消えた王妃と猫 3

「なー! なー! なー! なあああああ‼」


 二時間後。

 激しい抵抗も虚しく、フィリエルはバスルームに連行された。

 しかも今度は、リオンと一緒のお風呂タイムである。


「みやあああああっ」

(いやあ! はだかぁ‼)


 結婚して五年。

 人間をやめたその日に、何が悲しくてこれまで白い結婚を続けていた夫の、はじめての裸を目にしなければならないのだろう。

 予想外に筋肉質だった腕とか胸とか、くっきりと浮き出た鎖骨とか、それどころか乙女には刺激が強すぎる禁断の部分とか――

 あまりの刺激に、フィリエルは絶叫直後に脳が沸騰してぐてっとした。


「うわ! リリ⁉」


 突然動かなくなったフィリエルに、有名彫刻家の彫像もかくやと言わんばかりの裸体美を披露してくれているリオンが、真っ裸のまま慌てだした。


(お願いだから、せめて前を! 前を隠してえ!)


 ぎゅうっと目を閉じたまま力なく「なー」と鳴けば、とりあえず息があると安心したのか、リオンが優しく抱き上げたままフィリエルを猫足の大きなバスタブの中に入れる。

 バスタブにはもこもこの泡が立っていて、それがうまくリオンの見てはならないものを隠してくれたので、フィリエルはほっと息を吐き出した。


(まったく、乙女になんてものを見せるのよ‼)


 二十二歳の既婚者だが、一度も夫と夜を過ごしていないので乙女と言ってもいいはずだ。

 ふーふーと息を吐き出していると、リオンが「熱い?」と訊いてくる。


「なー」

(熱くはないけど、早く解放してほしいわ!)


 水につけられるのも嫌だが、何より泡の下に隠れているものが気になって落ち着かない。


「ふふ、水には慣れたかな」

「みゃあ!」

(慣れてない!)


 慣れてはないがそれ以上に刺激の強いものを目にして放心状態なだけだ。


「これから毎日一緒にお風呂に入ろうね」

「にやあああっ」

(それはいやあ‼)

「嬉しい? リリは本当に可愛いな」

(これが喜んでいるように見えるわけ⁉)


 第一、動物を毎日お風呂に入れるのはダメだった気がする。洗いすぎると皮膚が弱くなると聞いたことがあるのだ。


「にゃにゃにゃにゃー!」

(陛下はまず動物の飼い方の本を読む必要があるわ‼)


 いや、それ以前に、ずっとリオンに飼われているのは問題だ。

 何故ならフィリエルは自由を求めて猫になったのである。これでは元の木阿弥というやつだ。


(毎日お風呂に入れられるのも嫌だし、このまま陛下に飼われるのも困るし、何とかして逃げ出さないと……)


 城から抜け出し、ヴェリアのところまで逃げれば安全だろう。

 そのあとヴェリアに頼んで、城の外に出してもらえばリオンにはもう捕まらないと思う。


(よし、そうとあらば隙を見て――)

「あ、お前、ここだけ毛が黒いんだね」


 逃亡計画を立てていたフィリエルは、わき腹を指先でくすぐられて「にゃあん!」と飛び上がった。

 リオンがくすぐっているわき腹を見れば、確かに銀色の毛に交じって、数本の黒い毛が生えている。


(あー、あそこはたぶん)


 フィリエルは左の脇腹のところに、少し大きなほくろがあったのだ。だからその部分の毛が黒いのかもしれないと納得していると、「ほかにないかな」と言い出したリオンがフィリエルの全身を探りはじめた。


「みぃやあああああ!」

(やめてえ! そんなところ見ないで‼ 撫でないでぇ‼)


 脇の下やお腹、背中、股の間やお尻までくまなく探られて、フィリエルは泣きそうになった。

 そして最後に尻尾を掴まれて「ぴぎゃあっ」と飛び上がる。


「あ、猫って尻尾弱いんだっけ?」

「にゅああああああああ‼」


 抗議を込めて精一杯鳴けば、ごめんごめんと頭を撫でられた。

 おでこをくっつけて、「本当にごめんね」と鼻先にちゅっとキスをされる。


「みっ」


 はじめてのキスにフィリエルは固まって、それから気を失った。





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