猫と人間 1
「あんた、最近あたしを便利屋かなんかだと勘違いしてないかい?」
「にゃにゃにゃ!」
(そんなことない! ヴェリアは今も昔もわたしの大切な友だちよ! そして友だちは助け合うべき!)
「助け合うんじゃなくて、一方的にあたしが助けている気がするけど……まあいいさ」
獣医の部屋にはオレンジ色の蝋燭の灯りが揺れていた。
カーテンが引かれ、宵の薄暗い室内に灯るのは蝋燭の灯りだけだ。
ローテーブルの上には大きな水晶球が置かれている。
現在、城の大広間ではステファヌたちの歓迎パーティーが開かれていた。
パーティーにもぐりこめないフィリエルは、何とかしてパーティーの様子を知りたくてヴェリアに泣きついたのだ。
「国王陛下の周りでいいんだね」
「にゃ!」
「はいはい」
ヴェリアが手をかざすと、水晶球が白く光って、パーティーの様子が映し出された。
「にゃあ! にゃにゃにゃあ!」
(陛下だ! 陛下、カッコイイ! こののぞき見水晶ほしい!)
「何がのぞき見水晶だい。変な名前を付けるんじゃないよ」
水晶に移るリオンは、パーティーのために盛装していて、ものすごくカッコよかった。パーティーに行く前に盛装姿は見ていたが、何度見ても素敵だ。
「にゃにゃにゃー」
(このね! 髪をね、後ろの撫でつけてる感じが好きなの!)
「はいはい」
「みゃみゃみゃー! なー!」
(あとねあとね、この、きりっとした顔が好き! 顔アップにして! 緑の目も大好き!)
「あんたの場合、全部だろうが」
「にゃー」
(そうともいう)
つい最近までずっと冷たくされていたが、長年片思いを続けてきた相手である。見ているだけで幸せだ。特に盛装姿は長らく見ていないのでトキメキが半端ない。
リオンが玉座に座っているのを見るに、パーティーの挨拶は終わったのだろう。
リオンの隣の王妃の席は空席だが、今日は玉座の隣にステファヌ夫妻の椅子と、イザリアの椅子が用意されている。
ステファヌとルシールは席を外しているようなのでダンスを踊っているか、招かれた貴族たちと話をしているかしているのだろう。
(イザリアも適当に遊んでくればいいのに)
水晶球は映像だけなので音声は聞こえてこない。
だが、やたらとイザリアがリオンに話しかけている姿は見えるので、きっと「踊りませんか」と誘っているに違いなかった。
(イザリアめー! 姉の夫にちょっかい出すなんて非常識よっ)
しかし、考えてみれば、イザリアとフィリエルは昔から好きなタイプの男性がよく似ていた。フィリエルがリオンを好きなのだ、イザリアがリオンを気に入ってもおかしくない。
「にゃああああ!」
(ヴェリア! わたしの姿になって邪魔してきて!)
「馬鹿言ってんじゃないよ。そんなことをして、あたしが魔女だって気づかれたらどうしてくれるんだい。それにね、外見は変えられても、所作まではまねできないんだよ。あんたと違って、あたしは王妃教育なんて受けてないんだ。ボロが出るのがオチさ」
「にゃうー」
(ぐぬぬぬぬ)
「しっかし、あんたの妹はやけに色っぽいね。外見だけだったら、コロッといく男は多いんじゃないかい?」
そうなのだ。
イザリアは昔から発育がよく、胸なんて胸元から零れ落ちそうにデカい。メロンを二つ詰めているくらいはある。そして本人もそれをよく理解しているから、ここぞとばかりに胸元が大きく開いたドレスを着ていた。
「あんたは美人だけど、色気はないからね」
「にゃあああ」
(うるさいっ)
自覚していることをわざわざ口に出さないでほしい。
「陛下も男だ。裸で迫られたらひとたまりないかもね」
「にゃ――――‼」
(冗談じゃないわ――――‼)
そしてイザリアならやりそうだからなお悪い。本気で奪いに行くつもりなら夜に忍び込むくらいはするだろう。ブリエット・ボルデのときは強く出られても、王妃の妹で隣国の姫相手ではリオンも強く出られまい。むしろ状況によっては、「既成事実」と言われてそのまま縁談がまとめられる可能性が高い。というか父とステファヌならやる。
「夜這い防止に、陛下の隣にフィリエル人形を置いておくかい?」
それもありかもしれないが、自分の顔を見ながら眠りにつくのは気持ちが悪い。
(いやでも、ありもしない既成事実を捏造されて縁談がまとめられるよりは、マシ……かしら)
悩みどころだ。ものすっごく悩みどころだ。重大問題である。
「あ、あんたの妹が陛下の腕に手をかけたよ」
「にゃああああああ」
(何してくれてんのイザリア――‼)
水晶には、にっこりと蠱惑的な笑みを浮かべてイザリアと、困惑顔のリオンが映し出されていた。
『一曲くらい、いいでしょう?』
というイザリアの幻聴が聞こえてきそうである。
(引っ掻……いたりして顔に傷が残ったら責任取れとかイザリアなら言いそうだから、猫パンチをお見舞いしよう! それも強烈なやつを‼)
「頼むからキレて水晶を破壊しないでおくれよ? これ、結構高いんだからね。加工するのにも時間かかるし」
「にゃ」
(頑張る)
「いや、頑張るような問題じゃないと思うけど……、まったくあんたは、気が長いんだか気が短いんだかわからないねえ」
「みゃ!」
(陛下が絡まなければたぶん我慢できるけどあれはだめ!)
「ああそうかい」
危険を感じたのか、ヴェリアがフィリエルから少しだけ水晶を遠ざける。
イザリアの誘いに根負けしたのか、それとも面倒くさくなったのか、リオンが椅子から立ち上がった。
イザリアを大人しくさせるために一曲だけ付き合うことにしたようだ。
(そんなー!)
フィリエルだって、リオンと踊れるチャンスはなかなかない。猫になってからはゼロだ。
悔しくてぎりぎりと奥歯を噛みしめると、シャキンと右前足の爪を出した。
ヴェリアが、さっとフィリエルが届かない高さに水晶球を持ち上げる。
「だから壊そうとするんじゃないよ。だいたい、水晶をひっかいたところで、向こう側にはこれっぽっちもダメージはないからね」
「みゃあああああ」
(わたしも! わたしもあそこに行きたい! 陛下取られたらいやっ! 戻り――)
「あ」
水晶を持ち上げたままのヴェリアが、ひゅっと息を呑む。
「……戻った?」
「戻った、ね」
突如として人に戻ったフィリエルは、茫然とした後で、拳を天井に突きつけた。
「戻ったあ! 邪魔してくる‼」
「あっ、こらお待ちよ! 普段着で行けるはずないだろう! 行きたいならさっさと着替えきな!」
「わかった! なんかよくわからないけどありがとうヴェリアー‼」
「いや、あたしは何もしてな……って、聞いちゃいないねえ」
フィリエルはヴェリアの言葉を最後まで聞かずに、鼻息荒く部屋から飛び出して行った。
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