第25話 令嬢が来る・2


 翌朝、朝餉の時刻。

 箸をつつきながら、マサヒデはクレールの事を思い出す。


「今日クレールさんが来るとのことでしたが」


「ええ」


「いつ頃って手紙には書いてませんでしたね」


「あ、そうでした。来るってだけでしたね」


「また、先日の三浦酒天の時みたいに、ぷんぷんしてなければ良いのですが」


「うふふ。またマサヒデ様がなだめてあげれば良いではありませんか。

 それも夫の務めではありませんか?」


「怒ってたら、どうなだめたものか・・・

 ううむ、マツさん、何か良い案はありませんか?」


「さあ? 私にはさっぱり」


「カオルさん、助けて下さいよ」


「さて・・・どうでしょうか?」


 マツもカオルも、小さく笑って顔も合わせない。

 これは考えがあっても教えてくれないつもりだ・・・

 にやにやとシズクが笑う。


「ふふーん。皆、何も浮かばないみたいだな? 私はあるぞ」


「シズクさん!」


 ば! と、マサヒデが子鹿のような目をシズクに向ける。


「まずは、私の時みたいにギルドの案内するだろ?

 終わったら、ちょいと訓練でもしてもいいかもね。

 で、本番は食事時だよ」


「食事時・・・というと、食堂ですか?

 しかし、ギルドの食堂で、満足してもらえるでしょうか」


「するね」


 は! あれか!?


「そうか! ジャンボ肉ですね!?」


「その通り!」


「うむ・・・あれなら満足してもらえるかも・・・」


「どう? 良くない? レイシクランの人なら食べ切れるかもよ」


「しかし、あの大きさ5枚・・・クレールさんでもいけますかね?」


「食べきれなくてもいいのさ。レイシクランの人が腹一杯なんて、そうそうないだろ? 超高いもんばっかり食ってるんだから、材料だって、いつも一杯揃ってるわけじゃないでしょ? 腹一杯なんて、滅多にないんじゃない?」


「ううむ、なるほど・・・良い案ですね。

 よし、今から食堂に行って、あのジャンボ肉があるか確認してきましょう。

 なければ、別の案を考えます」


「ふふーん」


 マサヒデは急いで飯をかきこみ、さっと立ち上がった。


「よし。では確認に行ってきます。すぐ戻ります」


「行ってらっしゃいませ」


「あると良いですね」



----------



 運が良かった!

 2日前にジャンボ肉の肉が届いており、冷凍されているとのこと。

 マサヒデは食堂の係に「また挑戦者を連れてきます」と伝えて帰ってきた。


「良かった! ジャンボ肉の材料、2日前に届いたばかりですって!」


「やったじゃないか! クレール様もきっと喜ぶよ!」


「よし、これで拗ねてても大丈夫ですね」


 す、とカオルが茶を差し出す。


「ふふ、それでもまだお怒りのようでしたら、馬達をお見せに行っては?」


「あ! カオルさん! やっぱり考えがあったんですね!?」


「いえ。先程思い付いたばかりで」


 にやにやと笑うカオル。


「・・・そうですか」


 マツもにやにやしている。


「カオルさん、良い考えですね。そうだ、ギルドからここに帰らず『こっそり2人だけでお出掛けでも』とお誘いになられては?」


「マツさんまで! 酷いですよ、さっき教えてくれれば!」


「今のカオルさんのお話を聞いて、思い付いたばかりですよ?」


「むう・・・お二人共、やりますね・・・」


 ふふふ、とマツとカオルが含み笑い。

 シズクだけがにこにこしている。

 マサヒデは、ふうー、と息をつき、


「今日は、クレールさんが来るまで、私はここで待ってますね。

 マツさんは仕事ですから、ここにいますよね」


「ええ」


「シズクさんは?」


「うーん・・・クレール様、最初、失敗しちゃったからなあ・・・

 ちっちゃいとか言っちゃってさ、あれは失敗したなあ・・・嫌われてるよね」


「早めに来たら、クレールさんと一緒に稽古でもしましょう。

 そういう時は、一緒に身体を動かせば良いんですよ。

 ま、腕を認めてもらうって感じです」


「おお! なるほどね! 腕を認めてもらうか!」


「シズクさんなら、きっと認めてもらえますよ」


「うん! じゃあ、私も待ってようかな!」


「カオルさんはどうします?」


「私もこちらにおります。昨日買った物で火薬も作りたいですし、調薬も少ししておきたいと」


 シズクがカオルに胡乱な目を向ける。


「火薬ぅ? 火薬ってことは、私に火を着けたあれ?」


「ふふ。それもあります。ま、他にも火薬は色々とありまして」


「なあ、ちょっと待って。カオルってさ、いつも火薬持ち歩いてるんだよね?」


「ええ」


「あのさ、それって予備もあるんだよね?」


「もちろんです」


 シズクが不安気な顔になる。


「それってさ・・・この家に、火薬が一杯置いてあるってこと?」


「ふふ。ご明察。まあ、一杯と言っても、私が使う分だけですから」


「・・・明かりに火をつけようとしたら・・・なんてこと、ないよな?」


「たとえ火事でこの家ごと燃えるようになっても、爆発などしませんよ。

 安全な所に保管してあります。大丈夫です」


「火事になっても大丈夫? 一体どこにあるのさ? 地面に埋めてあるとか?」


「ふふふ。それは秘密です」


 にやり、とカオルが黒い笑顔を浮かべる。


「カオル、ちょっと、冗談抜きで怖いよ・・・?」


「ははは! シズクさん、そんな心配はありませんよ!

 カオルさんが大丈夫だって言ってるんですから、大丈夫ですよ」


「うーん、まあ、そうだよね。カオルもここに寝泊まりしてるんだし」


「そういうことです」


 ふふ、と笑って、カオルは2人の湯呑に茶を足して、立ち上がった。


「では、ご主人様。私は部屋におります。御用がありましたらお呼び下さい」


「マサヒデ様、私も失礼しますね」


「はい」


 す、とカオルは歩いて部屋に行った。マツも執務室に入る。

 2人が奥に行った所で、くい、とシズクが顔を向ける。


「ところで、マサちゃん。ちょっと質問」


「なんです?」


「なんでカオルは部屋があるのに、私の部屋はないの?」


「ははは! いつもここで寝てるから、ここで良いじゃないですか」


「ひどい! いつも台所まで行って着替えてるんだよ!」


「私だって奥に行って着替えてますよ」


「服だって、荷物袋に入ったままだよ!?」


「出しやすくて良いじゃないですか」


「むむむ・・・これじゃあ恥じらいなんて身に付かないよ・・・」


 不満そうだ。少しおだてておこう。

 マサヒデは真面目な顔になる。


「シズクさんには、絶対にここにいてもらいたいんですよ」


「なんでさ」


「シズクさんは、私より勘が鋭いですからね。

 昨晩も、レイシクランの忍をしっかり捕らえていたでしょう。

 私がここにいるよりも、シズクさんがいた方が、心強いんですよ」


「む・・・さすがマサちゃん、考えてるんだな・・・」


 こくり、とマサヒデは頷く。


「あなたが、この家の守護ってことです」


「守護か! でも、勘ならカオルだって鋭いじゃないか。私といい勝負するし」


「ははは! シズクさん、そこ、縁側ですよ。

 カオルさんにここで火薬を作ったり、毒を作ってもらうんですか?

 風で舞ったりしたらどうするんです」


「う、そうか。確かにそれは怖いね・・・」


「だから、カオルさんにはどうしても部屋が必要なんですよ」


「なるほどな。カオルは仕方ないか」


「そういうことです。念の為に聞きますけど、クレールさんが空き部屋に入っても、文句言いませんよね?」


「言えるわけないじゃん!」


「ですよね! ははは!」


 シズクがごろん、と仰向けになる。


「・・・でも、ただ待ってるってのも暇だねー。

 素振りでもしてる所に来て、汗だくでお出迎え、なんて失礼だしねー」


「じゃあ、シズクさんに少し教えて欲しい事があります。今日は私が生徒です」


 がば! とシズクが身体を起こす。


「何々! 何でも聞いてよ!」

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