第23話 カオルとお出掛け・4
「カオルさん、炭はいかほど?」
「2斤半か・・・うん、3斤ですか」
「結構買いますね」
「炭は台所でも使いますので、多めに。マサヒデ様が持ってくれますよね?」
「ええ」
「じゃあ、もっと沢山買ってしまいしょうか」
「重さはともかく、さすがに炭が3斤となると、かさばってしまいますよ」
「じゃあ2斤半にしましょう」
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ブリ=サンク。クレールの部屋。
「・・・マサヒデ様はいつまで待たせるのかしら・・・」
ふう、とため息をつくクレール。
もう引っ越しの準備は済んだ。役所に届け出も済ませてある。
遠く、窓から見える町。いつでも、あの世界に飛び込める。
三浦酒天に行った時は参った。
今までは、完全に別の世界だった、庶民の生活。
しかし、三浦酒天に行った事で、ぐっと近くなった気がする。
近いし、食事はあそこで済ませても良い。
冒険者ギルドでも食事は食べられるそうな。
マサヒデ様の身内であれば、食べ放題、飲み放題。
冒険者は、普段どんな物を食べているのだろう?
訓練場も使い放題。魔術の訓練も出来る。
仕事の合間に、マツ様やラディさんに訓練してもらいたい・・・
町を眺めながら、色々と思いを巡らせていると、す、と後ろに立つ気配。
「どうしたの?」
「先程、町でマサヒデ様が、カオル殿とお出かけの所を見かけまして」
「それが何か?」
「カオル殿は、姿こそマツ様に変装しておられますが、まるで・・・」
「まるで?」
「まるで、新婚夫婦のようで・・・カオル殿は腕を絡め、ぐいぐいと身体を押し付ける始末。もしやと思い・・・」
「・・・」
「マツ様も新婚の時は、あのようになされていたとか。マツ様に変装していますので、別におかしくはないでしょうが、その・・・万が一も考えられますので、念の為にと」
「そう。まあ、監視などはしなくても構いません」
「は」
影は去っていった。
「・・・」
先日は、シズクと2人で出かけた、と聞いた。
マサヒデ様が、カオルさんと? 私を置いてあの2人が!?
ふん! と眉をしかめる。
(礼儀なんて、もう・・・押しかけちゃっても、いいかな)
す、とクレールは立ち上がり、机に向かった。
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片腕にカオルを絡め、片手に荷物を抱えるマサヒデ。
2人はゆっくり歩いて行く。
(ふふふ、まだ日も高い)
「マサヒデ様、せっかく外に出ましたし、馬達を見に行きませんか?」
「おお、そうでしたね。皆、元気にしているでしょうか。行きましょう」
「はい!」
職人街を歩いて行く。
そこらから「兄ちゃんやるな!」「見せつけてくれるね!」と、声が上がる。
マサヒデは、声が上がるたびに恥ずかしそうに小さく下を向く。
カオルは、声が上がるたびに優越感を感じる。
「途中で、馬達に何か買っていきませんか?
果物が良いかしら。角砂糖が良いかしら。やっぱり人参?」
「甘党だと聞きましたけど、まんじゅうでも良いのでしょうか?」
「うふふ。マサヒデ様ってば。さすがにまんじゅうはどうでしょうか」
「ううむ、荷物が多いから、角砂糖にしますか」
「はい。あそこに雑貨屋さんがあります。買って行きましょう。
マサヒデ様は荷物が大きいですから、私が買ってきますね」
にこにこと笑うカオル。
雑貨屋で角砂糖を買って、懐に入れる。
(くくく・・・ご主人様! これでとどめを刺します!)
「買ってきました! 行きましょう!」
べったり張り付くカオルを連れて、マサヒデは馬屋に向かった。
カオルはにこにこしている。
次の策で、ご主人様にとどめを刺す!
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「おお、トミヤス様。」
「こんにちは。馬達を見に来ました」
「それはそれは・・・? あれ?」
「どうなさいました?」
馬屋が胡乱な目でカオルを見る。
「あなた様は、先程・・・」
(しまった!)
ぴく、と一瞬カオルの動きが止まる。マツがここに来ている!
は! とマサヒデも気付く。マツがここに来ているのだ!
これはまずい!
「ええ。遅れて来られるので、そろそろかと出てきました」
「あ、左様で」
(くっ! 読まれたか・・・さすが奥方様)
あれだけ馬が好きなマツだ。ただ見に来た、というだけも考えられる。が・・・これは十中八九、動きを読まれたと見て間違いない。
つー・・・とカオルの額を汗が垂れる。
既に、馬屋にはこの姿で一緒にいる所を見られてしまっている。冒険者姿になるのもまずい。惜しいが、ここは退散しなければ・・・
(カオルさん!)
(は!)
懐に入れた角砂糖をマサヒデの袖に入れ、カオルは音もなく姿を消した。
馬屋の後ろに付いて厩舎に向かうと、中でマツが黒影の頭を撫でている。
「あれ?」
「あら、マサヒデ様もこちらに?」
「ええ。皆の様子を見に来たんです」
厩舎の入り口に荷物を置いて、中に入るマサヒデ。
黒影の頭を撫でているマツ。
ん? ん? と2人の顔を見る馬屋。
「どうされました?」
「いえ・・・あれ? あれ? 奥方様?」
「はい?」
「さっき外に・・・あれ?」
「私はここで黒影を見ておりましたが」
にやり、とマツが向こうの茂みに顔を向ける。
茂みの中で、カオルはぎり、と歯を噛む・・・
馬屋を無視して、マサヒデは黒嵐に歩いて行く。
「やあ、黒嵐。元気か?」
んん? と首を傾げる馬屋。
「マツさん、皆に甘いものはあげちゃいました?」
「ふふ、マサヒデ様もあげたかったんですね? あげちゃいました」
「用意はしてきましたけど、あまりあげすぎも良くないですよね」
ぽんぽん、と黒嵐の首を叩く。
ぶる、と低く鳴く黒嵐。
「はは、元気だなあ。早くお前に乗りたいよ」
お、と隣の馬房を見ると、ファルコンがいる。
「ファルコンも元気そうですね」
「ええ・・・でも、嫌われてしまって。私が近付くと、怒るんです」
「人の好き嫌いが激しいそうですね」
すたすたとファルコンに近付くと、顔を上げる。明らかに威嚇するように、歯をむいている。
「ははは、これは私も嫌われましたか。アルマダさんには、あれだけべたべたとしていたのに。残念ですね」
馬屋は厩舎から出て、周りを見渡している・・・
マツはちらりとその姿を見て、口の端を上げた。
(ふふふ。カオルさん、あまり調子に乗ることは許しませんよ)
壁に掛かったブラシを取って、マサヒデは黒嵐を梳いてやった。
(く!)
懐に入れた角砂糖。
あれで決めるつもりであったが・・・
「無念・・・」
小さくカオルは声を出し、がっくりと肩を落とした。
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時刻も、そろそろ夕刻に差し掛かる。
馬達とは、十分楽しんだ。
「じゃ、そろそろ行きましょうか」
「そうですね」
「どうも、また見に来てやって下せえ」
ぺこり、と馬屋は頭を下げた。
「もちろんです。ありがとうございました」
マサヒデとマツも小さく頭を下げ、出て行った。
厩舎の入り口に置いてあった荷物を「よっ」と持ち上げる。
「これはまた、随分と・・・」
「これで火薬を作るそうですよ。カオルさんの術に使うやつ」
「こんなにたくさん?」
「材料の混ぜ具合で燃え方も変わるそうで。
色々と燃え方の違う火薬を作るんでしょうね」
「へえ・・・」
不思議そうな顔を向けるマツであったが、実は見ていたから知っている。
カオルの買い物は終わったが、まだ日は高かった。
真っ直ぐに帰ってくるわけがない。必ずこの厩舎に来る!
マツはそう読んでいたのだ。
(ふふふ・・・カオルさん、ここに来ると思っていましたよ)
「では、私はここで。カオルさんを頼みますよ」
にこりと笑顔を向けた後、マサヒデに背を向けて、マツは去って行った。
しばらくして、後ろからマツの姿をしたカオルが歩いてくる。
「奥方様・・・!」
「いやあ、危なかったですね」
女性2人の激しい戦いを知らないマサヒデは、のんびり声を出す。
ここでとどめを刺すつもりだったカオルは、マツが去って行った方に悔しそうに目を向けた。
「・・・」
「さ、行きましょうか。夕餉のおかずでも買っていきましょう。
私は魚・・・うん、海のより川魚が良いなあ。ニジマスとか鮎とか」
「はい・・・行きましょう」
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からからから。
「只今戻りました」
「おかえりなさいませ」
マツが手を付いて頭を下げる。
マサヒデに見えない角度でちら、とカオルに目を向け、にやりと笑う。
(くっ・・・やはり読まれていたのか!)
玄関を閉め、さっとカオルはいつものメイド姿に戻る。
「・・・今晩の夕餉はニジマスの塩焼きに致しましょう。良いものがありました」
「あら、ニジマスですか。うふふ、美味しそうですね」
「ええ。良く脂も乗っております」
2人の視線が激しく交差する・・・
何か空気が変だ、と感じるが、またマツの嫉妬かな? と無視するマサヒデ。
「カオルさん、荷物は部屋の前に置いておけば?」
「はい。お手数おかけ致します。では、私は夕餉の支度に」
(毒でも!)
一瞬、カオルは本気で考えてしまった。
「ニジマスかあ。楽しみですね」
マサヒデはにこにこしながら、土間を上がって行った。
にやにやしながら、カオルを見るマツ。
「うふふ。カオルさん。毒なんて盛りませんよね?」
「奥方様、ご冗談が過ぎます」
「おほほほ!」
「ふ、ふふふ」
カオルの目だけが笑っていない。
きり、と小さく歯を噛んで、カオルは台所に向かった。
マツの目には「してやったり」という笑いが浮かんでいた。
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