第3話 準備・3


 ばっ! と3軒目の鍛冶屋の前。

 看板に『ホルニ工房 刀剣専門』と書いてある。

 刀剣専門!

 

 がらっ!

 

「失礼します!」


「はーい」


 ぱたぱた。


「いらっしゃいませ」


「すみません、ラディさんはいますか。私、マサヒデ=トミヤスと申します」


「あら! あのトミヤス様ですか! 本日はようこ」


「急いでおります!」


「あ、あの、申し訳ありません、娘は今、服を買いに、と・・・」


「くっ・・・」


 カウンターで拳を握りしめ、ぷるぷる震わせ、俯くマサヒデ。


「あの、どうか・・・」


「・・・実は、明日、私の妻が・・・私の両親に挨拶に行くのですが」


「ああ! 娘がうきうきして、連れてってもらえるって」


「私、うっかりして! 父への土産を用意し忘れてしまって!」


「あら・・・それは・・・それでラディに?」


「父の趣味は、刀剣集めで・・・この町で、どこかに良いものは、と・・・」


「そうでしたか・・・夫に少し聞いてみましょうか」


「お願い出来ますか!」


「はい。少々お待ち下さいませ」


 ラディの母が、奥に入って行く。

 少し落ち着いて、見回して見ると、壁にいくつも剣や刀が掛かっている。


「お待たせ致しました」


 長身の、がっしりした髭の男。

 これがラディの父か。


「で、どんな物をお探しで」


「私、マサヒデ=トミヤスと言います。

 父は、カゲミツ=トミヤスと言います。刀剣集めが趣味で・・・」


「ほう、あのカゲミツ様! そりゃラディも浮かれるという訳ですな」


「それで、父に何か土産で、良い物はないか、とご相談に。

 明日、持って行かないといけないんです」


「ふうむ」


「そ、そうだ! こちらを御覧下さい!

 これも、父が集めていたうちの一本で! ご参考になりますでしょうか!」


 マサヒデが腰の物を差し出す。


「では、遠慮なく」


 すらり、とラディの父がマサヒデの刀を抜く。

 垂直に立て、軽く、くる、くる、と回す。


「ふむ・・・で、お父上はこれを何と?」


「無銘だが、悪い物ではないと・・・

 あ、ラディさんは、南方の派の物ではないか、と、見てもらいました」


「ふむ・・・悪い物ではない、と・・・そうですか・・・

 悪い物ではない、と仰られましたか・・・」


「何か、参考になりますでしょうか」


 険しい顔だ。


「・・・ううむ・・・しばし、お待ち下さい」


 すーっ、とマサヒデの刀を鞘に納め、ラディの父は奥に戻って行った。

 何かあるのだろうか。


 がたがたと音がして、静まり返り、ラディの父が3つの桐箱を持ってきた。

 刀だ。


「こちらなど、いかがでしょうか」


「・・・開けても?」


「どうぞ。ご確認下さい」


 マサヒデがひとつの箱を開けた瞬間、あ! と思った。

 これは名刀だ。

 名刀が持つ、独特の雰囲気がある。

 箱の蓋を持つ手が、微かに震える。


「こ、これは・・・」


「抜かずに、良し悪しが分かりますか?」


「・・・誰の作かは分かりませんが・・・これは、これは、名刀だ・・・」


「ほう。なぜそうお思いに?」


 ラディの父の目が光る。


「雰囲気が、違います。

 父上から、以前、いくつか名刀と呼ばれる物を見せてもらいましたが・・・

 名刀は、どれも、何かしら独特の雰囲気を持っています。

 この刀からは、それを感じます」


「ふむ・・・」


 手の震えが大きくなり、喉がごくりと鳴った。

 ラディの父が、マサヒデを鋭い目で見つめている。


「では、こちらでよろしいでしょうか」


「は、はい・・・これを、下さ・・・」


 しまった。

 これほどの作、払えるだろうか・・・


 『銘刀』ではない。

 『名刀』なのだ!

 『名刀』とは!

 世界遺産や、各国の遺産として登録され、国庫や国立美術館に厳重に管理・保管されるような作なのだ!


 今ある金で足りるだろうか・・・足りるわけがない・・・


「どうなさいました」


「す、すみません。慌てて出てきたもので、金を忘れてしまいました。

 その・・・おいくらでしょうか・・・」

 

「・・・」


「・・・」


「お話は変わりますが、トミヤス様。娘をおいくらで雇いましたかな」


「は? は、金貨249枚です」


「では、金貨249枚でお譲りしましょう」


「ええ!? 金貨249枚で!?」


「こちら、私の作。我が子も同然。ならば同額でお譲り致しましょう」


 マサヒデの身体が、がたがたと震えだす。


「あ、あなたが・・・これを・・・お打ちに・・・?」


「ちと、お高かったですかな」


「い、いや・・・これほどの作を・・・たった金貨249枚で・・・」


「構いません」


「・・・この作、名は?」


「ありません。金貨249枚。いかが」


「・・・い、いただき、ます・・・」


「名刀などとお褒め下さいまして、ありがとうございました。

 では、お金をお持ち下さるまで、お待ちしております」


 ラディの父は、マサヒデの震える手から蓋をそっと取り、箱を閉めた。

 そして、頭を下げ、箱を持って店の奥へ消えていった。



----------



 マサヒデは疾風のように通りを駆け抜けた。

 マツの家!


 がらっ! ぱしーん!


「只今戻りました! 金の袋はどこですか!」


 驚いた顔で、カオルがマサヒデを見る。


「金なら奥の間に・・・」


「失礼します!」


 だだだ! ぱしーん!


「金の袋は!?」


「ありましたか!?」


「はい!」


「こちらです!」


「えーと、1枚、2枚・・・」


「マサヒデ様! 小袋ひとつで100枚です!」


「小袋ふたつ! あと49枚!」


「はい!」


「1、2、3・・・」


 ちゃりん。ちゃりん・・・


「49! 確認します。1、2・・・」


 ちゃりん。ちゃりん・・・


「よし! 249枚! 行ってきます!」


「行ってらっしゃいませ!」



----------



「はあ、はあ・・・」


 『ホルニ工房 刀剣専門』

 

「着いた・・・」


 ゆっくり戸を開ける。


「あら、トミヤス様。お早かったですね」


「ええ・・・走って来ましたので・・・」


「ふふふ。そこまでお急ぎにならなくても。消える訳じゃあるまいし」


「金を・・・ご確認、願います・・・」


「はーい」


 ラディの母が数え始める。

 しばらくして。


「はい。249枚。きっちり頂きました。さあ、ご確認下さいませ」


 箱を開ける。

 やはり、これは名刀だ・・・

 今、マサヒデが腰に差しているものとは、格が違う。

 空気が違いすぎる。

 そっと蓋を閉め、袱紗の袋に入れる。


「ふう・・・ところで、こちらはご亭主が打った、とお聞きしましたが」


「ええ。そうですが」


「その・・・ご亭主は、王宮とか・・・どこかの貴族のお抱えとか・・・」


 ラディの母はげらげら笑い出した。


「まさか! ただの田舎町の鍛冶屋でございますよ!」


「そうですか・・・」


 これほどの作を打つ人物が、市井に埋もれていたとは・・・


「また来ます。ご亭主には、もし良かったら、隣村のトミヤス道場にも、と。

 父上は刀剣が大好きですので、ご亭主の作、きっと父上にも喜んで頂けるかと」


「あははは! お上手ですこと! では、ありがとうございました」


「こちらこそ、助かりました」


 土産は揃った。

 あとは、明日を待つのみだ。

 皆が楽しんでくれるだろうか。

 父や母は驚くだろうが、喜んでくれるだろうか。


 マサヒデは皆の顔を想像しながら、ホルニ作の名刀を震えながら抱えて、慎重にマツの家に戻った。

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