02... 魔族が魔王の死を喜んでいたってこと?
「で、あなたは何故こんなところに倒れているのですか?」
銀髪の魔族が足先でちょいとオレの身体を揺らす。
「会って早々言うに事欠いてそれ? 大丈夫か、とかないわけ?」
重たい身体を起こしてみるも、身体には未だ所々小さな欠損がある。壊れたブリキのおもちゃのように不気味な動きだ。
昔はもっと修復が早かったが、魔王が居なくなったために魔力が足りないのだろう。きっとこの城に残存する魔力で、なんとか抉れた身体を直している。
「あなたもてっきり、魔王の敵討ちに向かったのかと」
「行きたくても、まともな足も無いし」
修復が間に合ってない足を指差す。
そして何となしに動きの鈍い片腕をぐるりと回してみた。
人間の感じる痛みは、魔族には分からない。腕や足が一本無くなっても魔族は平気な顔をする。二本無くなったって同様に。ただそれ以上欠損させると、魔力が塊を維持できずに魔族の身体は跡形もなく霧散するだろう。
「なるほど。ずっと、ですか?」
「ずっと、だね」
「いつから?」
「魔王が死んだあたりから」
「くだんの最初じゃないですか」
「うん。仲間外れにされたままどんどん時代が移ろってて悲しい」
魔王の居ない世界へと流れいく様を見ぬうちに、世界は普遍の平穏を享受しようとしているようだ。
軽口のように淡々と紡ぐオレの言葉と反対に、顎に指を添えて僅かに考える素振り見せる銀髪の魔族は真面目なご様子。じいっと真っ直ぐにこちらへ視線を落とす。
「……見たんですか。魔王が討たれるところを」
こちらも顔を上げれば漸く視線が交差して、銀髪の魔族の目の奥に記憶を暴く意志を見取る。
遮るようにそっと目蓋を伏せたなら、肩を大袈裟に竦めてみせた。
「城に漂う魔力の流れが少しおかしくなったからさぁ、急いでここに来たんだけど、すでに魔王のお腹は穴空き。で、ムカついたからオレが暴れてみたけどまんまとやられて、上層階から床破壊しながら落っこちて今に至るってところ」
崩壊した部屋や直しきれていない身体を見れば、嘘をついてないことは分かってもらえる筈。
銀髪の魔族は少し眉を顰める。
「……勝てなかったんですか」
「強かった。その名は飾りじゃないみたい」
魔族に生まれて数十年か数百年か、すでに数えるのは止めてしまったものの、そこそこの強さの自負はあった。それがこのザマ。
はぁ、と軽く息を吐いて今度はこちらが同様の疑問を投げ掛ける。
「あのさ、お前こそなんでここにいるの。どちらかと言えばお前の方が魔王に近い存在だったじゃん。復讐に燃えそうなのは、誰よりもお前だよ」
銀髪の魔族が分かりやすく不機嫌そうに顔を歪めた。だからといって、どうして何でを撤回するつもりもない。暫く重たい沈黙が空間を覆ってから、逡巡を経た回答が告げられる。
「……向かいましたよ。勇者と魔族の戦いの場に。その途中で、聞いてしまったから……僕は一人朽ちるわけにはいかなくなったのです。真実が消えてしまうから」
「え、なに?」
どうやら物語は上部に語られるより内容が濃いらしい。まるで見えないページを捲るようだ。
双眸を不思議そうに瞬かせる。
銀髪の魔族の躊躇いがちな唇が秘密を明らかにしていった。
「魔族が話しているのを聞いたんです。魔王が死んでよかったと」
「……え!? 魔族が? 魔族が魔王の死を喜んでいたってこと?」
「理解できませんよね……」
オレは腕を組んで足を組んで、うーんと首を傾げてみせる。
続きを口にすることすら躊躇させながら銀髪の魔族はオレの横に座り込む。お行儀良く足を畳んで。悼むように。
「当然、締め上げさせていただきました」
「あ、そう……」
愚かな同胞の顛末が想像できすぎる。
「命までも奪うつもりはありませんでした。完全に僕の八つ当たりであり、僕に裁く権利は到底ありませんから。……しかしその魔族は言いました。ざまあみろ、魔族どもと。オレの仲間がやったんだ、と。」
「んん?」
ちんぷんかんぷんな展開に頭上で疑問符が乱舞する勢いだ。瞳に率直な困惑を映したまま次ぐ音を待つ。
思ってもいない語り出しに感想も意見も言えやしない。
銀髪の魔族の言葉尻に力がこもるばかり。
「勇者を殺して復讐が果たされるなんて思うな。お前たちは一生仇さえ取れない。俺たちと同じだ! これが死んでいった人間たちの積年の恨みだ! 人間の完全なる勝利だ! だそうです」
「なにそれ。どういうこと?」
「その魔族たちはそこで消えました。けれど無となったその場に袋が残されたんです。中身は数本の小さなビン。ラベルには、人間と魔族の転換薬」
「つまり?」
「恐らく人間が薬を飲んで、魔族に転換していたのでしょう。だから魔王の死を喜んでいたのです」
「……だから?」
「魔王を殺したクソやろうが勇者の他にいます」
あまりの急展開。あんまりな急展開。
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