第8話 孤独の騎士②


語り始めるはミリア=プレンシバレンツの最期にあたる悲哀の物語である。


「あの日、姉さんはたった一人で悪神ナイトメアと堕天使に立ち向かった…神の寵愛を受けているから大丈夫だと上のやつらは皆口揃えてそう言ったんだ」

「だが、違う。神の寵愛は、悪神ナイトメアには全く効果がなかった…悪神ナイトメアの持つ能力に全て掻き消された、姉さんはそれを知らずに…上のやつらに騙されて」


悪神の持つ特有の能力に神の寵愛を掻き消されたミリアはただ剣技のみを極めた女騎士であるため、語るも無惨な最期を遂げた。


ユナの憎悪と後悔に塗れた語り口はガオウですら受け止めることは出来なかった。


「では何故、貴方は助けに行かなかったんですか?」


「助けに行かなかった…?行ったよ、ただもう遅かったんだ」


姉がたった一人で悪神ナイトメアと立ち向かうと聞き、ユナは数分遅れで現地へと向かった。否、現実は残酷であり、荒野にあったのはたった一人、親愛なる姉の遺体だけであった。


「あの日のことは後悔してもしきれない、大切な人も守れないようで聖騎士なんて務まるはずがない」


「それは違います」


ユナの言っていることは理にかなっているようで、かなっていない。私情で自暴自棄になり剣を捨てるという自分勝手な行為は騎士道において恥じるべき行いである。

それが例え、大切な人であったとしても。


「ユナ様は勘違いしていらっしゃる。貴方が今言っていることはお姉様に対する侮辱行為です」


「侮辱行為だと…?人を馬鹿にするのも大概にしろよ」


「貴方のお姉様はきっと神の寵愛が悪神ナイトメアに通用しないことを知っていたはずです。天界において特別な力が宿る時は必ず授けた神々からの啓示が届きます」


神の寵愛という能力は天界に無数に存在している神々の誰かが気まぐれもしくは何かの目的のためにミリアに託した能力である。

その際、神々はその能力に関して詳細を明かす決まりになっている。その為、知らないはずがないのだ。


「そしてお姉様が悪神に立ち向かった理由は圧力などではありません。騎士団の副団長を務めているのであれば発言力はかなり強い」


上層部の圧力などではなく、身一つで凶悪な悪神ナイトメアに立ち向かったのだ、理由はたった一つ。


「天界の民を守りたかった」


その瞬間、ユナの目から大粒の涙が溢れ出てきた。

実際、あの日悪神ナイトメアは突然姿を現した。更に不運なことに現れた場所は住民街だったため、考える暇すら与えられずミリアはたった一人で悪神討伐に身を乗り出したのだ。


「貴方のお姉様は言葉では語ることが出来ないくらい素晴らしい騎士です、それなのに貴方はお姉様が必死に守ろうとした天界を、騎士道を捨てるつもりですか?」


ソフィリアの言葉にユナは嗚咽をあげながら、呼応する。初めて言葉を発した赤子のように同じ単語を繰り返す。「違う」という言葉をただ繰り返す。


「貴方が出来ることはたった一つ、お姉様の意志を受け継ぎ天界を、民を守ることです」


ユナは歯を食いしばり、流れた涙を袖で拭き、視線を上げた。


「僕が間違ってたみたいだ。ガオウ、ケシャ…こんな僕をまた仲間に入れて欲しい」


ユナの真っ直ぐな瞳にガオウとケシャは応えるように頷いた。

何年も続いた深い溝が今こうして元に戻っていくのをソフィリアは肌で感じる。


「ソフィリア、ありがとう」


ガオウは頭を下げ、ソフィリアに謝意を述べた。“アウロラ”の責任者のような立場になって以降、人に感謝される事が多くなった気がした、ソフィリアの凍てつくような心が段々と溶け始めていく。


「お礼なんて大丈夫ですよ、アウロラで活躍していただければそれで十分です」


ソフィリアはどこか満足気な顔で微笑んだ。

そして、一番重要な事をユナへと問い質す。


「ユナ様、来るアウロラにて天界の命運がかかっています。力を貸していただけないでしょうか」


「もちろんだ、こちらからもぜひ頼む」


当初は絶望的で半ば挫折を味わった聖騎士 ユナ=プレンシバレンツとの交渉はソフィリアの紡いだ軌跡によって大成功を収めた。


“アウロラ”まで残り27日。

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