特別SS その3 ハートのオムそば❤

「お兄ちゃん、そばめし四人前」

「こちらは三人前です」

「キュイキュイ~♪」


 そばめしを期間限定で売り出すとたちまち人気商品になった。しかし客の前で調理していては、とてもじゃないが他の注文がまわらない。

 いくら【麺料理】スキルを持つ俺でも、これ以上の注文はさばけない。

しばらくそばめしの販売はやめようかと思っていたのだが……。


 あれ?


「おい沙樹、そばめしの具って、冷蔵庫に入れてくれたよな」

「何言ってんの。昨日夕飯で使っちゃったじゃない」

「そうだったっけ?」

「もう、しっかりしてよね。それよりそばめし三人前の注文、どうすんのよ!」


しかし、そばめし用の具は一人前分しかない。

やむなくお客さんにはブレンドラーメンで我慢してもらい、別の料理をサービスして許してもらうことにした。


「お客様、お詫びとしてこちらを召し上がってもらえませんか」


 俺の出した料理はオムそば。

そばめしや焼きそばで出すには少ない具ながら、卵でくるんだことで物足りなさを補っていると思うのだが、果たしてどうだろうか……。


 たまりかねた一人が早速はしをつけると、薄い卵の皮がぷりっと割れて、香ばしいソースの香りと共に、中から焼きそばがあふれ出てきた。


「こりゃたまらん」

「俺たち逆にラッキーだったな」

「これメニューにならないかな」


 冒険者たちは、ブレンドラーメンを食べたばかりだというのに、あっという間にオムそばをペロリと平らげた。

 ただし、この後メニューにして欲しいと懇願されて大変だったのだが……。



「お兄ちゃん、ちょっと来てよ」

「何だ朝っぱらから」


 翌日、沙樹とクリスが朝からキッチンで何やらしている。

朝食を作ってくれているようだが、何やらやたら騒がしい。


「もうお兄ちゃん、何時まで寝てるのよ。これクリスちゃんがお兄ちゃんへって作ったんだよ」

「あの。私、あまり自信が無くて……」

「ケチャップで何度も何度も書き直したんだよね~っ」

「はい」


「ぶっ……」


 お皿の上には薄焼き卵にくまれたオムそば。周囲はケチャップで大きなハートマークで囲われている。


 そしてオムそばの上には……ぎこちない文字で、恥ずかしいことが書かれてあったのだった。


「よかったね。お兄ちゃん」

「あの、沙樹様。私は一体なんと書いたのでしょうか?」


 小首をかしげるクリスの耳元に沙樹は口を寄せた。


「実はね……」

「……えっ、え?! ええ~ッ‼」

「沙樹、お前何てこと教えてんだ‼」

「はうう~っ」


 クリスは真っ赤な顔で部屋まで走っていくと、内側から鍵をかけてそのまま籠ってしまった。



「お兄ちゃんと一緒なんて絶対嫌‼ ここ私の部屋なんだから出てってよ‼」

「お前のせいでこうなってんだろうが。しかも元々俺の部屋だぞ」

「イーだ‼」

「お、おい……。沙樹。いや、沙樹さん?」

「ベーっ‼」

「……」


 この日、部屋から閉め出された俺は沙樹からも拒絶され、ひとりリビングで夜を明かすことになってしまったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る