第32話 放課後のシンデレラ 前編

 あんなことが起こったことを誰に相談出来るでもなくでもやっぱりハルさんには言わざるを得ず、チャットでこう送ってしまった。


 「りうとうみにコクられた」


 で、それに対するハルさんの返信は、こうだった。


 『やっぱりな(笑』


 やっぱりって何だよやっぱりって。あまつさえ『(笑』とまで書き込むか。そんなことになると思ってあたしをあの部屋に置き去りにしたのか、ってあの時は莉羽がずぅーっと泣いてたから仕方なかったんだけど、それよりもハルさんはそーいう事態になることを予見していたというのか?


 『で、どうすんの?』


 ……っていうあたしの疑問なんか知ったことかと、話を先に進めてくる。こっちから相談した手前、勝手に会話を打ち切るわけにもいかず、あたしは長考した末にこう送った。


 「わかんね」

 『だろうな』


 即答だった。そんなに分かりやすいのかあたしは。さすが幼馴染み。全てお見通しというわけか。なればこの先の導きを授けてみせよ!


 「どうしよう」

 『つき合っちゃえば?』


 導きはまたも即答だった。ていうかそんな真似出来るわけねー、って知ってて言ってるでしょハルさん。もー、他人事だと思って気楽に言ってくれる……。


 『マジメな話、あっちはカナとつき合いたいって思ってんだろ?なら別にいいじゃん』

 『向こうが二人一緒でもいいって言ってるならべつにいーだろ』

 『それとも一人としかつきあえないとか考えてる?』


 ……だからあたしが言いたいのはそういうことじゃなくて、そもそも愛しあってる二人の間に挟まるのがよくないというか百合的にありえないというか。

 でもそんなことをチャットで力説したりして後でログ読み返すようなことになったら軽く死ねるので(経験済み)それは控えて、こう返しておく。


 「はるさんにはこの悩みはわかんないだろうなもてる女はつらいわー」

 『そうだな。こっちは一人いれば十分だわ。それで幸せだからそれでいいよ』


 ナチュラルに惚気られた。向こうの方が上手だった。ちくしょー。

 やってらんなくて「ばーかばーか」とだけ負け惜しみ言って退出した。明日はヘルメットでも被って登校した方がいいかもしれない。

 時間は夕食も済んでまったりした頃合い。まー、昼過ぎにあったあの出来事からするといくらあたしでも大分落ち着いてはきた。とはいえ、あの光景思い出すとなー……今晩は何回出来るかなー、ってあの二人をオカズにするとか流石に洒落になんない。ええい仕方ない、ここのところ貯まりまくってたブクマ付けてるweb小説の積ん読崩しでもして過ごすか……んぎっ?!


 「…………やべぇ」


 サイトを開こうとスマホを取り上げたと同時に鳴動する我が愛機(言うても電子機器マニアの兄のお下がりだけど)。そこに表示されていた、電話の発信元は………ついさっきあたしの「せかんどきす」を奪ってくれた品槻卯実その人だった。あ、あわわわ……あの感触を思い出してなんかまた頭が良い感じにふわふわほわわと……………ってトリップしてる場合じゃねえっ?!


 「もしもしも!」

 『もしも?』


 ……一文字多かった。そうと決めたら光速の操作で繋がった電話の相手は、多分向こうの方で不思議そうな顔をいー角度で傾けているに違いないその光景すら容易に想像出来る。いいなあ……やっぱり卯実はいいなあ……。


 『ええっと、佳那妥?』

 「ひゃいっ!……はい」

 『ふふっ、相変わらず面白いわね、佳那妥は』

 「あ、あは、あはは……」


 ……ああ、なんか悪くないんだけど…なんか勿体ないというか口惜しいというか、こう、もっと、面白いというよりは、素敵っ!とか思われた……いやいや待てあたし、何を不遜な。そんな大それたことを思われる資格なんかあたしにありゅわけが……。


 『でもありがとうね。お陰で私の緊張も解けたわ』

 「え。その……卯実があたし相手に緊張とか……」

 『そりゃあするわよ。ついさっき、一緒にあんなことになってあんな恥ずかしいところ見せつけちゃった相手と話して、緊張しないわけが無いじゃない』

 「そっ、そゆものですか……」


 いつの間にか正座になってたあたし。学習机の椅子の上で。何やってんだ。


 『……なんだか莉羽が拗ねちゃってるから程々にしておくわね。あのね、佳那妥。今日は……その、ちゃんと早く寝て、たっぷり睡眠とってね?お願いだから』

 「はい承りィ喜んで!」

 『なんかいろいろ混ざってない?』


 スミマセン自分でもよく分かんなくなってます。

 でも道化を演じた(演じたというか素だったけど)おかげで、卯実はころころと笑って電話を切っていた。なんか向こうの方で「わたしにも話させて!」とかいう声が聞こえてたけれど、これ以上あたしに刺激を与えないで欲しい。寝られなくなる……。




 で、翌朝。


 「うわっ?!……また今日は一段とその……なんていうか……ぶちゃいく、だな、カナ………」

 「…………」

 「……スマン」


 はい予想通りほとんど眠れませんでしたっ!……ちくしょー、寝ようと思ったらあの時の卯実と莉羽の痴態が脳裏に浮かんできて、目を瞑ればヒートな吐息と口元舐め回してた音が耳に蘇って、どうにか寝付いたと思ったら夢の中であたしと莉羽と卯実の三人でほにゃららら……挙げ句の果てに……ああっ!もうお嫁に行けない!(行けるとも思ってないけど)


 「まあそんなこっちゃねーかと思ってたけれど、考えてたよりもひでーな。何時に寝た?」

 「……うー、わかんね。寝ようとはしたんだけどその度に……」


 皆まで言わずともハルさんには大体事情は分かったようだった。おつかれー、と労うというよりは呆れられ、まああとは他愛のない話をしながら学校に向かう。

 そんで、校門が見えるようになる大通りに出ると、その通りを歩いてきたと思しき四条さん(とその…取り巻き?)たちにばったり会った。

 もちろんこっちからアイサツするよーな義理は無いし、向こうも何かしら言いたげではあったけど、まあハルさんの顔を見て怯んだところを見ると殊勝なことを言うつもりは無かったんだろーなー、と。

 で、一瞬目が合って、あっちはさっさと歩きだそうとしてた。


 「………ふん」


 そして、明らかに嘲笑と分かる鼻息からの薄ら笑いを残して、とっとと行ってしまったのだった。


 「感じ悪ィな」

 「むこーだって同じことを思ってるよ、きっと。ま、あたしもムカつかないわけじゃないし」

 「ならいいけど」


 ムカついてる方がいい、ってのもどうなんだろう。普段のあたしがぽやぽやしてて悪意を向けられても気付かないフリしてるのを嘆いてる、ってなら分かる話だけど。


 「ま、とにかく行こーぜ」

 「んだね」


 で、校門前まで来たときだった。


 「あ、やべ」

 「何がよ……あー、こりゃ急いだ方がいいかもな」

 「だねえ」


 校門のところで立ちんぼしてた莉羽と卯実が、登校してきた四条組と鉢合わせしてなんか微妙な空気を醸し出していたのだ。

 あたしもハルさんも、知る限りあの二組が和解して再びもとの仲良しグループに戻ったー、なんて話は聞いてない。だから一触即発とまでは行かずとも、顔を合わせてヘンな意地の張り合いみたくなるのは想像に難くない。

 なので、ハルさんを先に、良く言えば仲裁、悪く言えば……まあ、睨みを利かすために小走りで駆け寄ったら、ハルさんの顔を見て四条さんたち三人は一瞬ギョッとした顔になって、逃げるように足早に立ち去っていった、というかなんか途中で振り返って捨て台詞めいたものを残していったあたり、なんだかなー、という感じ。

 そして、急に三人が去って行ったことであたしたちが登校してきたことに気付いた二人は、あたしと目が合うと一瞬「ふにゃ」っとした顔になる……うわやべえ、学園のアイドル様になんて顔させてんだよあたしってば!…………なんてときめいたのも一瞬のことで、すぐに表情を険しいものに改めると、ずかずかとこっちに向かって歩み……ほぼ駆け寄ってきて、って、あ、あれ?蕩けるよーな甘い表情だったのがいつの間にか泣きそうというか青筋立ててそーななんか身の危険を覚えそーな……。


 「佳那妥っ!」

 「あほーっ!」

 「なんでっ?!」


 そして二人並んで顔をぶつけてきそーな勢いで迫ってくると、いきなり怒鳴りつけられた。なんでよ。この理不尽にあたしはどう耐えればいーというのだ。誰かおしーえてー………。

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