第2章 第15話 大宴会

「おお店主殿! 久しぶり!」


 翌日。昼過ぎにギルド本部に顔を出しに行くと、すぐに一階の酒場『長耳亭』の中から声を掛けられた。


 ホールの真ん中のテーブル席には、マントを羽織ったガスパウロの姿。お付きのラゴスとレイナも一緒である。


 甲冑は着ていないものの、白狼族の有力者であることは一目瞭然。周囲の冒険者たちからはかなり浮いているのだが、当の本人は少しも気にならないようだ。


「侯爵から聞いたんだが、久しぶりに袋ラーメンを食わせてくれるんだってな。よろしく頼む」


「若、もっと声を抑えて。この様な場所での飲食など、ただでさえ外聞が悪いのですぞ」


「何を言ってる。エールは皆で飲むのが一番うまいんだ」


「そこは若に賛成ですわ」


「レイナ! お前まで!」


「とにかく、店主殿も一杯飲もう。話はそれからだ」


 ガスパウロは俺たちに席をすすめると、注文を取りに来たうさ耳獣人のウエイトレスにエールを注文してくれた。


「エールを六杯ですね。ありがとうございます」


「いいや、全員にだ」


「はい?」


「今、この店にいる客、全員にエールを頼む」


「若~!!」


「だから言ってるだろうが。皆で飲むエールが一番うまいんだと」


 店内の客たちも、タダで振る舞われているエールが、ガスパウロからのおごりだという事がわかると、至る所から歓声が上がった。


「ひゅーっ!」


「ありがとうございます~♪」


「ゴチになります!」


「たまたま居合わせただけの俺たち全員にエールを振る舞うなんて、何て豪気な人なんだ」


「さすがは、大陸一の武勇とうたわれたガスパウロ様のことだけはある」


「まさしく男の中の男だぜ!」


 ガスパウロのテーブルまで礼を言いに来たついでに飲む者。わざわざ隣のテーブルをくっつけて、一緒に飲む者。お返しにと、酒やつまみを持ってくる者。


 中には、酔った勢いでガスパウロに腕相撲を挑んで、小指であっさり負ける者などが相次ぎ、店内は宴会さながらの盛り上がりになってしまった。


 額に手を当てて、小さく首を振るラゴスをしり目に、ガスパウロは陽気にエールをあおり続けている。


「ちょっと、ちょっと、お兄ちゃんハーネスさんの所に行かなくていいの?」


 このカオスな状況に、沙樹が心配そうに耳打ちをしてくれた。


 俺たちがここにいることは、給仕を通じてハーネスに伝えてもらっているはずだが、侯爵様を待たせるようなことがあればマズイだろう。


「おっ、店主殿のグラスが空いてるぞ」


「いえ、もう十分ですので。ところで自分たちはこれから侯爵様の所に行かなくてはいけないのですが……」


「なんだ、そんなことか。気にするな」


 ガスパウロに聞いても「大丈夫だ」としか答えしか返ってこず、逆に酒をすすめられる始末。


「そういや、ガスパウロ様は侯爵様とは一緒じゃなかったのですか?」


「店主殿の方こそ何を言っておるのだ。さっきからずっと一緒ではないか」


「え?! まさか!」


「サトウ様、お注ぎいたしますね♪」


 そう言って、俺のグラスに甘い蒸留酒を注いでくれているレイナ。何と彼女こそが侯爵様だという。



 ◆



「侯爵としては、はじめまして。レイナ=スチュワートですわ」


 レイナの実家は白狼族一の商家。獣人族全体の窓口としてエルフ族やドワーフ族といった他種族との交易を仕切っていたという。


 そして、レイナの父は、さらなる商売の拡大をはかるため、かねてより交流のあったスチュワート家に養子として幼い娘を送り込んだ。


 侯爵とは名ばかりの貧乏貴族だったスチュワート家は、白狼族の資金と武力を後ろ盾に、瞬く間に一大勢力を築き、侯爵の爵位はレイナが成人した機に正式に引き継がれたそうだ。


「まあ、養子に行ったとはいえ、レイナは我が里で育った身内同然。わしが王都に居る間は、何かと世話になっておる」


「しかし、俺は侯爵様のことをなんてお呼びすれば……」


「サトウ様は白狼族同然のごく近しい身内。私のことは“レイナ”っておっしゃってくださって構いませんわ」


「それはいくら何でも、失礼かと」


「店主殿、心配は無用ぞ。それよりせっかく再会したのだから、まずは飲もうではないか。皆、いいか?」


 ガスパウロが、立ち上がると、それまで騒がしかった店内が、急に静寂に包まれた。


「それでは。店主殿……じゃなかった。伝説のシャーマンであるサトウ様とそのお仲間、そして侯爵をはじめ我が白狼族、そしてギルドに集えし冒険者たちよ。互いに楽しもうではないか。グラスを持って我に続け! いくぞ! せえ~のお……カンパーイ!」


「「「カンパーイ‼」」」



 ――――――



「ち、ちょっと、ガスパウロ様に侯爵様、それにサトウさんまで、何やってるんですか!」


 もはやカオスとなった『長耳亭』に、ハーネスが血相を変えて飛び込んできた。


「とにかく皆さん、お話の続きは執務室で! 特にサトウさんなんて、最近王都で有名なんですから気を付けてくださいよ~」


「そう怒るな。店主殿を誘ったのはわしだ」


「まあまあ、そんなことより飲みましょうよ。サトウさんもグラスが空いてますわ」



「「はあ~っ」」



 ラゴスとハーネスの盛大なため息の後、俺たちはようやく腰をあげたのだった。



 ◆



「おい、ギルマスが呼びつけられてんぞ」


「ガスパウロ様の隣にいるのは、美人で有名な侯爵様……って、白狼族だったのか?!」


「しかも、あの若い兄ちゃんの名前、たしか“サトウ”って言ったよな」


「“サトウ”って、もしやあのシャーマンか?!」


「ああ。『銀馬車亭』や市場バザールで騎士団の連中をとっちめてくれたお方だ。おそらく、何か腹に据えかねているモノでもあるんだろう。ほら見てみろよ」


「あちゃ~。ウチのギルド長、なんかやらかしたみたいだな。ガスパウロ様に取りなしてもらっているのか」


「おい、あれ見てみろ」


「げっ! 勘弁してくれよ。サトウ様なんてそっぽ向いて侯爵様の酌で酒飲んでんぞ。ウチのギルマス一体何やらかしたんだ」


 いつの間にか満員になった店内の冒険者たちの間で、俺の噂が広まりつつあったことなど、知るよしもなかったのだった。

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