第6話

 アーシュラ・レイブンは最強の黒魔術師。


 魔王討伐でも主砲として活躍し、英雄となった。


 しかし他の三名、アレン、ベルモンド、リリーとは違い、魔王討伐後の動向は一切が不明となっていた。


 ミステリアスな黒魔女。それがルークのイメージだ。


 しかし、実際のアーシュラは息子二人のお母さんだった。


「ママ~。お腹空いた~」


「さっき食べたでしょ。お客さんがいるからお兄ちゃんとお外で遊んできて」


 息子二人にそう告げて、アーシュラはコンラッドの淹れた紅茶を淹れ直し、お茶菓子などを用意した。


 それを見てアレンは複雑そうな笑みを浮かべた。


「なんだか随分変わったね」


「そう? まあ子供を産むとどうしてもねえ」


 スマートだったアーシュラだが今では少しだけ肉付きがよくなっている。


「いや、体型だけじゃなくて色々と。昔の君はもっとこう、性格がきつかったというか」


「なによそれ? わたしってそんなんだった?」


 アーシュラに尋ねられ、コンラッドは苦笑する。


「いや、君はずっと優しかったよ……」


「でしょう♪」


 アーシュラはニコリと笑った。ルークはなぜだか怖くなる。


「それにしても懐かしいわあ。リリーとベルモンドは元気?」


 アレンは頷いた。


「二人とも元気だよ。今は一緒に後輩達を鍛えてる。本当は君も誘うつもりだったんだけどタイミングがなかった。魔王討伐のあと、見なくなったと思っていたらまさか師匠と結婚するとはね。どこで仲良くなってたんだか……。俺はちっとも気付かなかったよ」


「あら。リリーとベルモンドは知ってたわよ。あなたが鈍いだけなんじゃない?」


「それは生徒からもよく言われる」


 アレンは苦笑した。


 アーシュラはカップに淹れた紅茶をアレンの前に置いた。


「昔話をするためにわざわざ来てくれたの?」


「いや、それなんだけど色々あってね」


 アレンは経緯を説明した。


「ということなんだ。だから師匠を借りたくて……」


「ダメよ」


「即答か……」


「当たり前でしょ? 息子が二人もいるのよ。それに畑もあるし、収穫もしないといけないの。とてもじゃないけど世界を救ってる暇なんてないわ。ね?」


 コンラッドはコクコクと頷く。


「言っただろ?」


「困ったな……。このままだと世界が滅んでしまう…………」


 アレンは腕を組んで悩んでいた。


 話を聞いていたルークは声をあげた。


「いや! おかしいだろ! 世界の危機なんだぞ!? 普通は快く送り出すべきだろ! あんたも英雄だったら分かるでしょ!?」


 ルークがアーシュラを指差すとコンラッドが怒り出した。


「おい! うちの嫁さんを困らせるな! あとが大変だろ!」


「なんだよそれ!? あんた状況が分かってんのかよ!? 魔神が復活するんだぞ!」


「うるさい! 分かってないのはお前の方だ! なにが魔神だ! アーシュラの方が十倍怖いわ!」


 アーシュラはムッとした。


「人を化け物みたいに言わないで」


「いや、そう言うわけじゃ……。でも実際俺より遙かに強いわけだし……」


 ルークは驚いた。コンラッドを凌駕する実力などあり得るのだろうかと怪しむ。


 しかしアレンは違い、苦笑していた。


「みたいだね。魔力の量も桁違いに増えてる。今なら一人で魔王も討伐できそうだ」


「なんか妊娠すると魔力が増える体質みたいなのよね。おかげで力の調節が大変なのよ。家が壊れるから魔術も使えないし、色々と不便だわ」


 アーシュラは困り顔だった。


 アレンは窓の外をチラリと見た。


 そこには夫婦げんかの末に大きく抉られた山が見える。


「……あはは。もしよかったら君が代わりに来てくれてもいい。子供達を王都の学校に通わせられるよ?」


「今は無理よ」


 アーシュラはお腹に優しく触れた。


「この子がいるから安静にしておかないと。それに都会は好きじゃないし」


「三人目……か……。えっと、おめでどう」


「ありがとう」


 ニコリと微笑むアーシュラだが、アレンは当てが外れてしまった。


 実は最も確実なのはアーシュラを魔神復活阻止の為の部隊に連れていくことだったのだが、妊娠しているのであれば不可能だ。


 コンラッドもそれが分かっていた。


「もういいだろ? 新しく家族も増えるし、俺もたくさん働かないといけないんだよ。魔神だったらお前らだけでもどうにかしてくれ。師匠を使う前に自分が汗を掛けよ」


「それがそうはいかないんですよ。俺達は謂わばお守りですから」


「お守り?」


「魔神が復活でもしてみてください。誰が王都を守るんですか? 誰が王族を守護するのか? なんていう風に言われるわけです」


「無視すればいいだろ?」


「そうもいきません。それだけ学園は大きくなり、責任は増えたんです。そのせいで俺とベルとリリーは動けません」


 そう説明し、嘆息するアレンは随分疲れて見えた。

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