第119話 外伝「空が青いと君がいった日」4

「わたしが思うに、それは君がやることじゃなくて《死の女神》の神殿の仕事じゃないかな?」

「それはそうかもしれないですが、女の人のためってだけじゃなくて、太陽神殿の教義や対応自体に問題があるのは事実です。けっきょく世の中って弱いひとのところに負担がいきやすいじゃないですか。そういう全てをどうにかできるとは思ってませんが、考えて、少しでも動かせるなら、どうにかしたいんですよね」

 彼のいうとおり、戦乱や疫病でわりない被害にあうのは子供、老人、そして女性だ。また、家や家族を失った女たちが新しい町で男の袖をひくのはどの国でも見られる。

 わたしは歪んでいる。

 平和が一番と願うくせに、こころの何処かで何かを期待していた。望むのが戦だなどといえば、主君のルネさまに叱られるであろうことは理解していた。それでも、自身の力を試したいと希う卑しさを黙殺はできない。それは、側室腹に生まれたゆえの抑圧か、はたまた誰かをこころゆくまで屈服させたいという醜い欲望のためか、わからない。わたしにわかるのは、わたしの抱える鬱屈は誰が見ても美しいものではないという、それだけのことだ。

 故に、わたしはそれを隠蔽する。

 そうして押し込められた熱の煩わしさは、刹那的に欲望を吐き出すことで癒されるものでもない。ただし、利点はいくつかある。少なくとも、頭も身体もかるくなる。

 しかし、それでは何の問題も解決されていない。

 むろん、わたしは悪い客ではない。彼女たちを殴りもしないし花代以上の無理も要求しない。支払いをけちることもない。さりとてそれがわたしという人間がまっとうであるという言い訳にはならない。

 女の繰言を聞いてやり、自分の意見を押し付けず、世の不条理な構造自体を問う、問うだけでなく動かそうというジャンのほうが、人間としても男としてもまともだろう。 

「ちかごろじゃ、俺ってまっとうな神官にはなれないなあってよく思うんですよね」

「そうかい?」

「だいたいみんな、揺るがないんですよ。でも俺、どうもそういうわけにいかなくて、悩んでばっか」

「そのほうが、よっぽど健全だと思うけどね。ひとの人生を預かるんだから」

「俺は、生き死により大事な魂のことを預かるのが、信心ってやつだと思うんですよね」

 ジャンとはじめて信心のはなしをしていた。今まで巧妙にさけていたことを、彼が屈託もなく語りだしたのでわたしは内心おどろいていたが、口は勝手にひらいた。

「魂なんて、死んでしまえばわからないと思うけどね」

「そう。そこなんですが、モーリア王国の《至高神》は死んでから後の方が大事だっていうんですよ。生きている間の行いで死後が決するって問題据え置きみたいですが、実に賢明だなって。誰もわかんないことをもっともらしく言うっていうか」

「《死の女神》の神殿はなんていってるんだい?」

「ああ、あちらはあちらで理論武装してますが、俺の興味あるのは太陽神殿のやり方なんで。対応が鈍臭いんですよ。及び腰でまるでなってない。こんなことしてると、そのうち《至高神》に信徒を奪われちまう」

「太陽神の信徒はこの大陸中に山ほどいるじゃないか?」

「数は問題じゃないんですよ」

「神官職という人間は、ひとつのパンをみんなで分け合うのに必死なようだね」

「いえ、話はそうじゃないです。今までは、太陽神やら死の女神やらで分け合っていたパンを、《至高神》が無いものとして扱おうとしてるんです。俺が思うに、そういう世の中は息苦しいんですよ」

「あちらはあちらで、こっち側がふしだらで乱れていると言う」

「たしかにその反論には一理ありますが、翻って一神教は政治に利用されやすい」

「それは、どの神でも同じじゃないかな」

 わたしの気のない様子にも、ジャンはめげなかった。

「利用はされますが、同じではないです。考えてもみてください、自分たちの神だけが本物だというのは、自分たちだけが正しいということだ」

「誰だって、自分が正しいと思って生きているんじゃないかな?」

「あなたはそうでしょうが、俺は違います」

 強烈な皮肉とみたが、ジャンはそんなふうに感じていないようだ。わたしは施政者として自分に非があると認めることが敗退であると知っている。そして、彼もそれはのみこんでいた。

「アンリさん、もしもこの国がモーリア王国との戦争に負ければ、この大陸の多くの神殿が駄目になるかもしれないってことですよ」

「それは、わたしには関係ないな」

「関係、あるでしょう」

「ないよ。わたしが戦うのはこの国の騎士だからで、それ以上でも以下でもない。信心のことは君が考えることで、わたしはそこまで責任を持つ気はない。着るものがあって食べるものと眠るところがあれば、わたしはそれで生きていける。領民にそれだけは保障するよう働くだけだ」

 ジャンが肩をすくめて笑った。

「アンリさん、俺は、勝てばいいだけの単純明快な騎士が羨ましいですよ」

「ジャン?」

「主君やら名誉やら、自分の大切なものを決めて悩まない。俺は、疑り深くてそんな真似できないです。自分のやってることが正しいか正しくないか迷いっぱなしでキツイんで、何があろうと迷わないって羨ましい」

「君に、脳の中も筋肉で出来ている愚か者呼ばわりされている気がするが?」

「愚かでも、貫き通せばホンモノでしょ? 俺、あなたの信心はその『騎士』ってやつなんじゃないかと思いますよ」

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