特別編 週間ランキング その②

「何にいたしましょうか」


 腹をすかせた俺たちのテーブルにウェイトレスがやってきた。

 大陸には珍しいショートカットに、黒髪黒目のエキゾチックな顔立ち。おまけにメイド服のスカートは丈が短く、すらりとした健康的で長い脚がのびている。

 なかなか健康的で可愛い娘だと思うが、今はそれどころではない。


 なぜなら、かすかな香ばしさをまとった濃厚なスープの匂い。麺をすする音。一心にスープパスタを搔き込む客たちに囲まれた俺たちは、ウェイトレスが指さした貼り紙から目をそらすことができなかった。


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【洞窟亭 総合の週間ランキング】


 1位 とんこつ×しょう油


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「『とんこつ×しょう油』を頼む。週間1位のやつだ!」


 俺はパーティーメンバーのリーダーらしく、ウェイトレスに告げた。いつもは俺の判断に対してああだこうだ文句をつける三人も、今回は納得したようにそれぞれ頷いている。


 そして、このとき初めてテーブルに水の入ったグラスが置かれていることに気付いた。透明なガラスの容器が四つ。しかも中に氷が浮いている。


「お、おいハンゾ。この水と氷も注文したのか?」

「持ち合わせなんてないぞ」

「やばいって! 今すぐ取り消そう!」


 ところがウェイトレスは何事もない顔で、俺たちのテーブルに水の入った大きなボトルを置いた。


「お冷はサービスです。お替わりはこちらからご自由にしてください。ただしペットボトルは持ち帰らないでくださいね」

「「「「…………」」」」


 俺たちはしばらく絶句した後、例のボトルに手を伸ばしたのだが、この『ペットボトル』はガラスかと思いきや柔らかい。しかも軽い。


 おそらく伝説のシャーマンの手によって異世界から召喚された貴重な品に違いない。ひょっとすれば魔道具か。あるいは何らかの呪いがかけられており、勝手に持ち出した者は祟られるとか……。


「とんこつ×しょう油 4名様分お待たせしました」


 そうこうするうちに、テーブルに大鍋に入った料理が置かれた。出来立て熱々の湯気とともに、スープの香りが立ち込める。


 見ると白濁したスープの中に、ちぢれたパスタが浸かっている。

 上には白くて細長い野菜と濃い緑の細い野菜の輪切り。それから何やら赤いものが、短冊状にスライスされて添えられている。よく見ると、白い粒のようなものも振りかけられていた。

 そして、別皿で二つに切った煮卵と追加の薬味が運ばれてきた。


「こりゃたまらねえ」


 パスタは口に入れると、思いのほか細いわりに弾力がある。そして、ちぢれているだけにスープによく絡んでいる。

 そしてスープは、濃厚なうまみがあるのに、さっぱりとした後味。

 一体どれほど高価なスパイスを使えば、このまろやかなしょっぱさを出せるのだろうか。第一騎士団時代、団長のおごり《ゆすり》食べた王都の高級店より旨いのだ。そしてスープの旨味を一層引き立てている香ばしさと酸味の正体は、上に添えられた薬味だろう。


 気付けば、いつの間にか大鍋はスープの一滴も残さずカラになってしまっていた。


「同じもの、お替わりを頼む!」


 しかし、ダンジョンの中でこれほどの料理を出せるシャーマンこそ恐るべき存在だと言える。

 聞いた話では、第一騎士団が潰されたのは、この店の厨房で料理を作っているシャーマンに逆らったからだという。


 そのときは、そんな馬鹿なことがあるかと、一笑に付したのだが、この料理を味わった後なら十分頷ける。

 これほどの希少な食材ふんだんに使った料理を、市場の屋台ほどの値段で振る舞うことができる者などこの大陸にいるだろうか。

 このシャーマンに逆らった連中バカは、『洞窟亭』で『袋ラーメン』という名のスープパスタを食べたことがないに違いない。


「はい、とんこつ×しょう油 お替わり4名様分です」


 今度は、銀髪碧眼で少し華奢なウェイトレスがやってきた。

 さっきの店員とは違い、メイド服も標準的に着こなした美少女なのだが、なぜか胸元に『2-B佐藤』という布が縫い付けられている。たしか王都で流行っている最新デザインらしい。

 なかなかおしゃれで可愛い娘だと思うが、今はそれどころではない。

 

 なぜなら、かすかな香ばしさをまとった濃厚なスープの匂い。麺をすする音。一心にスープパスタを搔き込む客たちに囲まれた俺たちは、目の前に置かれた大鍋から目をそらすことができなかったからだ。


 こうして、俺たちは我を忘れて、再び『袋ラーメン』をがっついたのだった。

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