04... 人間ってすること多くない?
「コクー。目を開けてください、コクー。ねえ、目を開けて」
「う……なに……」
意識を取り戻す。という経験は始めてだった。目の前が急激に開けて、色を取り戻していく。意図せず細まる瞳は目覚めへを嫌がる身体の反応だろうか。
がんがんと痛む頭を手のひらで押さえる。正しくは頭の表面ではなく、頭の奥底が鈍く軋んでいた。
痛い、という経験も始めてだ。出来れば一生経験したくなかった。
ぼやあと曖昧な思考は徐々に輪郭を成して、目の前の事態を認識する。
小さな人間。
人間の村でよく見た小さな人間だ。
確か、子ども。
人間は赤ん坊から子ども、大人、老人と歳を重ねていくとか。多分これは、その子どもの部分。
「……誰?」
「先ほどまで話していたでしょう。ギョーセーですよ」
無駄に畏まったその口調は乾杯を共に告げた魔族だ。秘密を共有した魔族に他ならない。
銀色に輝く髪色は以前そのまま。魔族の時より少し短くなって、肩より少し伸びているくらいなっている。
「人間になったんだ。オレも変わった?」
「ええ、変わりましたね」
両手を眼前へと持ち上げたら白く柔い肌が現れた。肘、肩、胸、お腹、足と至る所に視線を移していく。
「ええっ、なに!? なにこの格好! ああっ、体が震える!」
「人間は裸というその格好が本来の状態らしいです。何も着ていない状態です。震えるのは、恐らく寒いのでしょう」
「こわ……もう死ぬの……?」
二の腕辺りをさすった。鼻がぐずぐずする気がする。
「あとギョーセーさぁ……小さくなった?」
冷たい腕を絶えずさすりながら、随分と縮んでしまった元魔族を見やる。
これで何歳くらいなんだろうか。子供の形をした魔族は見たことがない。ついでに言うと老人の魔族も見たことがない。
「どうやら人間で言う子どもになったようです。小さくて、柔らかくて、また不便な体になってしまったものですよ。相手の油断を誘うのにはちょうどいいですが」
えげつないね。
子どもといえば、人間の輪の中で守られている存在のはずだ。
「さぁ、裸の上に布で出来た衣服を着ますよ。裸を他人に見せるのは恥ずかしいことだとか。覚えていてくださいね。一先ずこちらをその辺から用意しました」
「裸が恥ずかしいとか言いながら、死体を裸にしてきたの?」
「失礼ですね。手荷物から拝借してきたんです」
街とかで見るよりずっと簡素な衣服だった。薄汚れていた。
その汚れを見る目はオレよりもギョーセーの方が不快感を示していた。他に着るものも無いから文句など言えやしないけれど。
余談として。
魔力の集合体が意思を持つことによって作られる魔族は、生まれた瞬間から生まれて消えるまでの様相が全て決まる。人型の魔族は所謂衣服を着用した状態で生まれ落ちる。
あくまで魔力の集合体。脱ぐことはできない。衣服の下には肌はない。魔力があるだけ。衣服が攻撃を受けても魔力が欠けるのみ。失った魔力は時間が経てば修復される。
重ね着することは出来るだろうが、試そうと思ったこともなかった。
ああ、なんだよこれ頭出せないじゃん。どこだよ手を出すところ。
苦労しながら着替えを進める最中。
「その前にさ、お前のその足の間にぶら下がってるの何?」
ぴっと指先から伸びた爪で指し示した。魔族の時より爪が短くなった気がする。
「人間には身体的に二つの性別があって、見た目でいえば男にはこれが付いてます。あなたは女性のようですね」
「ふーん。ま、どっちでもいーけどぉ。……あーもー! 着れない! こんなんすぐ脱げて裸になんじゃない!?」
魔族に性別はない。子孫を残すこともない。
だから男とか女とかピンとこないな。
人間には性差によって身体的に差があったとしても、基本戦法が魔力、もとい今は聖なる力で押し切るつもりだから、それに耐えうる器なら何ら問題はない。
漸く身なりを整えた。
服の袖が、丈が短い気がする。この個体は一般的に見ても長そうだ。
改めて見た髪先は随分とくすみがかった桃色で、肩よりも短い。
ふと腹部がぐうと音を鳴らす。
「今度はなに……死ぬの……?」
「お腹を空かせているのでしょう。人間は食事をとります。食べ物や飲み物を摂取しないと死ぬ、のは知っていますね」
「人間ってすること多くない?」
「食事と身体を清潔に保つこと、睡眠は絶対です」
「絶対なのかぁ……」
魔族は食事をしない。魔力で出来た体だから入浴もしない。そもそも汚れない。汚れなんて叩けば落ちる。雑。
睡眠も取らないが、代わりに欠損した魔力を補うべく必要最低限の機能以外を閉ざして空中に漂う魔力を吸収する時間は取っている。
ただ動いているだけでも魔力は消費するし、消費し過ぎると体の働きが鈍くなる。
衣服と同様に奪った干し肉をなんとか噛み締めつつ人間の生活について更なる学びを得ていると。
「なんかさぁ、下腹部がもぞもぞする……」
「……それが尿意です。本来はトイレというところで用を足すのですが、まあ人目のつかないところでなんとかしてきてください」
「なんとかってなに!? 何するの!?」
「服は汚さないでくださいね。草とかで清潔感保ってくださいね。頑張ってくださいね」
「付いてきてよ!」
「いやですよ!」
魔族は当然トイレにも行かない。
人間は面倒な生き物だ。
げっそりとした。何が正解か分からない。
正解じゃなくても、せめて間違っていないことを願いたい。
「あなたは人間で言うところの、何も知らない赤ん坊のようなものです。が、怪しまれないためにも人間としての生き方を身に付けなければ。魔族だということがバレて殺されてしまっては、何も果たせない」
「ギョーセーさぁ、なんでそんな人間に詳しいわけ?」
未だに干し肉と格闘をしながら問い掛ける。ギョーセーだって同じ魔族なのに、始まりの知識量が違いすぎる。
「……、……コクーが知らな過ぎるんです。他の魔族だってもっと人間の生態を知ってますよ……」
最早呆れ気味だ。
とはいえ確かに差があるのは仕方ないだろう。オレよりギョーセーの方が魔族として生きてきた年数はずっと長い。魔王並に長い。故に魔王に近い存在だった。
人間と魔族は似ているようで全く違う。一番分かりやすい違いは纏っている聖なる力と魔力の違い。どんな奴でもその力の違いくらいは分かるから、今まで相手になりすますことは出来ないとされていた。今までは。
人間になってみて分かる。もうオレに魔力は無い。聖なる力が与えられている。
ちなみに人間と魔族の違いとして、後はツノの有無がある。すべての魔族は大きなツノを持っていて、そこから漂う魔力を得ているから。
自身の額にそうっと触れた。それも、もう無い。
人間になったんだ。
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