突撃してきた妹 3

(陛下が断ってくれて助かったけど、なんてことを言い出すのよお兄様ってば‼)


 国王がパーティーで妻以外の女性と数曲踊るということは、その女性が妃に内定したことを指す。

 フィリエルが正妃である以上、リオンがイザリアを側妃として娶ろうとしていると取られるわけだ。


(いきなり笑顔でぶっこんでくれたわね、お兄様め!)


 リオンが「妻が臥せっているときにほかの女性と踊れません」とやんわり断ると、いったんは引き下がって見せたが、あの兄のことだ、次の手を考えているに違いない。


「にやあー」

「フィリエル、ご機嫌斜めだな」


 リオンの部屋に二人きりなので、彼はフィリエルのことをリリではなくフィリエルと呼ぶ。

 よしよしと頭を撫でられて、フィリエルはすりっと彼の大きな手に顔をこすりつけた。

 今日の夜は、リオンは兄夫妻とイザリアとともに晩餐を摂る予定なのだが、さすがに晩餐の席にまで猫を伴うことはできないので、この後フィリエルはお留守番である。


「不機嫌ついでに部屋を荒らさないでくれよ……」

「にゃあー」

(もうそんなことはしません! たぶん!)


 前科持ちのフィリエルは、リオンにお留守番をさせると危険だと認識されている。

 さすがにあの時のように部屋の中をぐっちゃぐちゃにしたりはしないが、イライラついでに無意識のうちに壁で爪とぎしないように気を付けよう。

 リオンが目の前で猫じゃらしを揺らしてくれるので、タシタシと前足で猫じゃらしを叩きながら、フィリエルはうーむと考えた。


(イザリアは本当に空気読まないから……パーティーで陛下に迫ったりしないでしょうね……)


 パーティーにもついて行きたいが、たぶんだめだと思うし、フィリエルが猫になっていることを知っている貴族や使用人たちがボロを出すと怖いので、下手に人が集まる場所には行かない方がいいだろう。


(見張りが必要だわ。……ヴェリアに頼むか)


 ヴェリアは魔法で外見を変えられる。ただし、フィリエルに成りすますのは本人が嫌がったし、使用人たちに見つかると大変なのでそれはできない。


(……そんなことをすると、今度は顔を変えたヴェリアと陛下の間に噂が立つわね)


 すわ愛人か! なんてことになったら大変だ。この案はやめておこう。


(それにしても、前からイザリアを側妃にって言われたことはあったけど、今回は本気で押し込みに来た感じがするわ)


 イザリアももう二十歳。

 貴族女性は結婚が早いので、貴族社会での結婚適齢期を考えると、イザリアはもうギリギリだ。

 父や母も、焦っているのかもしれない。


 王女は国内外から引く手あまただ。もっとも、望まれたからと言って誰が相手でもいいというわけでもない。

 嫁ぎ先は吟味されるが、国外であれば国同士のつながりのため、国内であれば王家とのつながりのために、王女を妻に欲しがる男性は大勢いる。


 フィリエルのときも、嫁ぎ先候補はリオンだけではなかった。

 総合的に見て、隣国の次期王に嫁がせるのが一番国としてメリットがあったからリオンに決まっただけの話で、リオンが断ればほかの国かもしくは国内の有力貴族に嫁いでいただろう。

 社交界デビュー、下手をすればそれ以前に多くの縁談が持ち込まれる王女の立場で、二十歳まで嫁ぎ先が決まらないのは異例だった。


(たぶん、まったく選ばなければあるんだと思うけど、王家の威信を損なわず、そしてイザリアが納得する身分の男性でもらってくれる人がいないんでしょうね……)


 イザリアはやたらとプライドが高いので、伯爵家以下には嫁ぐまい。というより、婚約していた侯爵家の子息でも文句をつけていたらしい。


(お姉様ばっかりずるいって言うのはイザリアの昔からの口癖だったけど……、わたしが王妃の立場になっちゃったからね。どうしても比べるんでしょうね……)


 姉が王妃になったのだから、同等のものを。イザリアなら言いそうなことだ。

 イザリアからの手紙に「お姉様のかわりにわたくしが子を生むわ」などとふざけたことが書かれてあるのは、国母になれば王妃と同等に近い権限が与えられるからだろう。少なくとも我が子の治世では、王妃よりも実母の方が優遇される。


(お父様かお母様あたりがうまくおだてたのか、誰かが余計なことを吹き込んでくれたのかはわからないけど、面倒なことになったものだわ)


 しかも父も母も兄も乗り気である以上、この一週間を乗り切れなければ強引に縁談を勧められる可能性があった。

 フィリエルが猫になっているなんて気づかれたらもっと最悪だ。

 猫に人の子は産めないだろうと、さらに強引な手段を用いてくる可能性がある。


 リオンは有能だと思うけれど、リオンの倍生きている父の方が政治的な手腕は上だ。老獪な分、卑怯な手をいくつも知っている。

 兄のステファヌも外堀を埋めるのが得意なタイプだ。善良なルシールも、イザリアには手を焼かされているだろうから、義父や夫の判断に否やは唱えないだろう。


「にゃ……」

(状況は思っていた以上に悪そうね……)


 せめてフィリエルが人間に戻っていれば話は変わっていただろう。ついでに子供の一人でもいれば、実家が口を挟む余地はなかった。

 考えても仕方がないかもしれないが……、なんて、タイミングの悪い。


「フィリエル、目が三角になっているよ。それはそれで可愛いが……、そんな顔を見ていると、本当に部屋が大惨事になりそうで怖いな」


 機嫌を直して、とひゅんと猫じゃらしを揺らされた。


「みゃあ!」


 反射的にパシッと猫じゃらしに手を伸ばす。


「にゃ! にゃ! みゃああん!」

(陛下! 考え事してるから! 猫じゃらしやめて~!)


 目の前で猫じゃらしを揺らされると抗えないのが猫の本能。

 ぱしぱしぱしぱし、と猫じゃらしを叩いていると、リオンが声を出して笑った。

 猫じゃらしを脇に置くと、フィリエルをお腹ゴロンして、わしゃわしゃと撫でる。


「俺にはたぶん、フィリエル以外の妻なんて無理だから、イザリアを側妃にするつもりは全然ないよ」

「にゃっ、にゃあっ。なぁああああああっ」

(あっ、そこっ、そこだめっ、やああああんっ)


 弱いところをこちょこちょされて、フィリエルは必死に身をよじる。

 リオンが何か言っていたみたいだが、リオンのこちょこちょ攻撃に悶えていたフィリエルの耳には入ってこなかった。




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