第33話 エピローグ①


 あの後、俺は学園都市の医療機関に放り込まれた。

 一応は助ける気があったのか、高田さんが手配した病院で最高レベルの治療を受けた。


 希少ジョブやら迷宮由来の素材や技術を流用した治療を受け、それでも2日間も意識不明のままだったらしい。


 起きたときにはアーシャに泣かれるしヤイロに泣かれるしで大変だった。

 特にアーシャは怪力ャーなくせして手加減なしでハグされたので、危うく再入院するところだった。

 背骨はマジでヤバい。


 その様子を偶然見舞いに来たクラスメイトの宮島に見られてもっと大変だった。


『病院で修羅場? どっちが本命? 病院ってことはまさかお子さんとかじゃないよな? 出産祝い何が良い?』


 装填してぶん殴ってやろうか本気で悩んだが、二人揃ってベッドから降りたら殺すだの装填したら許さないだの言い出し、俺はしばらく軟禁生活を余儀なくされてしまった。

 ちなみに宮島への説明はアーシャとヤイロに任せたのでどうなったか知らない。

 知りたくもない。


 何はともあれ、俺は超VIP待遇で完全回復させてもらったわけだ。治療費は髙田さんの奢りだったが、アーシャ曰く腕が取れかけてたらしい。

 今は何ともないが、肘付近をよく見ると薄っすら色が違うところがあるので、もしかしたら再生医療的なものまで使ってもらったのかもしれない。


 ……だからといって高みの見物をしていた高田さんを許すつもりはないが。


 ちなみにヤイロには「全身ズタズタ……アンデッド」とか言われたんだけどせめて語尾に疑問符ハテナをつけろよ……もはや断定してるじゃん。


 とまぁ、ここまでは良かったんだが。


「……どういう風の吹きまわしなんだ?」

「理事長に聞いて」


 俺たちの住んでいた寮に工事関係者が入っていた。

 内装も外装も大した変化は見えないが、立ち入り禁止の部屋がいくつか解放されている他、アーシャがぶち壊した202号室も壁の修復が進んでいた。


「何はともあれ、これで同室は解消って訳か。良かったな」

「エッ!? ……そ、そうね……」


 あんなに嫌がっていた癖してアーシャは難しい表情をしていた。可愛らしく小さな唸り声を挙げたり視線を彷徨わせたりしていたが、ややあってからポンと手を叩く。


「そ、そうよ! アンタ、私の裸見たでしょ!? ヴァレンタイン皇国の法律で皇女の裸を見た者は責任取らなきゃいけないのよ!」

「……責任? ここは日本だから皇国の法律は関係ないぞ」


 非常に嫌な予感がしたので一応は釘を刺しておく。


「結婚するか目からポップコーン食べるかの二択よ!」

「どういう法律だよ!? 国民全員がサイコパスなのか!?」

「どっちも嫌なら皇国に来て迷宮攻略に従事しなさい! その後は国政に参加してヴァレンタイン皇国を復興させるのよ! その代わり報酬代わりに、その……わ、私直々に——」

「却下! 俺は世界中の迷宮に潜って厄災をブチのめさないといけないんだよ!」

「ぽ、ポップコーン詰め込んでやるんだから……!」


 サイコパスも真っ青の犯行予告を口にするアーシャ。謎の圧を感じて異世界に逃げようか悩んだところでホールの扉が開かれた。

 引っ越し業者のユニフォームを身にまとった人が大量の段ボールを運び込んでくる。

 その陣頭指揮を執るのは——


「その段ボールはそっち。これはあっち。ソファは向こうの部屋の壁につけてね」

「理事長!?」

「理事長はやめて。ここにいる時は寮母さん♡」


 妙なをつくりながらポーズを決める高田さん。

 俺たちの住む寮の管理人をするつもりらしい……理事長ってのは暇なのか!?


「とりあえず歓迎会と就任祝いをやろう! ほら進藤くんとアーシャちゃんでジャンケンして。勝った方が店選び。負けた方は支払いね!」

「生徒にタカるんじゃねぇよ!」

「不戦勝ね。アーシャちゃん、気になってる店とかある?」

「それなら『世界の調味料』フェアをやってるお店のオリジナルドリンクが——」

「話を聞けぇぇぇっ!! あと調味料で飲み物作ろうとするんじゃねぇ!」


***


 迷宮高専近くにあるレンタルスペースに斑鳩ヤイロ以下G班の面々が集まっていた。


 不安そうに周囲に視線を走らせるヤイロだが、G班のメンバーは怒りに満ちた視線を中央に向けていた。


「えー……これよりを始めます」


 司会役の副班長の言葉に続けて、班員の一人が書類を持ち上げて中央に視線を向ける。

 円形に並べられた椅子の中央、一人だけ正座になっている坊主頭はG班の班長だった。


「被告、班長はヤイロ姫を保護する義務を怠った疑いが掛けられています」

「……その通りです。反論はありません……」

「もう少しで人類の至宝が失われるところだったんだ!」

「班長としての自覚が足りないんじゃないかっ!?」

「ヤイロ姫に傷が付いたらどう責任を取るつもりだったんだ!」


 やいのやいのと厳しい声を挙げるメンバーに、班長が土下座する。


「ま、万が一にでも傷が残るようなことがあれば私が責任を取り、一生をかけて幸せに――」

「コイツ反省してないぞ!」

「処せ! ヤイロ姫の画像や動画を目の前で消去してやれ!」

「くっ、それも致し方ない……!」


 うつむく班長の前で取り上げたスマホをいじる班員たち。プロジェクターに接続し、消去シーンまで見せつける気満々である。


「パスワードは…………0816ヤイロで開いたか」

「情状酌量の余地あり、だな。信仰心は失われていないようだ」

「……待て。こいつ妙に素直だぞ……」

「隠しフォルダ探せ!」

「怪しいのを片っ端から調べるぞ!」


 班長が顔色を変えるが、すでにスマホは班員たちの手の中だ。


「これだ! 『金髪熟女グラビア』!」

「くっ……我らが欠片も興味を示さぬものを熟知したフォルダ設定……この策士め!」


 フォルダ内に入っているのはすべてヤイロに関するデータだ。といっても盗撮は班内ルールで処刑対象なので、きちんと許可を撮ったものばかりだ。


 記念にかこつけて撮った集合写真や、ちょっとしたスナップ写真がメインである。

 宝の山ともいえるそれをスクロールされ、班長の顔が歪んだ。


「や、止めてくれぇ! 頼む! 後生ごしょうだ!」


 一括消去に進むスマホを見て班長が滂沱ぼうだの涙を流して命乞いを始める。

 

「ふふふ……ヤイロ姫の信頼を裏切った報いを受けろ! ……どうした?」

「……で、できません……っ!」

「……何?」

「ヤイロ姫の画像を消去するなど、私にはできませんっ!」


 操作していた班員も涙を流していた。

 副班長は使い物にならない班員からスマホを取り上げて指を伸ばす。


 が。


「…………くっ……!」


 やはり最後のボタンが押せずに止まっていた。

 その指先は見て分かるほどに震えている。


「や、ヤイロ姫……! ここはヤイロ姫に班長の処遇を決めてもらうしか……!」

「ヤイロ姫の判断ならば誰も文句を言いません!」

「そ、そうです! 思ってることをお聞かせください!」


 椅子に座っていたヤイロは、全員からの視線を受けてたじろぎながらも口を開く。


「わ、私……何を見せられてるの、かなって……控えめに、言うけど……みんな、頭、おかしい……よ?」


 火の玉ストレートでもっともな意見がぶん投げられた。

 ヤイロとしては意味不明な茶番を咎めるつもりの発言だったが、ナマの『……よ?』を聞いて感動する班員たちの耳には半分も届いていなかった。


「……これでご飯七杯はイケる!」

「俺は三日三晩くらいなら不眠不休でも……!」

「人類の生んだ奇跡……至宝……てぇてぇ……!」

「無事でいてくれて良かった……!」


 ヤイロは溜め息をつくと副班長からスマホを取り上げる。


「えいっ」


 容赦なく消去ボタンを押すと、室内に絶叫が響き渡った。


「あ、泡吹いてる!? 誰か医療班に連絡を――」

「は、班長! 自分のデータをコピーしますから気を確かに!」

「早まるな! どうせ死ぬならヤイロ姫のためになる死に方をするってあの日、夕日に誓っただろう!?」


 迷宮高専G班は至って平和だった。

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