第39話 二月の光景

 まあだからといって翌日から何もかも変わるなんてこともなくって。




 「おはよう、椎倉さん」

 「お、おはよう……ござます……」

 「ふふっ」


 ……やっぱり今日も校門で四条さんに待ち伏せされて。



   ・・・・・



 「んー……」

 「なんだよ奇態なモンでも見つめるような目で見やがって」

 「なんていうか……ハルさん、太った?」

 「なっ……?!……い、いや何だよ何見てそんな言いがかりを」

 「こう、なんていうか……全体的にふっくらと丸くなったっつーか」

 「きっ……気のせいだろっ?!ていうかそんな根拠で太ったとかそういうこと言うなっ!」

 「…………」

 「……もくもく」


 昼休みは四人でおべんと食べて。



  ・・・・・



 「ねー、琴原さんて……彼氏さんいたよねー?雪之丞くん、っていう」

 「い、いたけど……何だよ」

 「今度紹介してほしーなー。ね、お姉ちゃん?」

 「そうね。私もとっっっても興味あるわねー」

 「なっ、なんだよおめーら!ひ、ひとの彼氏になんか文句あんのかよ?!」

 「文句というか興味ね。琴原さんをそーした男の子ってどんな人なのかなー、って」

 「なんだよ『そーした』って!あーしがどーなったってあーしの勝手だろっ?!」

 「ハルさん、雪之丞と何かあったのかい?」

 「カナぁぁぁぁぁ!今はおめーのその察しの悪さが嬉しいよあーしはーっ!」

 「そこはかとなくバカにされたよーな気がするんだが」


 放課後も四人で寄り道したり、駅前で駄弁ったりする機会も増えて。


 冬の終わりも近付く頃、あたしは平和で楽しく、けっこー充実した日々を過ごしていた。



   ・・・・・



 「こういう健全なのもいいんだけど、そろそろ不純なのも欲しくならなぁい?」


 また何を言い出すんだこのコは、って向かいの席の莉羽を見る。

 図書館の簡素なテーブルに突っ伏し、鼻から下を腕に隠してこちらを見上げてる。期末対策で勉強してる時に何言ってんの。


 「だぁって、折角佳那妥と恋人になったのに、あれからずうっとそーいう機会無いんだもん。佳那妥はしたくならないの?」

 「図書館で何言い出してるのよ、莉羽。佳那妥に勉強教えて、って頼み込んでいるのはこっちなんだから、まじめにやりなさい」

 「だから報酬の話だってば。身体で支払うよ、って言ってるの」


 そう。間近に迫った三学期末試験の勉強を図書室にしに来てて、似たような思惑の生徒が多いもんだから、図書室はいつもと違って人いきれと話し声がそこかしこにあって、多少際どい話題も小声でする分には聞きとがめられる心配は……まあ無いと思うんだけど。

 あ、ちなみにハルさんはこっちじゃなくて今日は自分の友だちと勉強中。夜は雪之丞と夜の勉強中……って言ったら子どもの頃なんか問題にならないくらい冷たい目で睨まれてしまった。だって雪之丞とハルさんが経験済みー、なんて話を知ってしまったらからかうのはあたしの義務じゃん、ってそれはともかくとして。


 「そーいう話するなら勉強会は解散するけど。なんなら教室で同じよーなことしてる四条さんたちに売り渡してもいいよ?」

 「四条は最近佳那妥のことしか話題にしないから、そんなことしたって無駄ですぅ。むしろ佳那妥の方が引きずり込まれるんじゃない?」


 それはなかなか望まない未来の形ではあるけれど、今のあたしには切り札があるのだ。


 「……恋人が他の女の子のところにいてもいーの?」

 「……無しで」


 まあ割とずるい論法だし、束縛大好き重い女、みたいなのもイヤだから、もちろん冗談になるんだけど。

 とにかく勉強は再開。そりゃあそれほど勤勉でもなんでもないあたしだけれど、卯実と莉羽に勉強を教えられるんだー、ってことに気付かされてからは、得意科目くらいはちゃんとやるようにしてるし。代わりに苦手科目は二人から教えてもらえるし。それで十分身体で支払ってもらってるよ、ってフォローしておくと、なんか莉羽はぽややややー、って赤くなって、卯実はぶーたれてあたしの制服の袖を指で摘まんでいた。なんんだこのかわいい姉妹。あたししあわせじゃん。




 「そろそろ終わりにする?」


 一段落ついて辺りを見回したら、そろそろ下校する生徒も多くて大分席が空いてきていた。機内モードのスマホを確認すると、下校時間まであと十分、てとこ。片付けをして図書室を出ればちょうどいいくらいかな。


 「そうね。あ、佳那妥。どこかで時間取れない?買い物につき合って欲しくて」

 「買い物?」


 教科書やらノートやらを鞄にしまいつつ立ち上がった卯実が、なかなかに魅力的な提案をしてくる。化粧だとか春物探しにいくだとか、あたしがおもちゃになるよーな提案でなければめいっぱい乗っかりたいトコだけど。


 「それはそれで楽しみだけど、残念ながら違うのよね。もうすぐ莉羽の誕生日だから、プレゼント買いに行こうと思って」

 「誕プレ?本人目の前にしていいの?」

 「私と佳那妥が二人きりで莉羽の誕生日プレゼント買いに行く、なんて話になって、莉羽が黙ってると思う?」

 「思わない」


 即答。


 「でしょ。だから外で買い物して、何か美味しいものでも食べて一日遊んで、それでお祝いしてあげらればいいかな、って。佳那妥ももちろん一緒だからね」

 「そーいうことなら喜んで。でも莉羽の誕生日っていつなの?」

 「んー、二月十四日」


 いわゆるばれんたいんでー、というやつだった。あれ?二人って年子だったよね。ていうかそれだと卯実の誕生日って……。


 「私は四月二日。もう一日早かったら学年一つ上だったんだけどね。残念」


 なるほど。でもそれだとあたしとも別学年になっちゃわない?って言ってみたら、「佳那妥に卯実せんぱい、って呼ばれるのも悪くないわねー」って鷹揚に笑っていた。


 「ちなみに佳那妥の誕生日っていつだったっけ?」

 「あたしは八月の十七日。夏休み中だから普通に友だちに祝われたりしたことないや」

 「それじゃあ次の誕生日はわたしとお姉ちゃんでめいっぱい祝ってあげるね」

 「……ありがと」


 正直、涙が出るくらい嬉しかったりする。

 ハルさんや雪之丞はもちろん一緒してくれてたけれど、ハルさんの場合はやっぱりあたしに対する負い目がどこかにあったからだろうし、雪之丞はまあ……あんまりこーいうこと気にしないタイプで、自分の誕生日すら忘れてるくらいだし。

 だから、純粋に厚意百パーで誕生日を祝ってもらえる、ってことが素直に嬉しいのだ。親と兄?あの三人はダメ。なんか晩ごはんのおかずを若干豪華にして、「あんた確か誕生日だったよね」で済ますし。まあ忘れてない分父と兄よりはマシなんだけどさ。


 「まあどっちにしても期末で成果を勝ち取るのが最優先事項よ。莉羽には悪いけど、誕生パーティは期末勉強の息抜きも兼ねて、かな」

 「中学生になってからはずぅっとそんな扱いだもんなあ……もうちょっとなんとかならないの?」

 「大学になれば十二月に期末試験あって、年明け後はほとんど授業無いみたいだけど」

 「何それ羨ましー」


 言うてもうちの兄の大学の話だし、どこの学校でもそうなのかは知らないけど。

 ともかく、バレンタインデーの時期には試験前時間割になってて、授業も午前中だけ。午後出歩くのは推奨されてはいないけど、自己責任で出かけるとこまで禁止されてるわけじゃない。

 要はそれまでにちゃんと勉強を進めておいて、頑張ったご褒美に半日休みにすればいいだけの話なのだ。


 「てことだから、それまで頑張りましょ。佳那妥は莉羽のプレゼントを選んであげてね」

 「楽しみにしてるよ!」

 「あんまりハードル上げないでほしーなあ……」


 勉強以外に考えること増やしたくないんだけど、莉羽のためになるなら話は別か、と、やけに寒い二月初めの夕方を、マフラーに顔を埋めて下校するあたしたちだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る