突撃してきた妹 1
「にゃあー」
(ねえヴェリア、これ、本当に大丈夫なんでしょうね)
フィリエルの横で、リオンも神妙な顔をして「それ」を見つめていた。
リオンの顔にも、「不安」の二文字がありありと浮かんでいる。
ヴェリアが、ふん、と鼻を鳴らした。
「あんたが言い出したことだろう? 失礼な子だよ」
「みゃあ」
(だってさ。……だって)
リオンとフィリエルの前には、等身大の――気持ち悪いくらいに精巧な、それこそ本人と区別がつかないくらいよくできた人形が立っている。
そしてその顔は、人間のフィリエルそっくりだ。
これは二か月前――ロマリエ国の家族からの手紙を読んだ直後に、フィリエルがヴェリアに依頼した「フィリエル人形」である。
父の手紙にあった以上、兄たちが来るのは止められない。というか、社交シーズンのはじまりに兄が来ることは前々から決まっていたことだ。兄にくっついてイザリアが来るのもだめだとは言えない。何故なら過去にも一度、似たようなことがあったからだ。前はよかったのに今はダメと言えば変に勘ぐられる。
それに父のことだから、きっと近いうちに正式に王太子夫妻とイザリアが行く旨を通達してくるだろう。リオンとしても、相手が義父なので、この程度のことであまり強くは出られない。
しかし、兄夫妻と妹が来た際に、フィリエルが不在だと気づかれるのはまずい。
猫になっているなんて知られるのはもっとまずい。
これ幸いと、イザリアを妃にしてフィリエルに帰って来いと騒ぎはじめるだろう。
よって、いろいろ考えた結果、この状況をうまく打破してくれそうなヴェリアに泣きつくことにしたのだ。
(とりあえずわたしが存在しているように見せてくれればいいとは言ったけど……これかあ)
人形である。
もちろん、人形なので動かない。
ただ、ヴェリアの魔法で妙に瞬きをする機能だけつけられた。それが逆に気持ち悪い。
「にゃ」
(これ、立って瞬きするだけ?)
「一応喋れるようにはしておいたよ。ただし、登録してある言葉の、ほんの少しだけね」
「み?」
(登録してある言葉?)
「ああ。みてな」
ヴェリアがぽん、とフィリエル人形の右肩に手を置いた。
フィリエル人形がぱちぱちと瞬きをして、口を開く。
「お兄様、わたくしは体調が悪いです」
「にゃ⁉」
フィリエルはびくっと震えて、反射的にふーっと毛を逆立てて威嚇した。
(何これ気持ち悪いっ)
荒い息を繰り返していると、リオンがフィリエルを抱き上げて、フィリエル人形に奇妙なものを見るような視線を向ける。
「ほ、他には……?」
「適当に話しかけて見な。反応するから」
「そ、そうか……」
リオンはちょっと嫌な顔をして、コホンと咳ばらいをすると、人形に恐る恐る話しかける。
「フィリエル、元気か?」
「病気です」
「あ、そ、そうだな。大丈夫か?」
「いいえ」
「な……なにかしたいことはあるか」
「返答できかねます」
「きょ、今日の天気は」
「知りません」
「…………」
(あ、陛下が固まった)
というより、これは受け答えしているうちに入るのだろうか。
ヴェリアは満足そうな顔をしているが、これで兄たちをやり過ごせるかどうか、フィリエルはとっても不安だ。
(ヴェリアはとりあえず人形をベッドに寝かせておけばいいなんて言ってたけど……、誤魔化されてくれるかしらね)
それに、ヴェリアがいったい何の言葉を登録したのかも気になる。
リオンがふーっと息を吐き出した。
「ヴェリア、もう少し何とかならないものか」
「失礼な」
ヴェリアのかわりにフィリエル人形が答えた。
リオンが口端を引きつらせて、人形から視線を逸らす。
ヴェリアが肩を震わせて笑い出した。
「国王陛下が失礼なこというからフィリエルが怒ったじゃないか」
「まったくです。ぷんぷん」
「にゃああああ‼」
(わたしはそんなこと言わなーいっ)
リオンもドン引きしている。真顔で「ぷんぷん」とか言い出す人間がいたら見てみたい。怖すぎる!
「にゃーにゃーにゃーにゃー!」
(それに、その人形をフィリエルって呼ばないで! わたしが変になったみたいで気持ち悪いっ)
「本当に失礼な子だよ。あんたがほしがったくせに」
(こうなるとは思わなかったのよー!)
フィリエルはリオンの腕の中でぐったりした。
ヴェリアがフィリエル人形の肩から手を離す。
「とりあえず、話しができる機能は今は消しておくからね。必要になったら右肩を叩けば話しはじめるから、うまく使いな」
うまく使えとヴェリアは言うが、果たして使えるだろうか。
何と言っても、相手はフィリエルの兄だ。フィリエルのことをよく知っている。
「本当はあんたが元に戻ればそれで解決なんだろうけどねえ。戻らないんだから仕方がない」
「みやあ!」
(戻れないの!)
「そりゃあんたの問題だから知らないよ」
「にゃー……」
(そうだけど……)
人間に戻りたいと念じたって戻れない。
心から人間に戻りたいと思う、というのがフィリエルにはよくわからなかった。
今こそ戻らないと困るときだというのに、その気持ちの何がだめなのだろう。
「とにかく、あんたの兄と妹が帰るまでやり過ごすしかないねえ。滞在は一週間だっけ?」
「にゃあ」
「一週間か……誤魔化せるといいねえ」
「みゃー!」
(他人事!)
「そりゃ、他人事だからね」
確かにヴェリアの言う通りだ。むしろ、人形を作ってくれただけ感謝すべきかもしれない。
(不安しかないけど……)
城の使用人たちも臣下たちも全員が協力してくれると言っているから、何とかなるだろうか。
(ヴェリアが魔女だって教えられないから人形はただの人形で押し通すしかないけど、まあ……)
あまりしゃべらせるとボロが出るのは間違いないので、むしろ、ほとんど出番がないだろうし大丈夫……だと信じたい。
「とりあえず当面、彼らの君への呼び方はリリ、もしくはお猫様にしてもらおう。フィリエルと呼んでいたら……気づかれないにしても怪訝に思われそうだからな」
「なー」
フィリエルは、大きく頷いた。
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