百鬼夜行

 

 〇


 平成十三年、十月二十八日深夜。福岡県福岡市博多区の地下鉄祇園駅を中心とし半径六百メートルは完全な闇に覆われた。外から闇の中を視認することは不可能であった。

 この闇は結果的に約四時間にわたり継続され、その間に闇から出てきたのは二人だけであった。急造された対策本部(以後、本部と表記)はこの二人(逢沢時生、坂倉愛美)を脱出生存者として扱い、私にその場で聴取をするように命じた。しかし、両者とも話が通じる状態ではなく、一人でなにかを話しているようであったため、それを録音。以下、録音したものを書き起こしたものである。


 逢沢時生(アイザワトキオ)

「妖怪、鬼、色んな妖が歩いてる。急に空が暗くなった。夜の暗さなんかじゃなかった。黒いのっぺりとしたものが空を覆った。そしたら、いろんな所から鬼が、妖怪が出てきた。僕はそれに見られたけど、見られただけだった。(約二十秒間ほど発狂)見られただけのはずなのに!なんで!」


 坂倉愛美(サカクラアイミ)

「友達と呑んでた帰り道でした。友達が空を見上げて、あっ!と言ったんです。私も釣られて空を見たんです。そしたらそこに大きな目がありました。大きな目はぎょろって目玉を動かしたかと思ったら目玉の周りから黒いのっぺりとした膜のようなものが街を囲むように垂れてきたんです。その膜が地面に着いた時に街の灯りは全部消えてしまって真っ暗闇になりました。私は怖くてとにかく走りました。途中、どこからか火の手が上がってケタケタと笑う声が聞こえた気がしました。人がいると思って駆け寄ったんです。でもそれは私よりも一回りほど大きな鬼でした。頭に角は生えてなかったんです。でも、鬼だと分かりました。体の色がみんなおかしかったから。上がった火の手は松明でした。私はまた一心不乱に走りました。それで出てこれたんです。でもダメなんです。もう何も聞こえないし何も見えない。もうダメなんです。なんで私が」


 脱出生存者の逢沢時生は「なんで!」の直後、坂倉愛美は「なんで私が」の直後に死亡した。検死官による報告書では死因は老衰と記載されていた。


 現在、闇が晴れてから約五十二時間が経過した。本部の報告書では闇の中での負傷者は居らず、生存者は五百七十三名、死亡者は三百四十四名、行方不明者は十八名であった。


 本部は例の四時間のことを数少ない記録の内容にちなんで【百鬼夜行】と名をつけた。今後も調査を続ける。との事であった。

 私の報告は以上になる。

 以下、死亡者三百四十四名、行方不明者十八名のうち数名が【百鬼夜行】に関して記録をしている物のコピー、または書き起こしである。生存者からの証言が取れないのは生存者全員が【百鬼夜行】時に、既に就寝しており気づくことがなかったからと予測される。これは私の予測であるが【百鬼夜行】開始時に就寝している場合、【百鬼夜行】終了時まで起床することはないのではないかと考える。この怪事件は分からないことが多すぎる。


 私は捜査に行くことが決まっている。最悪の事態が起こると帰って来れない可能性が高い。

 私の後を継ぐ捜査官が役に立ててくれることを信じる。


 百鬼夜行捜査及び対策実行官 冨田忠彦


 〇


 草薙優香(クサナギユウカ)の日記帳をコピーにより抜粋


 十月二十八日(日)

 

 なにこれ!今私はすごいものを見ている!妖怪?鬼?分からないけど少なくとも人では無い何かが列を成して歩いてる!まるで百鬼夜行のように!

 ずっとゲームしてたのに急に電源が落ちたと思ったらここら辺が停電してるみたい。懐中電灯がなかったら何も見えなかった。

 妖怪たちは御供所通りを北西に真っ直ぐ歩いてる。列に従わない妖怪もいる。その妖怪がどこに行ったのか分からない。

 (文字が乱れて判別不能)!どうしようどうしよう。見られてしまった。一つ目小僧というものかな?列の中で足を止めたと思ったら急に私を見てきた。怖い、どうしよう。

 もう一度、列を見てみる。

 あの一つ目は列にはいなかった。でも代わりに私の家のベランダにいる。口は無い。大きな目で私を見てる。ああ死んでしまうのかな私は。嫌だ死にたくない。おかあさ


 ここで草薙優香の字は途切れている。草薙優香は死亡が確認され死因は老衰である。

 (要確認)

 この日記帳は草薙優香の遺体の横に閉じた状態で置いてあった。


 〇


 林田常彦(ハヤシダツネヒコ)の手記をコピーにより抜粋。


 ワシは今何を見とる。

 今日も冷泉公園で寝るために準備をしとった。急に空に目の玉が出てきたかと思えば次の時には、周りは真っ暗だ。

 真っ暗の中、赤い光が見えたかと思えばあれはふらり火ではないか。あやかしの類が目の前にいる。

 気づけば冷泉通りは妖と鬼とで行進をしている。これではまるで百鬼夜行だ。本当にあったのか。

 おお、鬼が踊っているぞ。楽しそうだ。

 百鬼夜行を間近で見たものは死ぬとされとる。ワシは死ぬ。もし、この手記を見たものが居れば何かに役立てるといい。

 このとおり、百鬼夜行は存在したのだ。

 しかし、実に愉快だ、太鼓の音が鳴り響き、鬼と妖は手を組んで踊り、大博通りに向かっとる。いいものを見れた。


 これ以降、手記には書き込みは見つからなかった。林田常彦は浮浪者と思われ正確な名前は不明。これ以前の手記の内容により林田常彦を所有者であり所有者の名前と断定した。

 (要確認)

 周囲に林田常彦と断定できる遺体は見つかっておらず現在捜索中。


 〇


 嘉麻哲平(カマテッペイ)のICレコーダー「Voice-Trek V-10」より録音音声の書き起こし。尚、本体に関しては本部が厳重保管中。


 (録音中、常に背後では太鼓の音がする)

「あー、俺は嘉麻哲平。今すごいことが起きてる。ってより、最初から見てた。死ぬかもしんねぇから死ぬ前に録音して残してみる。俺は、さっきまで女と呑んでたんだけど帰ってる時、ふと空を見たんだ。そしたらデカい目が浮かんでた。思わず「あっ」って叫んじまった。連れの女も釣られて上を見た時だった。デカい目玉は急にぐるっと動いて変な真っ黒い膜?みたいなのを垂らしてきた。それはここら辺を囲むように落ちてきた。落ちたと思ったら周りは真っ暗になった。少したった頃だった。暗闇に目が慣れてきた時に気づいたんだけど、地面から鬼が這い上がってきてた。多分妖怪みたいなやつらもいたから鬼だけじゃないと思うけど。その時点で連れの女はどっかに消えてた。今は心配で探してるけど全然見当たらない。光は鬼たちが持ってる松明?みたいなのがある。あとはなんかでかい火の玉みたいなのが飛んでる」

 (ここで1度音声は途切れる。また、これ以降の音声は所々、聞き取りが不可能であった。)

「やばい!見つ……て今走ってる!すげぇ逃げてん…に!あい…ら整列して追っ……きてる!足早すぎ!なんだよ!くそ!あい……じょうぶかな!逃げ………かな!生き……欲しいな!ああ……あああ……ああ!」


 これ以降も録音は続くが太鼓の音が聞こえるだけであり、有力な情報はないと判断された。

 嘉麻哲平はこのレコーダーを抱き抱えるようにして死亡。死因は頭部に激しい損傷が見られ詳しくは明らかでないが、鈍器による撲殺であると思われる。嘉麻哲平の持ち物から名前の漢字を特定した。


 〇


 所有者不明の日記帳をコピーにより抜粋


 十月二十八日


 私は趣味で小説を書いている者である。

 現実とは思えないことが起きたが故、ここに記載する。

 先刻、夜空に巨大な眼球が現れた。「なんだあれは!」と思う時には既にその眼球は運動を開始。ぎょろりと自らを動かすと眼球の裏の方であろうか、そこから黒く、のぺっとした暖簾のようなものが垂れ下がってきた。それはただ垂れ下がる訳ではなく、この祇園の街を囲むかのようにドーム状に垂れてきた。

 暖簾の端が地に着いたであろう時、全ての電気機関が活動を停止、祇園は闇に包まれた。

 しばらくすると太鼓の音が聞こえてきた。それは私が立っていた地面からであった。危機を感じた私は急いで物陰へと身を寄せた。

 私が隠れてまもなく、闇に隠れて地面からずるりと腕が生えてきた、次に頭、胴体と人の形をした者が地面から這いずり出てきたのだ。しかしそれは人と呼ぶにはあまりにも大きく、肌の色はぬらりと青く光っていた。「鬼か」と思った。

 そうこうせぬ間に、次々と鬼は現れた。中には松明を持った鬼が当たりを照らし何やら話し合っていた。そして話し終わると地面をひと叩きした。するとどうであろうか、地面から絵に描いたような魑魅魍魎がぬるりぬるりと生まれ出てきた。生まれとは書いたがずっと地の下にいたのでは無いかと思う。

 ある程度、地面からは何も出てこなくなった時、あの青い鬼が叫んだ。そして魑魅魍魎達は整列しそれを囲むかのように鬼は整列した。「百鬼夜行が始まるのだ」と確信した私は後をつけることにした。


 あれからどのくらい経ったであろうか。

 鬼と魑魅魍魎の存在は踊り、歌い、たまに人を殺しては整列して真っ直ぐと歩いていた。私は緑橋の傍から、その列のはるか後ろにくっついていた。途中、承天寺通りや御供所通りからも列は流れ込んで合流した。皆、どこかへ向かっていると思った。

 

 私は今、地下鉄祇園駅のホームにてこれを書いている。周りには鬼も妖もいるが何故か私を殺さない。私の狙いが分かるのだろう。

 先程、百鬼夜行が目指す場所が祇園駅であると確信した私はそのままついて行くことにした。私の妄想的予想が正しければ、祇園駅にはこの世界では無い別の世界に行く電車が来るだろう。

 おそらく、私の妄想は現実に変わる。

 祇園駅に着くと妖の整列していた列は崩れ、皆、我先にとホームの乗車口に向かった。電車に早く乗りたいがための行動は人間と同じなのだなと思ったりもした。いや、人間の真似事をしているだけかもしれないが。

 今は気分が軽い。別世界の住人が私を歓迎してくれている気がする。


 電車が来たようだ、なるほど。なんとも異世界の電車らしいではないか。私だけが知れる世界。素晴らしい。


 この日記帳はここへ置いていく。

 何かの役に立つといいが、何も変わらぬ。また必ず、百鬼夜行は行われる。私も参加して地から這い上がるつもりだから、その時はよろしく頼むよ。


 それでは、また会おう。



 この日記帳は地下鉄祇園駅のホームの乗車口に落ちていたところを回収。持ち主は不明。過去の日記の記載からも手掛かりは掴めかった。



 (要全体確認)

 百鬼夜行以降、京都府の祇園四条駅周辺にて不自然な行方不明者多発。目撃者は口を揃えて「地面に吸われた」と証言しており、福岡県で発生した【百鬼夜行】が再度発生する可能性がある。そのため現在も在籍している百鬼夜行捜査及び対策実行官は至急京都へ出動命令が下された。

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