


 エリーシャがクロイツェンのカップに紅茶を注ぐ。茶葉の甘い匂いが客室に広がり、それに釣られて、メアリーも笑顔になった。


「クロイツェン様に後遺症が残らなくて安心しました」

「こうして娘のケーキが食べられるのもメアリー嬢のおかげ。このご恩は忘れません」


 九死に一生を救われたおかげで、クロイツェンはますますメアリーに好意的になっていた。それは娘のエリーシャも同じで、彼女も恭しく頭を下げる。


「私もパパを救ってくれた恩を一生忘れませんわ」

「気にしないでください。私が助けたくてしたことですから……」

「そうはいきませんわ。私にできる恩返しを……そうですわ! 婚約破棄のお詫びに素敵な縁談をプレゼント致しますわ!」


 ふと思いついたように声をあげるエリーシャ。娘の言葉の意図をクロイツェンも察したのか、部下の使用人たちに指示を送る。


 主人の命令で運ばれてきたのは手帳サイズの姿絵だった。


 描かれた男性は優雅で端正な顔立ちをしており、瞳は澄んでいるかのように輝いている。微笑みを浮かべる表情からは自信と魅力が滲み出ていた。


「この男性は……」

「私の息子です。顔は見ての通り整っていますし、人当たりも良い。きっとメアリー嬢となら幸せな家庭を築けることでしょう」

「私がこの人と婚約ですか……」


 容姿が優れているのは間違いない。だがメアリーは異性に外見よりも内面を求めるタイプだ。初対面の相手と婚約はできないと断りを切り出そうとした時、彼女よりも先にカインが動いた。


「駄目だよ」

「カイン様……」

「この婚約は受けちゃ駄目だ!」


 カインは口元に緊張を浮かべ、眉間には薄い皺を寄せている。語気も穏やかではなく、瞳には不安が宿っていた。


「カイン様はクロイツェン様の御子息をご存知なのですか?」

「いや、そういうわけでは……」

「ならどうして……」

「彼が駄目だと言いたい訳じゃないんだ。ただ僕は……もう君を他の誰かに取られたくない。ただそれだけさ」

「カイン様……」


 隠しきれない好意に場の空気に変化が生じる。メアリーは姿絵をクロイツェンに返すと、首を横に振った。


「申し訳ございませんが、幼馴染が反対していますので……」

「もしかしたら私たちは野暮なことをしてしまったのかもしれませんね」


 縁談を断られても、クロイツェンに気にした様子はない。彼の瞳は穏やかなままだった。


「今の私たちにできる恩返しはないようですね……ですが、ゴールデリア公爵家は恩を忘れません。メアリー嬢が困った時はいつでもご相談ください。何を置いても駆けつけますので」


 災い転じて福となす。ウィルス騒動の果てにメアリーは頼り甲斐のある味方を手に入れたのだった。


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