第16話 正直な気持ち。


 そして放課後。


 あんなに気になることを言われては、午後からの授業が上の空になるのは仕方ない。……仕方ないよな?


「相良、ほら、いこ」


 ホームルームが終わったと同時に、を肩から下げた鳴海さんがやってきて俺の手を取る。


 周りのクラスメイトは帰り支度や部活の準備に忙しいのか、俺たちに気を止める様子もない。


 ……と思っていたんだけど。


「あ、真凛! どこ行くの〜?」


 スクールバッグを肩から下げた姫乃さんがやってきて、俺たちに声をかけたことをきっかけに、周りの目がこちらに向く。


 しかし、今ではもうすっかり慣れたものだ。それに、最近ではクラスメイトとも話すことも増えたし。


 隣の席の高橋くんとは最近のゲームについてよく話すし、前の席の大野くんはサッカー部だけど、俺みたいなオタクにも気さくに話しかけてくれるいい人だ。……まぁ、大体は姫乃さんについての話なんだけど。


「あ、姫乃さん――」


「ほら、行くよ!」


「え、ちょ」


「真凛〜! 待ってよ〜!!」


 話しかけてきてくれた姫乃さんに対応しようとしたら、腕を強く引かれそのまま連れられていく。……そんなに急いでどうしたんだろう?


 そのままの勢いで俺たち二人は、学校から出て帰路に着く。その間、鳴海さんはなぜか無言だった。


 俺たちの家は同じ方向だ。鳴海さんが家に来る時はそのまま一緒に帰るけど、今日はどうやら違うらしい。


「ちょっときて」


 そう言っていつもと違う道へと連れて行かれる。こっちにはいつも母さんが利用しているスーパーがあるだけだけど。


「なにか買い物?」


「そ。食べたいものある?」


 食べたいもの……? 急に言われてもなかなか困るな。好きなものはたくさんあるけど。


 ……そういえば、鳴海さんの好物は焼き魚だったっけ。こないだ家で一緒に夕食を食べた時そんな話をしたような。


「焼き鮭が食べたいな。……あ、あと肉じゃが」


 ちょうどいいし、そう答えてみる。さりげなく俺の好物も。


 俺の返答を聞いた鳴海さんは、少し目を見開いたあとニコリと微笑む。その笑顔はいつもよりも楽しげに見えた。


「おっけ。えっと、シャケとジャガイモと……」


 どうやら今日の夕食の買い出しに来たみたいだな。鳴海さんは必要な食材をブツブツと呟きながら買い物カゴに手を伸ばす。


「俺が持つよ」


「あ、ありがと。……やるじゃん、相良」


 さりげなくそのカゴを受け取り、鳴海さんの隣について店内を歩く。


 見慣れた風景。でも、今日は隣に鳴海さんがいる。一緒に買い物をするのは初めてじゃないけど、どこか胸が高鳴る。


 ちら、と隣を歩く鳴海さんの顔を見る。真剣に食材を選ぶ瞳。唇に手を当て考えている姿。そのどれもが絵になっていた。


「どうしたの。じろじろ見て」


 鳴海さんの綺麗にメイクされた切れ長の瞳が、俺を捉える。その瞳に映る俺はさぞ驚いた顔をしているだろう。


「え、いやその」


「そんなに私の顔が好きなんだ?」


 いたすらっぽく笑う鳴海さん。


 ……確かに鳴海さんの顔は好きだけど、それを正直に言うのは……いやでも。いつも揶揄われているんだ。たまには仕返しをしてみようか。


「――うん。好きだよ。笑った顔とか、すごく可愛いって思うし。いつもはクールだからギャップがすごいというか」


 平静を必死に装いながらそう伝える。でも、俺がこんなこと言っても鳴海さんは表情ひとつ変えないだろうな……。


「え、あ……。ほ、ほんとに……?」


 てっきり適当に流されると思っていたら、鳴海さんはその切れ長の瞳を揺らしながら、顔を逸らしてしまう。


 ……あれ? 思ってた反応と違うような。


「鳴海さん? どうしたの?」


 いつもと違う鳴海さんの様子に、思わずそう問いかけてしまう。


「……相良のくせに生意気」


「むぐっ」


 鳴海さんの細くて白い指が伸びてきて、ひんやりと冷たい感触が優しく俺の頬をムニムニと挟み込む。その顔は心なしが赤く染まっている。


「そういうこと、花梨ちゃんにもいつも言ってるんだ?」


「ふがふが」


 た、確かにそんなコメントはたくさんしてるけど、鳴海さんがとても魅力的で可愛いというのは俺の本心。


「……ふふっ。まぁ今日のところは許してあげよう」


 冷たい感触が離れていき、鳴海さんが優しく微笑む。


 ……やっぱり、可愛いな。


 でも、その言葉は俺の胸にしまっておく。もう少し、あとほんの少し、鳴海さんと仲良くなれたら伝えよう。


 ――花梨ちゃんよりも可愛いよ、と。


 ◇◇◇


 買い物を終え、俺たちは家に向かう。


 俺のリクエストした焼き魚と、肉じゃがの食材と、少しのお菓子が詰まったスーパーの袋を二人で持ちながら歩く。


 重みを分かち合っていると、なぜか懐かしい気持ちになる。昔、この道を母さんとよくこうやって歩いたっけ。


 鳴海さんと話すようになって一ヶ月。これまでのことを思い出しながら、夕暮れに沈んでいく街並みを眺める。


 周りの家から漂う夕食の匂いと、隣を歩く鳴海さんからふわりと香るかすかな香水の匂い。


 ――いつからだろう。人と話すことが怖くなったのは。今では思い出せないけど、それは些細なきっかけだったのかもしれない。


 逃げるようにアニメやマンガにのめり込んだ俺は、いつしか自分の殻に閉じこもるようになっていた。


 でも、今は違う。鳴海さんのおかげで、クラスメイトとも話せるようになったし、たくさんの思い出ができた。


 俺たちを繋げてくれた花梨ちゃん。そして、俺を外の世界に連れ出してくれた鳴海さん。二人のおかげで俺は変わることができた。


 俺の力では大したことはできないかもしれないけど、全力でこの恩を返したい。そのためにも、【鳴海さん、花梨ちゃん化計画】を絶対に成功させないと。


「ありがとう、鳴海さん」


「……どうしたの、急に」


 気付けばそんな言葉が俺の口からこぼれていた。


「この一ヶ月、すごく楽しかったから。外の世界に連れ出してくれた鳴海さんにはすごく感謝してるんだ。……絶対に成功させようね、【鳴海さん花梨ちゃん化計画】」


「当たり前じゃん。相良と私なら絶対に出来るよ」


 今は一人じゃない。隣には鳴海さんがいる。それに、姫乃さんも。


「そうだね。鳴海さんと俺なら……」


 小さく呟いた俺の声は、オレンジ色に染まる空に消えていく。


「さ、着いたよ」


 気付けば家の前。母さんの車が車庫に停まっているのを見るに、今日は早めに帰ってこれたらしい。


「言い忘れてたけど」


 こちらを振り向き、鳴海さんがしっかりと俺を見つめながら言う。……なんだろう?


「――今日、相良んちに泊まるから」


「……はい!?」


 と、泊まる……!?!?


 ――すっかり暗くなった街並みに、俺の驚いた声が響き渡るのだった。



──

ここまでお読みいただきありがとうございます!

ついに鳴海さん(と母親)の計画が……!?


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