第33話 お茶会の続きと悪意

「ただの湖ではなく、素敵な場所なのですよ。皆様も美しい場所へと観光に行かれることもあるでしょう?」


 殊更に優雅さを意識して、動揺をカケラも見せないように気をつけながら口を開くと、ベルティーユ様は少しだけ悔しそうに口端を歪めた。


「ええ、私はこの前、お花畑に行きましたわ」

「それは素敵ですね」

「それで、お怪我をされたユティスラート様をどうされたのですか?」


 セリーヌ様が話の軌道を修正してくださったので、私は続きを話すためにもう一度皆さんの顔を見回した。


「私が治癒をいたしました。というのも、その時はちょうど光魔法でこのような蝶を作り出しておりまして……」

「まあ、素敵だわ!」

「噂には聞いておりましたが、本当にお綺麗ですね」

「この蝶は光魔法で作られておりますので、こちらをフェルナン様に集めるだけで魔力を練らずとも治癒ができたのです。なので咄嗟に私が治癒を」

「それでユティスラート様は、リリアーヌ様にお心を奪われたのですね!」

「とても素敵ですわ……!」


 この先は話さずとも皆さんが想像してくださったので、私は笑顔で頷くにとどめた。とりあえず、私の話でお茶会が盛り上がってくれて良かったわ。


「そういえば、リリアーヌ様の光魔法はとても素晴らしいと、皇宮魔術師として働く兄から聞きましたわ。なんでも他の魔法使いでは治せなかった重傷の方を治癒されたのだとか」


 フェルナン様との出会いに関する話が一通り終わると、一人のご令嬢が瞳をキラキラと輝かせながら、今度は私の光魔法に関する話を振ってくれた。


「……はい。光魔法は少し得意なのです」

「他の魔法使いでは治せない方の命を救われたということですか?」

「そうなのです! 兄から聞いた話によりますと、それはもう神々しい魔法が救護室中を満たし、胸から腹にかけての深い切り傷も治してしまわれたとか!」


 神々しいだなんて……なんだか私を神聖視するような方向に盛られている話を聞いて、少し恥ずかしくなってしまった。


 あの日は魔力を使いすぎて気を失い、フェルナン様にご迷惑をおかけしてしまった日なのだ。

 この力を役立てられたことは嬉しいけれど、私の中ではあまり思い出したくない日になっている。


「力を使い果たして気を失ってしまわれたリリアーヌ様を、ユティスラート様が抱き止める様は絵画のような美しさであったと……!」

「まあ、この目で見てみたかったですわ!」

「皇妃殿下、ユティスラート様はとても良い方をお選びになったのですね」

「ええ、そうなのよ。リリアーヌと家族になれたことは、とても嬉しく思っているわ」


 ヴィクトワール様が口にしてくださったその言葉はとても嬉しいもので、思わず頬が緩みそうになってしまったけれど……隠しきれていないベルティーユ様の悪意が強くなったことに気づき、頬に力を入れた。


 あまり刺激しないほうが良いかもしれないわ。


 それからもお茶会は基本的には和やかに進み、帝国で流行りの髪飾りや服装、さらには王国で流行っていたもの、また美味しいお菓子やそれに伴い各領地の状況についても少し話をして、お開きとなった。


 帝国での初めてのお茶会にしては及第点かしら……しかしヴィクトワール様がさりげなく助けてくださっていたから、上手くいったのよね。後でお礼をしなくては。


 帰りの馬車でそんなことを考えながら、しかし一仕事を終えた達成感にも包まれ体の力を抜いた。





 ―ベルティーユ視点―



 お茶会の会場からシャブラン家の屋敷に戻ったベルティーユは、自室でリリアーヌへの憎悪を滲ませていた。


「なんなのよあいつ……っ! 突然フェルナン様の近くに現れやがって。あの女がいなきゃ、私がフェルナン様の婚約者になっていたはずなのよ!」


 ベルティーユがテーブルを力任せに叩くと、そこに置かれていた花瓶が振動で倒れて、中の水がテーブルの上に溢れた。

 ポタポタと絨毯にまで流れていくが、ベルティーユは気にしない。今は使用人も下がらせているので、誰にも意識を向けられずに花瓶はそのままだ。


「ペルティエ王国なんて弱小国からの婚約者……絶対におかしいわ。フェルナン様は騙されているのよ!」


 そう叫んだベルティーユは、親指の爪を噛みながら眉間に皺を寄せた。


「どうにかして、フェルナン様をお救いしなければ。私が婚約者の方が、絶対にフェルナン様も喜んでくださるはずよ。そのためにはまず、あの女を排除しなくては……」


 暗く澱んだ瞳で空虚を見つめるベルティーユに、もはや理性的な色はなかった。

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