頼んでないのにデリバリーがきた

烏目 ヒツキ

暑い季節は青春がいっぱい

ドッパ・イーツです

 高校一年生の夏。

 山と海に挟まれた土地に住むオレは、山のふもとから少し上った辺りにある、古民家で生活をしている。


 シティボーイに教えてやりたい。


 自然は最高。

 人間は最悪。


 これが田舎の現実だ。

 だから、暮らすなら畑を自分で耕したり、仕事をしている人なら在宅でできる人や打たれ強い人が望ましいだろう。


 ともあれ、オレの現状は最高であり、最悪だ。

 母はオレが小学校の頃に他界。

 残った父が育ててくれたが、職場をリストラされ、ストレスに耐えかねたのか、蒸発してしまった。


 オレは恨んでいない。

 だって、ずっと頑張ってる所を見てきたからな。

 元々、気が弱い人だった。

 同じ人間なんだから、我慢の限界が来たっておかしくない。


 そして、オレは老朽化の進んだ古民家で、一人暮らし。


 もしも、イケメンだったら、可愛い女の子を連れ込んで、ハッピーライフを送るつもりだ。

 生憎、オレは中肉中背のどこにでもいる男子。

 ゲームで言うところのモブだ。


 そんなオレは、現在親戚のおばさんに面倒を見られ、誰もいない家で半分自給自足の生活をしている。


 せめて、働いているのなら、「やれやれ」と言った気怠い感じを演出し、妄想に耽ることができる。


 ところが、高校生の一人暮らしは、過酷だ。

 畑が一番、キツい。


 種を植えたとして、必ず収穫できるわけではない。

 ガチャと似たようなものだ。

 だけど、肥料や石灰を持っておけば、大体育ってくれる。


 幸い、古民家の庭は広くて、庭の向こうには林がある。

 自然に富んでいるので、土は良い。


 何より、自然に富んでいるということは、こういうことが起こる。


「あっち行けよ、テメェ!」


 オレはホウキとチリトリを装備し、畑の前である物体と睨み合っていた。


 蛇である。

 無駄に洗練された無駄のない動きで、奴は体をくねらせ、オレの作業の邪魔をする。


 自分で土を弄るようになってから、気づいたのだ。

 逃げてくれる蛇は、メチャクチャ良い蛇。

 だが、勇者ばりに立ち向かってくる蛇は、邪悪である。


「くそ。黒い鱗が、太陽に煌めいて、メチャクチャ気持ち悪いぜ!」


 冷や汗を流しつつ、オレはホウキで奴の行く末を妨害する。

 ゲームで鍛えられた観察力は、伊達じゃない。

 オレが邪魔をすると、奴は怒る。

 怒った時の行動は、チンピラが貧乏揺すりをするかのように、尻尾をペチペチと小刻みに震わせるのだ。


「来るか? 来るか? ……ひいっ! きた!」


 カン、とチリトリに蛇の頭部が当たった。

 脇や尻など、いつもは汗を掻かない場所がぐっしょりしている。


 決して遊んでるわけではなくて、本当に戦っているのだ。

 足元をチリトリとホウキでガードし、「行けよオオオオォッ!」と腹の底から叫んだ。


 オレが格闘していると、何やら玄関からインターホンの音が聞こえた。


 ピピピピ、ピンポン!


 音の出方からして、絶対に礼儀知らずな奴だと分かった。

 連続で押さない限り、インターホンの音が途切れ途切れにはならない。


「ハァ、ハァ、頼む。今日の所は見逃してくれ。客人がきたんだ」


 犬みたいに唸り声を上げた蛇は、オレがジッとしていると、頭部の向きを変える。


「すいませーん! 高島さんのお宅ですかぁ⁉」

「はーい!」

「ドッパ・イーツでーす!」

「……ドッパ・イーツ?」


 ドッパ・イーツとは、近年始まったばかりのデリバリーサービスだ。

 サイクリング・デリバリーの事で、自転車に乗った方が、注文者の代わりに料理を取りに行ってくれて、運んでくれるというありがたいサービス。


 蛇が高速で茂みの向こうに行ったのを確認し、オレは息を整えて、縁側から家の中に入る。


 古民家は小さくて、ボロボロ。

 縁側は、そのまま廊下になっている。

 道なりに真っ直ぐ行くと、玄関に辿り着いた。


 引き戸は、黒ずんだ木の格子がはめられており、中には磨りガラスがはめられている。ガラス越しには、人影が映っており、「はーい」と声を出し、戸を引いた。


「どもっ。ドッパ・イーツです!」


 驚いて固まってしまった。

 玄関戸の向こうにいたのは、同じクラスの黄野おうのツムギだった。


 こんがりと焼けた、真っ黒い肌。

 ヘルメットからは、茶色の髪が飛び出している。

 セミショートの髪は毛先が跳ねており、全体的にスポーティな雰囲気だった。


 若干、サイクリングウェアの端から見切れた肌は、餅のように白い。

 綺麗に焼けた肌と地肌を見ると、どれだけ外を動き回っているのかが窺えた。


 何より爛々と輝いている、元気いっぱいの丸い目。

 やや大きめで、何となく人懐っこい性格が目の輝きから伝わってくる。


 黄野は可愛いけど、問題はそこじゃない。


「あの、頼んでません」

「はい。これ」


 渡されたのは、ピザの箱だった。

 当然、今まで蛇と格闘していたオレは、頼む余裕なんてない。


「すいません。頼んでないんですけど……」

「あー……、お代は結構です。じゃ」

「ちょっ」


 黄野はオレの声を無視して、傍に停めていた自転車に跨る。

 オレの家から続く、緩やかさな坂道をノーブレーキで走り、細い路地を走っていく。


 残されたオレは、その場で箱を空ける。


「……冷めてるなぁ」


 カチカチになったピザが、箱の中に入っていた。

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