第6話 石と弓
「ふむ・・・」
マサヒデは、サクマから聞いた騎馬戦の動きを研究していた。
「相手がここで、このように・・・回る時にこう・・・横にこのように・・・
突っ込んで・・・後ろにこう・・・」
「マサちゃん、さっきから何してるの? ずっと落書きばっかして」
「ああ、サクマさんから、馬で戦う時の動きを教えてもらいましてね」
「ふーん」
「馬はまっすぐ突っ込むだけじゃない、と、良く分かりました。
素晴らしい戦い方です。単純明快ながら、応用もきいて幅広い・・・」
「ふーん・・・?」
「そうです」
「うーん、良く分かんないな」
「シズクさんは、立っているだけで馬より強いですからね」
「ふふーん。馬なんてちょろいもんだよ」
「そうだ。今度、この戦い方を練習する時、シズクさんも付き合ってくれませんか。
動かない的が相手では、練習になりませんし」
「いいよ」
「ありがとうございます」
からからから・・・
「只今戻りました」
「お、カオルさん。おかえりなさい」
マサヒデの前に置かれた、子供の落書きが描かれたような紙に気付く。
「サクマさんの・・・」
「ええ。色々と考えていまして」
カオルも座り込む。
「やはり、もう1頭、馬があった方が良いですね。
後ろに続いて走れば・・・」
すすーと指をカオルが指を動かしていく。
「これが避けられても、後ろが当たる・・・と」
「そうですね・・・うん、やはり、2頭ほしい・・・」
「サクマさん達は、これを4頭で行うのですね・・・すごい連携ですね・・・」
「ええ。やはり、熟練は伊達じゃありませんね。
一撃必殺の攻撃が4連続で、ものすごい速度で突っ込んでくるわけですから」
マサヒデは腕を組み、顎に手を当てる。
「ねえ、そんなにすごいの?」
「すごいです。シズクさんが縦に4人並んで、突っ込んでくる感じですね。
アルマダさんの騎士は、こうやって戦うわけですね」
「私が4人並んで? ふーん・・・」
「初撃が避けられても、2、3、4と続いてくる。
これは避けられませんね・・・」
「しかしご主人様。これは対1の動きになりますね」
「あ、確かに。複数人相手の動きも考えないと・・・
最初の1人を倒せても、2人目に左側を取られては・・・」
「あの速度です。1人目に集中して『やった!』と思ったら、次が目の前に、なんてことも」
「ふむ・・・広い視野が必要ですね・・・
かと言って、周りに目を配りすぎて、集中が散漫してもいけない」
「広く目を配り、この動きを崩さぬよう走り抜け、一人一人、一撃必殺・・・」
「サクマさんは『すぐ身に付けられる』なんて言ってましたが、とてもですね」
「ええ。奥が深いです・・・あ、そうでした。ご主人様、弓はどうしましょう?」
「ああ、そうでしたね。鞍に弓入れと矢筒を着けてもらいましょうか。
短銃でも良いですが、値が張りますし・・・短弓が良いですね。早く引ける。
後で弓を見に行きましょうか」
「また馬を捕まえてきましたら、狩りでもどうでしょう。騎射の練習に良いかと」
「そうですね。良い練習になりそうです」
「ねーえ、狩りなら私も行きたいよー」
え? とマサヒデはシズクの方を向く。
「シズクさんも、弓の練習をするんですか?」
「私は石投げればいいよ。ふふーん、猪も倒せるよ」
「・・・」
マサヒデは呆れてしまったが、カオルは「はっ!」と顔を上げる。
「ご主人様! シズクさんの腰に袋を下げて、石を入れてもらっては!?」
「おお、それは良いですね! そうだ、それで飛び道具や魔術師の対策になる!」
「何々? 2人して・・・」
「シズクさん、これから石を持ってくようにして下さい。皮袋を用意しますから」
「え? え?」
「ほら、弓とか魔術師とか、遠くの相手に、石をぶん投げるんです。
シズクさんなら、一撃で倒せるでしょう?」
「おー! カオル、やるじゃん! 頭いいな!」
「ふふふ。もっと褒めてくれてもいいんですよ?」
「うむ・・・これで、飛び道具相手の手も増えますね。
そうだ、ちょっとシズクさんの石投げ、見せてもらえますか?」
「いいよ」
「よし、行きましょう。カオルさんも行きますか?」
「はい」
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町から出てすぐ。
街道を外れ、少し向こうに木が立っている。
「じゃあ、あの木に向かって、思い切り」
「思い切り? うーん、あんまり思いっきりだと、外しちゃうかも」
「まあ、外してもいいので、思い切りで」
「じゃ、いくよ!」
ぶん! と音がして、目に見えない何かが風を巻き、怖ろしい速さで飛んでいく。
マサヒデとカオルの髪が、ぶわっと巻き上がる。
「よし! これは行ったね!」
ぱあん! ・・・ぱらぱらぱら・・・
軽い爆発音の後、何か小さいものがぱらぱらと落ちる音。
小さな土煙のような物が、薄く木の周りに巻き、さー、と風で流されてゆく。
「当たったよ!」
「・・・」
3人が木に近づくと、木にどんぶりくらいの穴が開いていた。
穴の真ん中に、小さく砕けた石が刺さっている。
当たった衝撃で、石が砕け散ってしまったのだろう・・・
「どんなもんよ! 中々上手いだろ?」
「・・・」
「あはははは! あんな遠くから当てたもんな! びっくりしたかい?」
「ええ・・・驚きました」
距離ではなく、威力に。
マサヒデとカオルの額を、つー、と汗が落ちる。
「・・・シズクさん、これは・・・熊でも倒せるのでは・・・」
「うーん、さすがに熊はなあ・・・頭に当たればって所かな。
熊って太いし、意外と硬いんだ。身体に当てても、逃げちゃうんだよ。
追っかければいいけど、さすがに食べきれないしね。あんまり熊は狩らないな」
「・・・そうですか・・・」
頭にこの石を喰らった熊。
弾け飛ぶ血と肉片が目に浮かぶ・・・
「あ! いいこと思い付いたよ! 馬ならいけるかも! 熊みたいに太くないし!
どうだカオル? 私も頭いいだろ?」
「いけるでしょうね・・・」
「ええ・・・」
シズク1人で、全てなぎ倒していけそうだ。
「シズクさん、相手が馬だったら、これ、お願いしますね」
「任せなよ! ははははは!」
ぐい、と力こぶを作るシズク。
ハンカチを取り出して、冷や汗を拭くカオル。
穴の真ん中に刺さった破片を、そっと指で触るマサヒデ。
ぽろ、と破片のひとつが地に落ちた。
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昼食を食べた後、マサヒデとカオルは職人街に向かった。
弓を探しに来たのだ。
カオルは冒険者姿。
「ふむ」
最初の弓師の店で、弓を手に取って見てみる。
「引いてみても良いですか?」
「ええ。どうぞ」
ぐい。
引きが強い。
慣れない騎射に使う物だから、もう少し弱くても良い。
相手が馬だった時に、適当に馬を狙うだけなのだ。
これで乗り手を狙うのではないから、そこまで強くなくても良い。
次の弓。
ふむ・・・指を放す。
ぴいん・・・
ぐい。中々いい感じだ。
「うん。これにします。あと、矢筒を見せてもらえますか?」
「馬でお使いに?」
「そうです」
「じゃあ、こちらの棚ですかね」
平べったい矢筒。
矢筒というより、矢入れか。
先が平たくなっているのは、おそらく揺れで飛び出さないようにする為。
長さが短めなのは、羽が当たらないようにする為。
けっこう幅が広い。
「これで何本分?」
「半鞍(12本)ですね。ま、詰めりゃあもっと入りますけど。
あまり詰めると矢羽がやられちまいます。なるべく詰めないようにして下せえ」
「この弓だと、矢はどのくらいの長さになりましょうか」
「こんなもんでしょう」
店主が矢を3本出す。
長さが少しづつ違う。
「ふむ」
二尺弱から二尺強くらいか。
どれを使っても同じに見えるが、一応長い方が良いか。
「まだ弓にお慣れでなければ、少し長めの方が良いでしょう。
思い切り引きすぎて、ばちん! ぐさっ! なんて大変ですから。
矢は慣れた方ほど短いってわけですな。ま、短すぎてもいけませんけどね」
「あ、やはりそうでしたか」
カオルも使うのだから、同じ長さの矢の方が良い。
カオルが弓を選んだら決めよう。
「私はこれにするよ」
大体同じ大きさに見える。
「この方の弓も、矢の長さは同じくらい?」
「そうですね」
では、矢は同じ物で良い。
あとは手入れ道具や、弦の代えも買っておこう。
「ところで、こういう弓の手入れとかって、どうするんでしょう。
長弓は少しは扱いを習ったんですが、こういう短弓は疎くて」
「ああ、ではまずこちら・・・」
店主が手の平に乗るくらいの、小さな蓋の付いた平べったい器を出す。
「これを、たまに塗ればいいだけです。木蝋です」
「たまに、というと、どのくらい?」
「まあ、1ヶ月から2ヶ月って所ですか」
「え? それだけですか?」
「ええ、そうです。
あとは、握りの所の皮ですね。
これはどのくらい使うかで変わりますんで、何ともですけど。
まあ、しょっちゅう使って、1ヶ月から1ヶ月半くらいですか」
「それだけですか?」
「それだけです」
「へえ・・・手間がかからないんですね」
「矢の方が手間がかかりますな。引いたら羽が傷んだ、当たったら矢柄にヒビが、抜いたら矢尻が抜けちまった、なんて。すぐやられちまいますから、買った方が早いってもんです」
「知りませんでした」
「弦の代えもご必要で?」
「お願いします・・・あ、弦は外しておかないといけませんか?」
「でかい奴は外しとかねえといけませんが、こいつは付けっぱなしで構いません」
「はあー・・・本当に手間がかからないんですねえ」
「ええ。長弓は大変ですけどね。こういうのは楽ですよ」
「では、こちらを頂きます。
矢は・・・そうですね、予備も欲しいので、同じ長さのを50本」
「え? 旦那、50もですか?」
「ええ。少し旅に出るもので。
狩りなんかで、実際に動く相手に少し練習もしてみたいですし」
「さいですか。では、矢を準備しますんで、少しお待ち下せえ」
カオルは後ろで、ぐいぐいと弓を引いたり放したりしている。
「お待たせしました」
しばらくして、店主が矢の束を抱えて持ってくる。
「たくさん買ってくれましたんで、蝋はおまけにしときます。
良かったら、また来て下せえ」
「や、これはありがとうございます」
金を払って、木蝋と代えの弦を懐に入れ、矢の束を抱える。
弓と矢筒をカオルに持ってもらって、マサヒデは店を出た。
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