第3話 馬の戦い方・3


「帰りましょうか・・・」

 

「そうですね・・・」

 

「早く帰ろうよ! もう、稽古でお腹へっちゃったよ」


 3人で歩き出す。

 今のマサヒデでは、戦闘で馬を使う優位が全く分からない。

 カオルも同じようで、下を向いて考え込んでいる。


「カオルさんは、その槍と大太刀をお願い出来ますか。

 私は白百合を厩に連れて行きます」


「はい」


「また三浦酒天に行きたいなー」


「シズクさん・・・昨日、いくらかかったと思ってるんですか・・・

 行くなら、自腹で行って下さいよ」


「はーい」


 うしろから、ぱか、ぱか、と蹄を鳴らして、白百合が着いてくる。

 ふう、とマサヒデはため息をついてしまった。

 こんなに良い馬なのに、移動か荷物持ちにしか使えないとは・・・

 もうひとつ、りんごでも買ってやろう。



----------



 からから・・・


「只今戻りました」


「おかえりなさいませ。夕餉の支度は済んでおります」


 カオルはもうメイド姿に戻っている。


「ありがとうございます」


 マサヒデは上がって、居間に通る。


「おかえりなさいませ」


「おかえりー」


 マツが手を付き、シズクが手を上げる。

 マサヒデも座って、


「じゃあ、夕餉にしましょうか」


 と言うと、カオルがさっと膳を持ってくる。

 

「ありがとうございます。では、いただきます」


「いただきます」「いただきます」「いただきまーす!」


 箸を取って、汁をすすっていると、マツがわくわくして話し掛けてきた。


「白百合ちゃんはどうでした? 慣れました?」


「ふふ、そんなすぐには慣れませんよ。

 まだ、乗ると少し落ち着かない感じです」

 

「うーん、そうですか・・・仕方ないですよね。まだ初日ですし・・・」


「そうですよ。でも、あの調子ならすぐにマツさんも乗れますよ」


「本当!? 楽しみですね!」


「ふふ、昨日と同じですね」


「マサヒデ様はあまり浮かない顔ですね?

 白百合ちゃんは悪くはなかったんでしょう?」


「ええ、まあ・・・その後が問題でして」


「と言いますと?」


「いやあ、私は馬での戦い方に慣れてないもので。

 せっかく良い馬を手に入れたのに、どう戦ったら良いか・・・」


「? アルマダさんの所の騎士さん方には、お聞きになられたんですか?」


「ああっ!!」


 思わず大声が出てしまった。

 カオルも、ころん、と箸を落とす。

 そうだ! 彼らは馬上戦に慣れている騎士なのだ!

 なぜ、こんな簡単な事に思い付かなかったのか?


 『アルマダの騎士達のような相手には、馬上では敵わない』

 そこまで考えていたのだ。

 ならば、彼らに聞けば良かったのだ・・・


「ど、どうしたの、マサちゃん?」


「急に大声を・・・」


 マサヒデはがばっとマツの両肩に手を置いた。


「マツさん! あなたが妻で良かった!」


「え? え? どうしたんです?」


「奥方様! 素晴らしい!」


 マサヒデもカオルも、目を輝かせる。

 マツは一体どうした? という顔で、箸を止める。

 シズクもなんだ? という顔で2人を見つめる。


「そうだ、皆さんに聞けば良かったんですよ! 思い付きませんでした!」


「奥方様! 奥方様のおかげで、白百合は救われました!」


 マツはじとーっとした目で、2人を見る。


「はあ・・・白百合ちゃんが救われたのは良いですけど・・・

 もしかして、カオルさんまでいて、気付かなかったんですか?」


「うっ・・・いや、自分たちだけで考えようとしちゃって・・・頭が一杯で・・・」


「・・・」


「お二人共、もう少ししっかりして下さいませ」


「はい・・・」


「明日にでも、お聞きになってきてはどうです?

 白百合ちゃんも、見せてあげては」


「そうします・・・」



----------



 翌朝。

 

「それでは、行ってきます」

 

「行ってまいります」


 マサヒデとカオルは、アルマダ達の泊地、あばら家に向かった。

 途中、厩舎に寄って、白百合を連れて行く。

 騎士達は馬上ではどんな戦い方をするのか、楽しみだ。


「カオルさん、彼らは一人ひとりは私達には劣りますが、馬上では遥かに上です。

 きっと良い戦い方が聞けるはずですよ!」

 

 思わず浮かれてしまうマサヒデだが、カオルは厳しい顔だ。

 

「ご主人様。私、昨夜の夕餉の後、懸念が浮かびました」


「懸念?」


「シズクさんは『馬は突っ込んでくるだけ』と言っていましたよね。

 今まで、そのような相手しかいなかった、ということですよね。

 では・・・彼らもそうなのでは? と・・・」


 は! とマサヒデの浮かれ顔が一気になくなる。


「む・・・確かに・・・それも、なきにしも・・・ですけど・・・

 アルマダさんが雇ってる方々ですし・・・大丈夫では」


「もちろん、聞いてみる価値はありますが・・・

 もしそうだと、白百合はただの乗り物になってしまいますね」


「まあ・・・そうでしたら・・・仕方ありませんね・・・」


「騎士様達が特に良い戦い方をお持ちでなければ、冒険者の方々にも聞いてみましょう」


「そうしましょうか・・・」



----------



 がさがさと草をかき分けて行くと、途中で見張りの騎士が顔を覗かせる。


「あ! マサヒデ殿!?」


「その馬は一体!?」


「おはようございます。いかがですか、この馬」


「これは随分と大きいですね!

 うーん・・・脚もしっかりしている・・・」


 騎士のジョナスが白百合に近付いて、顎に手を当てて見ている。


「荷馬車を引かせても良いですが・・・しかし、この脚は・・・うむ、速そうだ・・・この重量、素晴らしい軍馬になりましょうな・・・名は?」


「マツさんが、白百合って名付けたんです・・・かわいい名前がいいって・・・」


「かわいい名前・・・ですか・・・」


「はい・・・」


 さー・・・と、草むらを風が吹き抜けてゆく。


「・・・どうぞ。アルマダ様も、この白百合には驚きましょう」


「失礼します」


 門をくぐると、アルマダは素振りをしていた。

 トモヤと非番の騎士2人が、焚き火の前で握り飯を食べている。

 全員がこちらを向き「おお!」と声を上げた。


「マサヒデ! こりゃ一体!?」


「マサヒデさん、すごい馬じゃないですか」


 全員がぞろぞろ白百合の前に群がってくる。

 少し驚いたのか、白百合がくっと後ろ足を下げる。


「あ、どうどう。大丈夫・・・」


 ぽんぽん、と軽く首を叩き、ゆっくりと撫でる。


「すみません、まだ捕まえてきたばかりで、まだ少し」


「捕まえてきたんですか? これはすごい・・・」


 アルマダも上背のある白百合の顔を見る。

 

「すごいのう・・・ヤマボウシとは比べ物にならんわ・・・」


 トモヤも驚いた顔で白百合を見つめる。

 2人の顔を見て、マサヒデはにやりと笑う。


「実は、この馬の住処、まだ人に見つかってないんですよ」


「え? ということは? つまり、捕まえ放題ですか?」


「ふふふ。実はそうなんですよ。こんなのが一杯いたそうです。こいつを捕まえる時に走り回ったので、散ってしまいましたが、すぐ戻ってくるでしょう」


「すごいのう・・・こんなのがいくらでもか・・・」


「カオルさんが見つけてくれました」


「カオルさんが・・・捕まえたのも?」


「そうです」


「へえ・・・やりますね・・・これは苦労したでしょうね・・・」


「この白百合を捕まえたので、せっかくなのでこいつでも戦いたいと思ってるんです。でも、上手い戦い方が分からなくて」


「ああ、なるほど。そこで熟練の皆さんに・・・というわけですね?」


「はい。ただ槍で突っ込むってだけじゃ、簡単に躱されちゃいますし。

 もし、横から突き飛ばされたり、蹴り飛ばされたりしたら、落馬して袋叩き。

 良い扱い方はないかな、と思いまして」


「まさか、マサヒデ殿に我らがお教えする事になりますとは。光栄ですね」


 横からくいっとサクマが顔を覗かせる。


「では、我々、熟練騎士の戦い方、お教えしましょう。

 多少は練習が必要ですが、そう難しくはありません。至極単純なものです。

 ですが、そういう単純なものほど、実は非常に効果的、というものです。

 我々がここまで生き残ってきたのも、この戦い方ありきですよ。

 マサヒデ殿ならば、すぐに身に付けることが出来ましょう」


「サクマさん! お教え願いますか!」


「もちろんですとも!」

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