第29話 カオルの稽古・2回目・前


 食事を終え、マツの家に戻る。

 

「お帰りなさいませ」


「只今戻りました」


 シズクが手を上げる。


「おつかれ!」


 カオルがいつも通りに出迎えてくれる。


「さて、カオルさん。マツさんはいますか?」


「はい」


 縁側の部屋で、マツはいつも通り待っていた。

 マサヒデを見て、手を付いて頭を下げる。


「お疲れ様でした」


「只今戻りました」


「マツさん! ただいま!」


「シズクさんもお帰りなさい。今日の稽古はどうでした?」


「うーん、勉強になった・・・と、思う・・・」


 シズクは腕を組んで、首をかしげる。


「それはようございました」


「さて、マツさん。今日もカオルさんの稽古をしますが、お願い出来ますか?」


「はい。出来ます」


「ちょ、ちょっと待ったー!」


 シズクが大声を上げた。


「な、なんですか、急に」


「カオルも稽古するの!?」


「当たり前じゃないですか。あなただけじゃずるいでしょう。

 昨日だって、カオルさんと稽古してましたよ」


「マサちゃん! さっき6:4って言ってたじゃないか!

 カオルの稽古もしたら、6:4じゃなくなっちゃうじゃないか!」


「一日二日の稽古で変わるなら、誰でも剣聖になれますよ」


「でも、カオル強いんだろ!? なら稽古しなくてもいいじゃん!」


「します」


「ダメだよ! もし強くなっちゃったらどうすんだよ!」


「あなたが荷物番になるだけです」


「そんな!」


「それがいやなら、シズクさんが強くなって下さい。

 厳しい言い方ですが、弱い人はいりません」


「ぐ・・・分かったよ・・・強くなるよ・・・」


「今のうちに、カオルさんの戦い方、出方を予想して、どう対応するか、考えておいて下さい。さっき食堂で言ったことを思い出して。これも、訓練のひとつです」


「うん・・・」


 シズクは肩を落として、座り込んだ。

 くす、とマツが笑う。


「カオルさん。お茶をお願いします」


 カオルがすーっと気配なく出てきて、3人の前に湯呑を置く。

 カオルも座って茶を啜る。


「飲み終わったら、やりましょうか」


「お願いします」


「今日は、小太刀だけ持ってきて下さい」


「はい」


 カオルが手を付いた。



----------



 庭に、マサヒデとカオルが立つ。

 シズクが縁側で2人をじっと見ている。


「では、マツさん。お願いします」


「はい」


 すーっと雰囲気が変わって、あの空間に入る。

 シズクが驚いた顔で、立ち上がって何かわめいているが、マサヒデ達には聞こえない。


「ふふ、驚いているようですね」


「うふふ。ちょっとシズクさんの所に行ってきますね」


 マツがシズクに向かって何か喋っている。

 シズクが驚いた顔でな何かマツと喋っている。

 マツの位置は同じだが、声が聞こえない。ここから『外に出た』ということだ。

 しばらくして、シズクは部屋の中に入り、ごろんと転がった。


「くす。私も見たい、ですって」


「ははは!」


「『カオルさんの稽古を見てたら反則だからダメです』って言っておきました」


「ふふ、ありがとうございます。さ、カオルさん。準備を」


 ばさっ! とメイド服を投げ、カオルが黒装束に変わる。


「さて、カオルさん。今日の訓練ですけど、小太刀です。

 あなたの、小太刀の欠点を何とか・・・

 と言っても、私もロクな手が思い浮かばないんですけど・・・」


「欠点とは」


「うーん、すみません。言い方が悪かった。

 欠点というより、シズクさんの長所、と言うべきでしたね」


「と言いますと?」


「あなたの小太刀、シズクさんを斬れますか?」


「? 斬れると思いますが」


「私とシズクさんの試合、よく思い出して下さい。

 私が棒の上に乗っても、棒は水平なままでした。片手で持ってたのに。

 彼女、ものすごい音を出して跳んできましたよね。

 訓練場の真ん中から壁まで、ひとっ飛びで」


「はい」


「あの時、ものすごい音がして、砂煙が舞って。地面はへこんでました。

 アルマダさんと、見た目の体格はほとんど変わらないのに、あんな真似が出来る。

 アルマダさんは、あんな事は出来ません。これは、どういうことでしょう」


「あ!」


「気付いたようですね。

 彼女は、筋肉の密度が、我々人族と違いすぎるんです。

 体重も、おそらくアルマダさんの倍、いやそれ以上は軽くあるでしょう」


「そんな身体に深く斬りつけたら、小太刀が取られてしまう・・・」


「その通り。カオルさんは、私の腕くらいなら軽く斬り落とせるでしょうけど・・・」


 とんとん、と腕を上げて、マサヒデは自分の腕を叩く。


「・・・彼女の腕は、小太刀では斬れないでしょう。骨くらいまでは届くかもしれませんが、密度の高い筋肉にぎちっと挟まれて、取られちゃいます。さらに、そんな筋肉と体重を支えている骨。私の刀でも斬れるかどうか。どういう物で出来ている骨なのか、さっぱり分かりません」


「・・・」


「となると、小太刀では、狙える所がかなり限られる。

 目や耳や鼻。唇、口の中。まあ顔の部分ですね。あと指くらいですか。

 あとは、筋や関節を、斬っていくくらいですかね。

 けど、筋肉の密度が違いすぎますからね。筋も通るものかどうか。

 肉を斬るなら、浅く少しずつ斬って、出血を狙うくらいしかありません。

 ですが、今回は制限時間が限られています。

 即死ありなら、目や耳に深く突き入れるのも良いですけど、今回はダメですよ」


「むう・・・」


「点穴を狙うのもありですけど、あの動きです。点穴を狙うのは難しい。

 それに、そもそも我々と種族が違いますからね。

 形は人とほぼ同じですが、点穴も同じ位置とは限らない」


「たしかに・・・捉えることは出来ても、種族が違う。

 点穴も効くかどうか、分かりませんね」


「私が思い付くのは、刃に毒を塗るくらいですけど・・・

 彼女、毒のある魔獣の肉を『ぴりっとしてて美味しい』とか、

 『マサちゃんは食べちゃダメ。死んじゃうよ』なんて言ってたくらいです。

 一体、何の毒なら効くのかさっぱりです」


「・・・」


「さて、カオルさんなら、どう対応しますか?

 私は刀が得物なので、何とか斬れるかも、ですが」


「うーむ・・・」


 カオルは腕を組んで、考え込んだ。

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