第9話 回顧するのは最初の出会い
「そいつは恐らく過去視の魔法だね」
アンヘルから一通り話を聞いた後、イフティミアはテーブルの上に置かれた黒い薔薇のコサージュをつつく。
「青薔薇の時はあの城に挑んだ狩人の、黒薔薇の時はお前さんの妹の身に起きたことを垣間見せた。何でそんな魔法が施されていたのかはさっぱり分からないけどね」
「……残り三つのコサージュにも同じ魔法が施されているのか?」
「多分ね」
そう短く答えた後、イフティミアはくすりと笑う。
「お前さん、初めて会った時と同じ顔をしているよ」
「……どんな顔だよ」
「吸血鬼が憎くて仕方がないって顔さ」
──遡ること数日前。
「あんたが魔女か?」
「人にものを訊ねる時はまず自分から──」
不意に言葉を切り、イフティミアは表情を曇らせる。
「お前さん、吸血鬼に家族を殺されでもしたのかい?」
「……ああ、そうだ」
「そうかい、そいつは災難だったね」
暫し考え込んだ後、イフティミアは質素な椅子を指差す。
「そこに座りな、恨み言くらいは聞いてやるよ。この魔女イフティミアがね」
促されるまま事情を説明した後、アンヘルは深々と頭を下げる。
「不躾な申し出であることは重々承知している。でもどうか、知恵を貸してほしい」
「知恵だけで良い、なんて殊勝なことを言うんじゃないよ」
呆れ気味に言いながらイフティミアは二本の剣をテーブルの上に置く。
「ほら、自己紹介しな」
「はじめまして、私の名前は聖銀双剣クルーシフィクスです」
「……長いからクリスって呼ぶぞ」
「分かりました。ではあなたの名前を教えてください」
「アンヘル。アンヘル・モーリエだ」
二本の剣から響く声──アンヘルにクリスと呼ばれたそれは問いを投げかける。
「アンヘル、あなたの望みは吸血鬼を討つこと。間違いありませんね?」
「……ああ」
「その過程で自分の命を危険に晒す覚悟は出来ていますか?」
「出来てるよ、とっくの昔にな」
「──分かりました」
クリスがそう告げた瞬間、アンヘルは微かに痺れたような感覚を覚える。
「……何か、したのか?」
「契約を結びました。今より私はあなたの武器です」
「えーと……?」
「まぁ要するに連れてけって言ってるのさ」
「……そうか。じゃあよろしくな、クリス」
「はい、よろしくお願いします」
人間と双剣の奇妙な契約関係が結ばれたのを見計らったかのようにイフティミアがアンヘルにコートを投げ渡す。
「っとと、」
「そいつは妖精が仕立てた一級品だよ、途中で野垂れ死にをしたくないなら着ていきな」
「……お節介が過ぎないか?」
「長く生きてると他人の世話を焼くのが趣味になるもんなのさ」
そういうもんかね、とぼやきつつアンヘルは投げ渡されたコートを羽織り双剣を腰に提げる。
「うん、中々サマになってるじゃないか」
「ところでアンヘル、双剣を使った戦闘の経験はありますか?」
「いや、これっぽっちも無いが……」
「では習うより慣れろ、の精神で頑張りましょう」
「……何か心配だねぇ、念の為これも持っていきな」
イフティミアが差し出したペンデュラムを手に取り、アンヘルは首を傾げる。
「お守りの類か?」
「まぁそんなところだよ。ここへ戻ってきたくなったらそいつを使いな、キーワードは"導け"だ」
「お、おう」
妙な圧を感じるイフティミアの言葉に困惑しつつアンヘルはペンデュラムを懐にしまい込んだ。
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